第119話 ネットストーカーの正体

「お待たせ」


 花織さんが戻って来る気配を察してメイプルは沈黙した。


「それで、なにをやるんですか?」

「それがね、煌梨から連絡があって、かえでに今すぐ来て欲しいって。いつものスタジオで分かるって言ってたけど」


 今すぐに? もしかしてライブの話か。


「分かりました! ではすみませんが、また後日に!」

「ええ、また連絡するわ」


*   *   *


 スタジオに入ると東山がいた。その横にはスーツ姿の男性と女性がいる。


「遅くなりました!」

「かえでさん、悪いわねに」

「いえ、もう終わりましたので」


 東山は俺が技能試験を受けることを知っていたが、他の人は知らないし言えないことなのでボカシてくれたようだ。この言い回しなら勉強か部活とも取れる。さすがの気配りだ。


「それで、お話って?」

「例の脅迫コメントについてだけど、ようやく開示請求が通ってね。相手の情報が手に入ったところ」

「開示請求?」

「要するに、加害者の特定ね。完全にとは行かないけど、住所と名前は分かったわ」


 すげーな、裏でそんなことしてたのか。ということはこの二人は弁護士かなんかか?


「――ああ、紹介するわ。うちの事務所の顧問弁護士、田村龍弘たつひろさんとマネージャーの小森茜さん」

「よろしく……」


 こっちのオールバックのデカい男が顧問弁護士か……。魔法少女モードだとまるで山のような大男だ。元の姿でも見上げる形になりそうだが。

 マネージャーとは初めて会ったな。俺より少し背が高いくらいで清潔感のある黒髪セミロング。チラッと青いインナーカラーが見えるのはHuGFっぽい感じある。


「初めまして。あなたが姫嶋さんね? 話は皆から聞いてる。……なるほどね、煌梨が推すのも納得だわ。あなたにはオーラがある」

「オーラ……?」

「成功する人間が持つ独特の雰囲気よ。私も煌梨とまでは行かないけど、オーラを持つ人間は分かるの」

「はぁ……ありがとうございます」


 芸能人オーラってやつか? でもオーラがあったとしても、それは姫嶋かえでという魔法少女だからそういう雰囲気があるのであって、俺自身には無いんだよな。

 ……なんだか複雑だ。


「あなたもライブに出るんでしょ? ちょうどいいから聞いててね」

「はい、まあ一応……」

「そうそう、かえでさんセットリストの頭から出てもらうから」

「……ええええええ!? だ、だってまだ課題曲すらレッスン途中ですよ!?」

「大丈夫よ、歌は元々良かったし、ダンスもだいぶ良くなってきたから」

「いやでも……だってそんな急に……」

「大丈夫よ、煌梨が言うなら間違いないわ。自信持って!」

「えぇ……」


 確かに東山の人を見る目が確かなのは認める。だがそれとこれとは別問題だろ? まだ課題を半分もこなせてないし、そもそも振り付け以前の話なんだぞ?


「では、今後についてお話しますが、いいですか?」


 大男の田村さんはいかつい見た目にピッタリな低い声で確認する。


「はい。お願いします」


 結局、俺の出演については納得できないまま弁護士の話が始まった。


「開示請求によって住所と名前は分かりましたが、そこまでです。ここからどうアクションを起こすのかで今後の方針が決まります」

「まず、相手を告訴したりはしないわ。まだ実害があるわけじゃないし監視できれば事を起こす時に逮捕もできる。だからライブは予定通り開催する」

「そうですね、今はまだ未遂段階ですらありませんから、そもそも裁判は無意味でしょう」

「でも明らかな害意が汲み取れるのは事実。だから警察に言って監視してもらえないかしら?」

「監視は難しいかも知れないですね。それより威力業務妨害で逮捕したほうが良いと思われますが」


 なんだか本格的に事件の話になっててついて行けないが、どうやらHuGFが未知の脅威に怯えることは無くなったようだ。


「そうね、その方向でお願いします。もしダメなら探偵を雇って監視するってことで。念の為に警備会社も検討しておいてください」

「分かりました」

「それで、その不届き者の名前はなんていうの?」

「宮根あきら、31歳。会社員ですね」

「――!?」


 宮根明だって!?

 名前を聞いて心臓が止まるかと思った。しかしまさかここで言い出せるわけがない。知ってるどころか、だなんてことは。


「ふーん? 彩希さんの信者ってところかしら?」

「そのようですね。有栖川彩希に対してネットストーカーのような行動もあるようです」

「ネットストーカーね……」

「では私は早速、明日警察へ行ってみます」

「よろしくお願いします」


 ではこれで、と顧問弁護士の田村さんはスタジオを後にする。いや本当にデカかったな。


「さて、じゃあレッスン始めましょうか」

「えっ、あの……本当に頭からやるんですか?」

「ええ、もちろん」

「まだ課題曲の半分も終わってませんよ?」

「心配しなくて大丈夫よ。私に任せて」

「……はい」


 そう言われたら任せるしかない。東山がこう言ってるんだ、やるだけやってみるか!



To be continued→

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