第132話 かえでの異変

「かえでさん!!」


 急に苦しみだしたと思うと魔力を失い落下する。今すぐにでも陣を展開したいがフーノルザットを逃すわけにはいかない。


「誰か!! かえでさんが!!」


 紫でも信じられないくらいの大声で叫ぶ。何人かは反応したが、しかし楓人はもう地面近くまで落ちていた。

 間に合わないと察した紫は目を逸らす。……そして恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景があった。


「……かえで、さん……?」


 黒紫の閃光がほとばしり、

 髪色は紫混じりの漆黒になり、青碧せいへきの左眼には赤いオーラが炎のように揺らめく。ドレスも黒を基調として紫のラインが入ったものへと変わり、その様子はまるで別人であった。


「……」


 かえでは魔法の杖を自分の胸に当てる。魔法の杖に幾重もの術式が走ると、自分に向かってピュアラファイを放つ。


「かえでさん、なにを――!?」


 しかしダメージを受けた様子はなく平然としていた。今度は辺りを見回すと、魔法の杖を振りかざす。すると術式がまるで魔法陣のように上空に展開する。


「――皆さん離れて!」


 かえでは微かに口を動かして魔法名を発した。


滅魔めつま砲雷ほうらい


 四方八方に大爆発が起こり、まるでそこら中で落雷してるかのような爆音が空に木霊する。

 その威力は凄まじく、滅魔の名の通り周囲の魔物が全滅した。さらに衝撃波によって紫以外の魔法少女は全員気を失ってしまった。


「かえでさん……」


 全くの別人になってしまったかえでを見て、紫は不安で不安でたまらなかった。

 さっき苦しんだのは、恐らくフーノルザットが苦し紛れにかえでに仕込んだ子機で器にダメージを与えたから。そしてここまで変貌するのはローレスに堕ちた可能性が高い。それはつまり、紫の手でかえでを――ということ。


「ふぅー……」


 深呼吸して感覚を研ぎ澄ます。もし本当にローレスなら瞬きすらも許されない。かえでがこちらを振り向く。緊張で口が乾く。心臓の音が聞こえる。

 ――うご


「え?」


 かえでが動いたと思うと、一瞬で目の前にいた。

 もう、死を覚悟するしか――


「紫どうしたの?」

「……へ?」


 気づくと、そこには元の姿のかえでがいた。腰ほどまである美しい栗色の髪に、二重の大きい目は愛らしく。紫にとって数少ない大切な人が目の前にいた。


「かえで……さん?」

「本当に大丈夫?」

「む……」


 それはこちらのセリフです! と、言いたかったが止めておいた。どうやら本人に記憶は無いらしく、任務中の今は問い詰めている場合ではない。


「お陰様でこちらは大丈夫ですので、ステージに戻って構いませんよ」

「……なんか、怒ってる?」

「いいえ、怒ってませんよ」


 とびっきり可愛い笑顔の紫は、楓人にとって恐怖でしかなかった。


「あの、フーノルザットは……」

「とっくに処理しましたので、大丈夫ですよ」

「……やっぱり怒ってる?」

「いいえ、怒ってませんよ」


 変わらない笑顔と変わらないセリフにさらなる恐怖を感じた楓人は「じゃ、じゃあ戻るね! ありがとう!」と言って逃げるように会場に戻って行った。


「……もぅ」


 相変わらずの鈍い楓人と、大人気ない対応をしてしまった自分に苛立ちを覚える紫は、しかし内心では心底ホッとしていた。


――さっきのはなんだったのだろう……?

 あれが本当にローレスだったら、さっきので間違いなく殺されてた。運良く死ななかったとしても重傷だっただろうし、生き残ったら今度は私が楓人さんを殺さないといけない。

 進むも地獄、退くも地獄。同じ地獄なら私は……。


「うーん……、あれ? あたしはいったい……。あっ! 魔物は!?」


 気が付いた魔法少女は、しまった! と周りを確認する。


「大丈夫ですよ、かえでさんが周囲の魔物を殲滅してくださったので」

「え? あれだけの魔物を……姫嶋さんが!?」


 どうやらこちらも記憶を失ってるようで、ローレスのようになったかえでのことは覚えてないらしい。

 そのため紫は異変については触れずに結果だけを伝えた。そして――


「かえでさんの大技か炸裂しまして、その衝撃で皆さん気を失ってしまったようです。申し訳ないと謝ってましたよ」


 多少の脚色を加えた。


「いえいえ、とんでもないです! あれだけの魔物を一掃してもらえただけで助かります!」

「それは本当に、そうですね」


 周囲にはランクAの反応もいくつかあったが、滅魔の砲雷はそれらも全て滅してしまった。本当に凄まじい威力だ。

 そしてそれは楓人の力ではないことを、紫は直感で理解していた。


――あるいは、まさか……。

 複雑な術式の魔法陣。あれほど高度な術はオールドタイプでも珍しい。文献資料でも見たことが無い。ひょっとしたらかえでさんは……。


 そこまで考えて紫は思考に急ブレーキを掛ける。憶測で考えを進めるのは良くない――と。


「廷々さん! また来ます!」


 今しがたかえでの魔法で一掃されたばかりだというのに、もう魔物が押し寄せている。

 周りを見ると、少し考えにふけっている間に全員の意識が戻っていた。


「廷々さん! 指揮をお願いします!」

「分かりました。佐藤さんとまゆずみさんは左右に展開。横田さんと相沢さんはアタッカーの援護を」


「「はい!!」」


 紫はすぐに思考を切り替えて司令塔としての役割を果たす。楓人が暴れてくれたおかげで戦闘はだいぶ楽になっていた。


「あと一時間ほど……これなら大丈夫そうですね」


 楓人に感謝しつつ、先程のお詫びになにかお菓子でも持って行こうかなと考える紫の口元には笑みが浮かんでいた。



To be continued→

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る