第149話 彩希のアポイントメント

「ん……」


 朝。三ツ矢女学院の時計塔にある鐘の音で目が覚める。


「ふぁぁ……。もう朝か」


 昨日は学校に来たばかりだってのに色々なことがあったな。まさか魔物が侵入するとは。陽奈の話だと魔物が侵入することはまずないし、来ても警備体制は万全だと言っていたが……。


「対応できない新種ってことか」

「おはようございます! 姫嶋さん!」

「おはようございます。舞彩さんもとに戻ったんですね」

「一晩寝れば充電完了しますので!」


 舞彩はロボットか何か?


「そっか。今日は皆さん授業?」

「はい! 姫嶋さんはどうするんですか?」

「私は少し用事をね」

「学院外ですか!?」

「そうだけど」

「分かってるとは思いますが、学院外では一切フォローできませんので!」

「うん。分かってる。気をつけるよ」

「それでは! 授業なので!」

「いってらっしゃーい」


 舞彩を見送ると、魔法通信で人形を呼び出す。


『はい。お呼びですか?』

「今日そっちに行こうと思う。仕事の進捗と予定はどうなってる?」

『小規模な案件はほとんど片付いています。有栖川HDホールディングスの方は進捗芳しくありませんね』

「え? 小規模とはいえ、けっこう仕事溜まってたはずだけど」

『皆さんのチームワークが向上したためと思われます』

「チームワーク……」


 そういえば以前、佐々木にワンチームでって言ったことがある。なんだ、上手くやれてるんじゃないか。


「それで、有栖川の方はどんな感じなんだ?」

『それは……。実際に来ていただいた方が良いかと』


 なんだ? 歯切れが悪いな。


「分かった。今からそっちに向かう」

『了解』


 通信を切るとステルスモードをオンにして窓から外に飛び出す。


「会社へは……こっちか!」


 やはり魔法少女は移動手段として本当に優れてる。まるでジェット機のようにあっという間に会社へ着いた。

 裏路地で変身を解除して楓人に戻る。やはり自分の体は良い! と、ほぼ同時に人形もやって来た。


「お疲れ様です」

「よう、お疲れさん。なにか変わったことは?」

「一つだけ」

「なんだ?」

「あのライブ以来、佐々木さんと新島さんが元気をなくされてるようで」

「そうか。そういえばあの二人もライブ会場に居たんだったな」


 まさか、有栖川の案件が遅れてる理由って……。まさかな。


「分かった。そしたら久しぶりに出社するか」

「楓人さん」

「ん?」

「これを」

「スーツ?」


 あ! しまった! そういえば魔法少女モードを解除すると変身前の服装になるんだ!

 最後に変身したのは……。えーと、ライブに行く時だから……。


「……やっぱり。思いっきり部屋着じゃないか」

「こんなこともあろうかと準備しておきました」

「有能かよ。サンキューな」


 急いでスーツに着替えるとビルに入る。この感じ本当に久しぶりだな。

 職場のドアを開けて「おはようございます」と言うと、新島がバッと振り向いて席を立ち、「せんぱーい!!」と抱きついてきた。


「に、新島!?」

「もう! 今までどこに行ってたんですか!?」

「え? ええー?」


 なんだ? どういうことだ? 人形がずっと俺の代わりに仕事してただろ?


「と、とりあえず、ちょっとこっち来い!」

「わっ!」


 廊下の自販機のところまで新島を連れて来る。


「まったく、いきなり抱きついてくる奴があるか! 変に噂されたらどうする!」

「……私は別にいいですけど」

「え?」

「なんでもないですっ!」

「な、なんだよ……。それより、さっきのどういう意味だ?」

「なにがですか?」

「どこに行ってたんですかって。昨日も会ったろ?」

「そういえば、……そうですよね?」

「はぁ?」

「違うんですよ! そうじゃなくて!」

「なにが違うんだ?」

「えーと、上手く言えないんですけど、なんか最近の先輩は先輩じゃないような気がして……」

「――!」


 おいおい、まさか新島は人形だって感づいてるのか!?

 そういえば、新島は魔力に汚染されて魔法の杖が見えるようになってた。ということは、その影響で人形が人間じゃないって無意識に分かってるのか。

 待てよ? するともしかして、魔法少女の姿も見えてるのか!?


「先輩?」

「え? ああすまん、なんでもない」


 とりあえず今は平静を装え。感づかれるな!


「とにかく仕事に戻ろう。何事かと思われてるぞ」

「あ! すみません」


 職場に戻ると、「ヒュー、朝から熱いねぇお二人さん」と女好きの先輩、小宮がからかう。


「そんなんじゃありませんよ」

「またまたー、新島が嬉しそうに抱きついてたじゃねえか」

「躓いただけですよ」

「ハッ、なに中学生みたいな言い訳してんだ」

「小宮。私語は慎め」


 課長の早山が注意すると、「へいへい」と仕事に戻った。


「新島、構わんが、職場では自重しろ」

「は、はい。すみませんでした」


 しかし本当に課長デキる感じに戻ったな。ブラック感すっかり無くなったし。いったい何があったんだ?


「樋山。有栖川の件はどうなってる?」

「有栖川ですか?」

「かなり遅れてるぞ。お前らしくもない」


 げっ、やっぱり仕事に関しては人形に任せられないな……。


「すみません! 早急に仕上げます!」

「急ぎすぎてミスしても敵わん。いつも通りでいい。先方はお前を指名して下さったんだ。しっかり期待に応えろよ」

「はい!」

「それと、有栖川彩希からアポイントメントの連絡があった。できれば今日中にということだが、無理なようなら連絡しておけ」

「ありがとうございます!」


 彩希からアポ? 私用ならLINEか電話のはず。やっぱり進捗の遅さに気づいたか……。

 彩希に電話すると、ワンコールですぐに出た。


『……もしもし?』


 うっ、なんか少し不機嫌な雰囲気が……。


「連絡遅れてごめん。わざわざアポなんて取らなくてもよかったのに」

『べつにー、仕事に関してアポイントメントは常識ですから』

「えーと……怒ってらっしゃる?」

『まっさかー、私が怒ることなんてありませんよー、さん』


 樋山さん? あ、これ絶対怒ってるやつだ。


「あ、あの!」

『なんですかー? 樋山さん』

「明日の夜、空いてるかな?」

『……。えー? どうだったかなー』

「会えるなら、前に行ったレストランに」

『割り勘なんでしょ?』

「俺が持つ」

『……本当に?』

「ああ。だから、明日夜8時に」

『……分かった。遅れたら承知しないからね!』


 ふぅ……。勢いで言ってしまったが、大丈夫かな? 俺の懐……。


 *   *   *


 電話が切れると、彩希は自室のベッドで足をバタバタさせ、めちゃくちゃ動揺していた。


――なになに!? デート!?

 最近連絡くれないし進捗が芳しくないから、ちょっとイジワルしてやろうと思ったら……。あんなに真剣にデートに誘って来るなんて……。


「はぁ……」


 ううん。楓人さんのことだから、たぶん仕事をなんとかしなくちゃって、そういうことなんだろうな。


「あたしの気持ちなんて……」


 でも、仕事のためだけにあんな高級レストランに誘ってくれるかな? それも、楓人さんの奢りだなんて……。


「なんにせよ、これはチャンスね」


 仕事も恋も上手くやってみせる。だって私は有栖川彩希なんだから!


「見てなさいよ、樋山楓人!」



 To be continued→

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