第134話 報告と伝言

「――またお前か」


 またって言われても……。自分の意思じゃないからなぁ。


「そんな奴に用は無い。さっさと帰れ」


 いや、そう言われても、どう帰ればいいかなんて分からないし。そもそもここ出入り口とかあるの?


「まったく……軟弱者だな。覚醒するまでここにいるつもりか?」


 覚醒……?


「それすらも分からないのか。お前は今意識を失っている」


 意識を……あっ!!


「ようやく思い出したか馬鹿者」


 そうだ。確か宮根が襲ってきて……私が刺されたんだ。


「知っているか? 勇気と無謀は全くの別物だぞ」


 それくらい分かってる。


「ほう? 命を投げ出すのが勇気だと勘違いしている愚か者ではなかったか」


 あの時は勇気だの無謀だの、そんなこと考えてる暇は無かったよ。ただ彩希を助けなきゃって……それだけだ。

 ――というか、なんで君がそのことを知ってるんだ? もしかしてあの場に?


「ふん。お前が知らずともよい」


 フェアじゃないよなー。ここはどこで、キミは何者なんだ?


「くどい。何度訊かれても同じだ。自力で来れないような奴に教える義理はない」


 でも、私に関係してるんだよね?


「ほう? その根拠は?」


 波長について調べたよ。波長は人によって違う。波長が合うということは波長を変える能力か技術を持っているってことだ。でも君は“一時的に乱れた魔力の波長がたまたま合うという奇跡”と表現した。つまり君自身は波長を操作できる能力も技術も持ってない。


「それで?」


 奇跡的な偶然でしかない。再現性は今のところ無いと言ってもいい。でも確信したよ。なんだね?


*   *   *


 目を開けると、そこには熱気渦巻くドーム会場は無く、白い天井とカーテンと布団があった。なんだかもう慣れた感ある。


「そうか……助かったのか」


 まさかの身長差で胸を刺されるとは考えなかったな。今冷静に考えると、横から突き飛ばしたりナイフを叩き落としたり、手段は他にもあっただろうな。

 でも、夢の中の子にも言ったけど、あの時は最善策とか考える間もなく身体が動いてたからな。


「ま、生きてるからいっか」

「よくありません」

「っ!?」


 誰も居ないとばかり思っていたら、死角に女の子がいた。


「君は……有栖川陽奈?」

「はい。その節はどうも」

「あー、いえ。こちらこそ」

「姫嶋さんは無茶しすぎです。本当に死んでしまったらどうするんですか?」

「あはは……」

「まったく……。この度は大変申し訳ありませんでした」

「どうしたの?」

「姉のせいでこんなことになってしまって……。姫嶋さんのおかげで姉は、彩希は無事です。もし姫嶋さんがかばってくださらなかったら、姉は殺されていたかも知れません。本当にありがとうございました」

「良かった。間に合ってよかったよ」

「……あなたは本当に優しい人なんですね」

「え?」

「それと、今回の件で有栖川彩希に謹慎処分が出ました」

「なんで!?」

「当然です。姉がステージにノコノコと出て行かなければ姫嶋さんが刺されることもなく、ライブは大成功のままに終わってたんですから」

「そうかも知れないけど……そうだ! ライブはどうなったの?」

「聞いた話ですけど、あのあと最後までやり切ったそうですよ。姫嶋さんにエールを送ろうと、東山さんが呼び掛けたそうです」

「そんなことが……。そっか、無事に終わったなら良かった」

「姉には私からもキツく言っておきました。もうご迷惑はお掛けしないと思いますので、ご安心を」

「いや、私はそんな……。それに今回は監視と警備が逃した責任もあるんじゃないの?」

「ああ、そういえば姫嶋さんは寝てて知らなかったんですね」

「え?」

「今回の犯人、宮根明は

「いや、……え? だって――」

「魔物による手引です」

「……な、なんだって!?」

「空間移動系、いわゆるワープ魔法が使える魔物が宮根明の自宅と会場とを直接繋いでいたんです」


 そうか! それなら全ての辻褄が合う。特にナイフなんて入り口の検査で絶対に引っ掛かるはずだ。それも直接会場内にワープできるなら簡単にスルーできるってわけか。


「魔物は浄化したものの、残念ながら首謀者は取り逃がしてしまいました」

「え? 二体いたの?」

「はい。ワープ魔法の魔物はほぼワープ専用なので、なにかを計画したりはできません。ですから、必ず宮根明を利用しようとした首謀者がいるはずなんです」

「そうか……」


 人間を利用する魔物。歩夢を狙ってる奴か? それともブルブッフを巨大化させた奴か……。いずれにせよ厄介な魔物が動いていることには違いないな。


「ところで、私はいつまで入院なの?」

「あと一週間と聞いてます」

「……何日だって?」

「一週間です」

「なんで!? こんな元気なのに!?」

「刺された傷はキュアオールで治したからです。緊急事態でしたからね」

「キュアオール使ってくれたんだ……」


 道理で痛みが全く無いわけだ。少し触ってみると傷は完全に塞がっていた。本当にすごいアイテムだ。


「それよりも、あんな状態で歌って踊ってたなんて、信じられませんよ」

「あんな状態って、どういうこと?」

「姫嶋さんの魔力は空っぽだったんです」

「……え?」

廷々ていでさんの証言によると、上空の応援でランクA・トラクトノスを撃破。そのまま周囲の魔物を殲滅せんめつ。その戦闘で魔力のほとんどを消費してしまったそうです」


 俺があれだけの戦闘で魔力を使い果たした? それはあり得ない。トラクトノスを倒した時点でまだ有り余っていたんだぞ? いくら周囲の魔物を倒したからって、そんなに消費するはずがない。

 ……そういえばあの時の記憶が一部欠落してる。退院したら紫に聞いてみるか。なにかを隠しているみたいだ。


「魔力は魔法少女にとって命の源のようなもの。ちゃんと自分の魔力量を管理してくださいね」

「あはは……ごめんごめん。――ところでここってどこの病院?」

「S病院です。ここは数少ない魔法M少女G協会A所属の病院なんです」

「所属?」

「まあ、言ってしまえば天界の息が掛かってる病院です」

「息が掛かってるって、なんだか裏というか闇な感じあるね……」

「似たようなものです。ここは東山さんが手配してくれました。魔法少女を民間の病院に入れるわけにいきませんから」

「そっか、東山さんが色々やってくれたんだ。じゃあ、しばらく入院?」

「そうです。最低でも一週間、魔力が十分に回復するまでです」

「そっか。色々ありがとね、助かったよ」

「では、私はこれで。――ああ、そうだ。一つ伝言を預かっていました」

「伝言?」

「三ツ矢女学院の校長先生からです。『バックアップとサポートはしますが、本人がまだ一度も登校していないのは如何なものでしょうか。3週間以内に一度は登校してください。お待ちしてますよ』とのことです」

「登校……?」

「どんな事情があってあまり学校に来れないのか、詳しいことは知りませんが……そもそも姫嶋さんは学生です。それも国内有数の三ツ矢女学院中学校に在籍しているんですから、当然のことでしょう?」


 ド正論過ぎてぐぅの音も出ない……。


「そういうわけですから、ぜひ学校にいらして下さいね。――楽しみにしてますから」


 陽奈は最後に少し砕けたような、柔らかい笑顔を残して病室を後にした。

 ……俺が登校? 三ツ矢女学院中学校に?

 今から不安でしかない……。



To be continued…?

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