第126話 信頼できる仲間

 その後、俺のNGでリハーサルが進まないということで、一旦冒頭は後回しにしてやることになった。


「申し訳ないです……」

「気にしなくていいわ、まだ時間はあるし歌とダンスは問題ないんだから!」

「そうそう、たった一ヶ月でここまで仕上がるなんてすごいよ、かえでは!」


 すでにスイッチが入って明るくなった瑠夏がテンション高めに褒めてくれた。


「ありがとうございます」

「それより問題は明音あかねでしょ」

「え? 明音さん調子悪いの?」

「悪いとまでは言わないけど、本調子一歩手前な感じなんだよね」

「そうね、いつものキレが無いしトーンも一段低い感じだわ」

「今はリハーサルで抑えてるだけなんじゃ?」

「リハーサルって言っても、もうすぐ本番だしいつもならスイッチ入ってるよ。なーんかイマイチ乗り切れてないんだよね」


 まさか……フーノルザットの宿主は岩清水明音か?

 ただ不調なだけかも知れないが一応注意しておくか。


「あら? そういえば響子は?」

「響子さんなら飲み物を買ってくるってさっき行きましたよ」

「珍しいわね、リハーサル中に買いに行くなんて」

「普段は買わないんですか?」

「そうね」


 おいおい、普段と違うってことは怪しいんじゃないのか?

 くそ、推理モノじゃないが、誰もが怪しく見えてきやがるぜバーロー。


「じゃあ、そろそろかえでさんのシーンやりましょうか」

「はい!」


 そうだな、今はリハに集中だ! 特に俺が開幕なんだからミスるわけにはいかない。


「でもあの照明の量じゃ確かにキツイんじゃない? もう少し減らせないの?」

「うーん、そうね……。2本くらい消してみようか?」


 試しに照明を少なくしてみたら確かにやりやすくはあったんだが、演出家やスタッフからも「やはりインパクトが薄れる」ということで、照明全開で頑張ることになった。


「――っ!」


 何度やってもスポットライト全開は眩しいし熱い。この状態で5秒は思った以上にキツイ。せめてサングラスでもあればかなり違うと思うんだが……。


〈感覚遮断をしてみますか?〉


 待機していたメイプルからものすごい解決案が出された。


〈感覚遮断? そんなことできるの?〉

〈通常は魔法少女が勝手にできない領域ですが、私なら可能です〉

〈分かった。じゃあ光だけ遮断してみて〉

〈分かりました〉


 もう何度目かのスポットライトを浴びると、熱は感じるが光は全く無い不思議な世界になった。真っ暗なので目を開けているのかも分からないが、たぶん大丈夫だろう。

 ――そして4秒経ったら歌い出す。


「この時をどれほど待っていたんだろう〜」


 新曲の一つ、『flower ever』

 これは東山が“ハピネスundグッドフォーチュン”への想いを込めて作った楽曲だという。


「――よし、完璧ね!」


 演出家もスタッフも大満足して無事リハーサルを終えた。

 ――ゆかりは今頃は外で司令塔として指揮してるのかな? そっちは頼むぞ!


*   *   *


「秋元さん、東からランクBが数体やって来ます」

〈秋元了解〉

「須山さん、南から大型が二体です」

〈もうやっちゃっていいんですか!?〉

「はい。やっちゃってください」

〈やったー!〉

「岩瀬さんは二人の後方支援をお願いします」

〈了解しました〉


 廷々紫は空からテキパキと的確に指示を出していく。技能試験で攻撃としても動けることを示した紫だが、やはり司令塔として替えがきかない貴重戦力であることに変わりはなかった。


――思ったより魔物の数が多い。

 今までのデータから見ても30%ほど増えている。データ平均から計算して魔法少女を配置したけど、このままじゃ対応し切れなくなる。


「――本部、こちら廷々」

〈こちら本部。どうしました?〉

「魔物の数が想定を大きく上回りそうなので人員の追加を要請します」

〈本部了解。10キロメートルエリア担当を2人、5キロメートルエリア担当を3人追加で送ります〉

「……分かりました。廷々了解」


 紫は通信を切ると、小さくため息をつく。

 5キロメートルエリアは戦力として当たり外れが大きいので、こういった現場ではあまり喜ばれない。しかし魔法少女も主力級エース以上は慢性的な人手不足なので文句は言ってられないのである。

 高位ハイランクが一人でもいればまさに百人力で大助かりだが、技能試験のような特別なイベントでない限りは滅多に動かない。それだけ高位ハイランクというのは気軽に動けない存在なのだ。


「茅野さん、6時方向から攻撃来ます」

〈うわぁーっ!! ありがとう! 助かったよ!〉


 こんな時、かえでさんが居てくれたら……。そんな思いが脳裏をぎって紫は少し驚く。

 一緒に戦ったことがあるわけではないのに、正体が30代のサラリーマンという秘密を共有するようになってからは、魔法少女としても一人の人間としても接する機会が多くなり、いつの間にかかえでを――楓人を信頼するようになっていた。

 そして自分から「上手く対処してください」と言ったのを思い出し苦笑する。


「私が弱気になってたらいけませんね」


 眼下に望む日本最大級のドーム会場には、沢山のファンが今か今かと入場を待っている。そのドーム会場には楓人がいる。

 信頼できる仲間と一緒に戦う心強さを胸に、紫は改めて状況と向き合った――。



To be continued→

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