第137話 隠された病室
入院してはや5日。本来なら未だに生死の境を彷徨っているような重体だったはずが魔法の力、キュアオールで体は全回復。枯渇していた魔力も瞑想できっかけを作ると見る見るうちに回復して8割は戻った。
「うーん、やっぱり若さねー」
担当の女医さんも回復力に驚いていたが、最後は若さに感心していた。以前本部の女医さんにも言われた気がするけど、中身はおっさんなんですごめんなさい……。
「うん、この調子なら明日にでも退院できそうね」
「ほんとですか!」
「よく頑張ったわね。もう二度と
「はい。分かりました」
有栖川を守った行動については、俺も大いに反省している。あの時はとにかく「守らないと」という思いに身体が突き動かされ、考える前に動いていた。その前にも色々あったし判断力が鈍っていたのかも知れない……。
「ようやく退院かー!!」
喜びと開放感で気分が良い。しかし本業のことを考えると頭が痛い……。
実は昨日マキハラから報告があった。どうやら仕事がかなり厳しくなっているようで、退院したらすぐフォローに行ったほうがいいようだ。
「とはいえ、すぐ……は無理だよなぁ」
マンションの家賃8割引に心が惹かれ、一気に10キロメートルエリア担当にまで昇格したはいいものの、まさかの中間管理職に相当する忙しさになってしまい、本業が追いつかなくなってしまった。
本当なら「本業が忙しいので」と言いたいところではあるが、ただの女子中学生ということになっている以上は本業を人形に任せて魔法少女を優先せざるを得ない。
「ま、さっさと魔法少女の用件を済ませて本業に戻ればいいか」
どうにもならない状況なんて今まで嫌ってほど経験してきたんだ。ブラック企業戦士なめんなよ!
と、気持ちを切り替えて病室を出る。軽い散歩……のつもりだったんだが……。
「なんだ?」
何か、違和感を覚える。今まではこんなことなかった。
「まさか、魔力が戻った影響か?」
ということは……。
嫌な予感がする。魔法の杖も壊れてしまい修理中。何かあったら身を守ることすらできない。担当医を呼ぶべきか?
「……」
落ち着け、ここは魔法少女専用の病院だ。魔物に対するセキュリティもしっかりしてる。もし侵入者ならとっくに担当医が駆けつけているはずだ。
「ふぅー」
落ち着いて、
「……」
感じていた違和感、ぼんやりとしたその予感の輪郭が次第に浮き上がる。
「これって……」
いや、まさか……。でも考えられないことじゃない。でも、だとしても、どうしてこんな気配が?
「うーん、気になるな」
とりあえず行ってみるか、暇だし。
気配を辿ると徐々にその違和感の輪郭はくっきりとする。
「ここか?」
最上階の奥まったところに他の病室とは明らかに異なるドアがあった。恐らく――いや、間違いなくこれは魔法によるものだ。
「入ってもいいのかな?」
まあ、覗くくらいなら……。と自分に言い訳して中を覗く。するとそこには――。
「なっ!?」
これはいったい……。
「あら、いけない子ね」
「!?」
振り向くと、そこには俺の担当医がいた。
「侵入者通知があってね、まさかと思ったらかえでちゃんかー」
女医さんは怒るでもなくニコニコしながら俺の頬を指でツンツンする。
「す、すみまふぇ……」
「かえでちゃんならいいわよ。ここに気付いたってことは魔力がちゃんと戻ったってことだし」
「あの……
「ああ、先日派手な戦闘があってね。その時に負傷したの」
「派手な戦闘……」
「街中で魔物の大群に襲われてね。聞いたことない?」
「――あ!」
そうか! 歩夢が俺の職場に来たあの日か!
「その戦闘でヒューザっていうランクAの中でも特に厄介な魔物から毒を貰っちゃったのよ」
「毒、ですか」
なるほど、違和感の正体はこれか。弱々しい魔法少女の気配の中に混じる魔物の気配。最初は魔法少女が戦っているのかと思った。それと、ローレスの可能性。でも、それにしては妙だと思った。
「毒はキュアオールで治らないんですか?」
「キュアオールはあくまで身体を治すためのものなの。副次的に体力は戻るけど、魔力は戻らないし魔法毒なんかの異常までは治せないわ」
俺も魔力が戻らないから瞑想してたんだもんな。
「治るんですか?」
「……分からないわ」
「え?」
「実は、ヒューザが毒を持ってることすら私たちは知らなかったの。だから解毒薬もない。もちろん大至急分析はしてるけどね。普通の毒と違って魔法毒は極めて難解な魔法だから……。下手したら何年もかかるわ」
「何年も……」
見るからに容態は悪そうだ。胸の周辺が黒紫に変色している。きっと一年も保たないだろう。
「私に手伝えること、ありませんか?」
「ふふ、ありがとう。でも専門家に任せるしかないわ。悔しいけどね」
「……」
ただゆるりと死を待つしかない。分かっていても辛いな……。
「ところで、この音なんですか?」
「音?」
「ええ、なんかキーンって――」
モスキート音のような甲高い音が聞こえたと思った瞬間、ドンッ!! と地震のような強い衝撃に襲われた。
「なんだ!?」
何が起きたのか把握できないその数秒の間に、
「先生ー!!」
女医を突き飛ばすと、横腹に焼けるような激痛が走る。しかしここは病院だ。生きてさえいればなんとかなる。最悪キュアオールもあるし。と、コンマ秒の間に脳内で言い訳を羅列した
「かはっ!」
「かえでちゃん!!」
思ったより傷は深そうだ。俺の腹を貫いた少女の手が朱く染まっているのが見える。
「あの子を……外に、だ、出さないで……ゴホッ!」
「喋らないで! 今応援を……。っ! なんで通信が通らないのよ!」
魔法で応急手当をしてくれているが、あの子はそれを悠長に待ってはくれないだろう。
――スレイプニル! 来てくれ緊急事態だ!!
魔法の杖がなく魔法通信はできない。それでもあいつに頼る他はない。頭の中で強く念じる。
「グルルル……」
まるで血に飢えた猛獣のようだ。魔法毒で動くことすらできないはずなのに……。
「く……そ……」
意識が朦朧としてきた。まったく、もう二度と
「せん……せ、に、にげて……」
「ばかっ! いいから喋らないで!」
ボヤけた視界の中で、猛獣と化した少女がまた襲いかかろうしている。
万事休す――と思った瞬間、目の前が眩い光に包まれた。
「まったくお前というやつは! 何度死にかければ気がすむのだ!」
「はは、来て……くれると、思ったよ……ぷに助」
「ぷに助ではない! スレイプニルだ!」
To be continued→
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