第133話 僕の天使
会場に戻ると、もうすぐ出番だと言われて舞台袖で待機する。
「次はなんでしたっけ?」
「オリオンですよ。あなたの曲」
いつの間にか用意されていた
化粧っけのない人で黒髪に黒縁メガネ、地味なスーツという背景に溶け込むような存在感だ。
「ありがとうございます」
オリオンは、新人アイドルとしてデビューしてなければならない。ということで東山が用意してくれた姫嶋かえでのデビュー曲だ。
なかなかに女の子らしさ全開の歌詞で、いくら魔法少女に変身していてもけっこう恥ずかしい。
「さあ、出番ですよ」
「はい!」
ステージに出ると、「「きゃあああああ!!」」という黄色い声に出迎えられた。
「いっ!?」
あまりの迫力にビクッとなってしまうと、麗美に「ほら前に前に」と押し出される。
「あぅ……えーと」
挨拶の言葉が飛んでしまって出て来ない。すると東山が「みんなー! かえでさんの歌、聴きたいよねー!?」と客に問い掛ける。
「「聴きたーい!!」」
おいおい、そんなに煽らないでくれよ……中身はただの会社員なんだぞ。
しかしまあ、55,000人が姫嶋かえでに期待していることだし、夢の中の出来事だと思ってやってみるか!
「皆ありがとうー! それじゃあ聴いてください! 『オリオン』!」
イントロが流れる。この曲も何度も練習したがなかなかに難しい。特にサビは俺にとって羞恥プレイにも等しい。なぜなら振り付けがあざといから。
《踏み出せない一歩、月より遠い距離
遠くから見てるだけ、それだけでもいい
私よりステキな人なんていっぱいいるし
噂で聞いた彼女の話。隣のクラス
片想いのままキレイな思い出のまま
心を偽って……それでいいの?
《いつからか気づけば君を見てるの
苦しくって恋しくって会いたくって
いつでもどこでも君のことばかり
夢中になっちゃったの君に届けたい
I have feelings for you》
あざとい振り付けを必死に披露すると、「可愛いー!!」「かえでちゃーん!!」なんて声が聞こえてきて恥ずかしくて顔から火が出そうになる。
《バスの中、手と手が触れ合ったよ
キミは気づいてるの? 気づかないフリ?
顔を見つめていると、こっちが恥ずかしくて
バス停から学校までの道のり徒歩3分
友だちと楽しそうにふざけあってる
その背中にそっと手を伸ばしてみた》
《いつからか気づけば君を見てるの
苦しくって恋しくって会いたくって
いつでもどこでも君のことばかり
夢中になっちゃったの君に届けたい
I have feelings for you》
歌い終わるとキャノン砲が炸裂して銀テープが飛び出すものだから俺がビックリした。どうやら東山か誰かのサプライズ演出らしい。心臓に悪いっての……。
しかしお客さんにとっては大きく盛り上がる瞬間になったようだ。もの凄いかえでコールが巻き起こる。
「「か・え・で!! か・え・で!!」」
これってHuGFのライブなのに、いいのか?
「かえでさんはとっくに私たちの仲間だし、コラボライブしてるんだからいいのよ」
まるで心を読まれたような言葉に、ドキッとする。
「さあ、そろそろフィナーレよ!」
ライブ終わりにいつも歌うというお約束の曲、『明日は君の未来』が流れる。
「みんなー! 今日は本当にありがとう! 最後に一緒に歌ってくれるゲストを紹介します!」
最後のサプライズで登場したのは有栖川彩希だった。元々ゲスト出演は決まっていたが例の件で今回は出れないと言われていたため、これには会場が沸いた。
「あなたがかえでちゃんね、初めまして」
「姫嶋かえでです。
当たり前だが、俺だとは気づいてなかった。
なにはともあれ、ようやくフィナーレだ。ライブは大成功で終わる。――そう思った時だった。
「あいつ……!」
どうしてここに!? 監視はどうしたんだ! 警備は!?
――いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
恐らく今この瞬間に気づいたのは、俺とごく一部の客だけだ。
「うおああああああ!! 死ねえええええええ!!!」
ステージに上がった男は折りたたみナイフのような物を持って彩希に突撃する。
「くっ――!」
男に向かって走り出したと同時に魔法通信でメイプルに物理防御を頼む。だが上手く通信できなかったのか防御が展開されない。
魔法の杖ならナイフ程度は余裕で止められるが、55,000もの人間の目がある中で魔法の杖を出すわけにはいかない。
だったら、やれることは一つしかない!
「かえでさ――!」
男のナイフは俺の胸に深々と刺さった。元の姿なら腹に刺さっただろうが、姫嶋かえでだと身長差で胸になってしまった。急いでてそんな計算すっかり忘れてたぜ……。
「きゃあああああああああああ!!!」
冷静な東山から悲鳴が上がる。客もどよめいている。
「じゃ、じゃじゃま、邪魔をするなよぉぉぉ!!」
「てめぇ……いい加減にしろよ宮根」
「なっ! なななななんで僕の名前……!」
「彩希さんを慕うのは分かるけどなぁ、自分勝手な妄想で人に迷惑掛けんじゃねーよ」
「きききき、きき、君になにが分かるっていうんだ!? 彩希ちゃんはなあ! てて、ててて天使なんだよ僕のさああああ!!」
「……その天使を殺して、自分の欲を満たすのか……? そんなのは、ただの殺人鬼だろうが!!」
宮根の右腕を払い
「はぁ、はぁ、……ばかやろー」
そこまでで力尽きた俺も倒れ、また意識を失った。
To be continued→
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