第87話 陽奈の疑問

「これは――!」


 有栖川陽奈は新たな魔物の出現に反応した。歳より幼く見られることの多い顔には不安の色が浮かび、セミロングの鮮やかな金髪が揺れる。

 推定ランクではなく、陽奈は驚いた。


「確か、今日はねえさまが……!」


 気を取られた瞬間に兎のような魔物が突進する。しかし陽奈は後ろに目があるかのように難なくかわした。


「あなたの相手をしてる暇は無いのよ!」


 陽奈の周りに短剣が幾つも現れる。腕を横に振るとそれを合図に短剣が射出され、あらゆる角度からの全方位攻撃を繰り出す。


「ピギィィーーー!!」


 あっという間に魔物を浄化すると急いで有栖川HDホールディングスの本社へと向かう。


「なに……あれ?」


 巨大な本社ビルに、。目や口といった部分は見当たらないものの、レーダー反応は魔物を示している。


「こんなの初めて見た……」


 とりあえず姉――彩希に直接的な被害が及ばないことに安堵しながらも、どうやって倒したものかと困惑する。


「さすがにフリーゲンじゃ無理がありそうね」


 かといって強力な攻撃ではビルを壊してしまう。慎重に倒すために陽奈は自分の攻撃手段を再確認していく。

 使える魔法は武器を飛ばすフリーゲン、無差別広範囲爆撃のボンバード、一点に魔力を集中させて破壊するゼストロンの3つ。


 フリーゲン以外は破壊力はあっても加減が難しい。それでもやらないといけないなら、ボンバードしかない。ゼストロンは一撃必殺の魔法のため、どれだけ加減してものが精々せいぜいだ。

 せめて他に魔法少女がいれば……という陽奈の心の声に応えるように、一人の魔法少女が応援に駆けつけた。


「大丈夫?」

「あなたは……?」

「私は5キロメートルエリア担当の姫嶋かえで」

「あなたが姫嶋さん……?」


 陽奈が戸惑ったのは、三ツ矢学院中学校に通うかえでの人形とまさに瓜二つだったからだ。

 スレイプニルと学長から話は聞いていたが、実際に会うと双子なのではないかと錯覚するほどに似ている。大きく違うのは、本物のほうが存在感があり可愛いということ。

 人形には出せない魅力がある。ということなのだろう。


「よろしくね。――こんな魔物見たことない……アナライズ」


【大型ランクB・ギュネイブ】

【寄生する魔物の中でも特殊なタイプ。建物に張り付いて中にいる人間の生気を吸い取る。魔法少女の器が多くいる建物を好み、吸い取るほどに体積も増えていく】


「建物内の人間全てが餌ってこと……!?」

「早く倒しましょう! 姫嶋さんはどんな魔法が使えますか?」

「えーと、ピュアラファイと特殊弾丸セット」


 陽奈は「それだけ?」と言葉に出そうなところをなんとか引っ込めて、「じゃあ、サポートをお願いします」と言ってボンバードの準備に入る。

 スレイプニルから「詳しいことは言えないが、守ってやって欲しい」と言われていた陽奈は、おりをさせられるんだなと、ある程度は想定していた。なのでガッカリというよりは、やっぱりね。という予想通りな感覚だった。


 だからこそ陽奈には理解ができなかった。戦力外の被保護者がなぜここにいるのか。近くにいたからという理由だとしても、他の魔法少女に任せればいいのに……と。

 基本魔法ピュアラファイと特殊弾丸セットしか持ってない。おそらく術式も知らないだろう姫嶋を戦闘に参加させるわけにはいかない。

 陽奈は自分一人でやってみせる。と決意してギュネイブへと突撃する。


「――来たれ爆砕の翼、ボンバード!」


 陽奈が纏うドレスと同じ、赤いラインが入った白い鳥が現れるとサクランボのような赤い玉をばらき、それら一つ一つが大爆発して魔物ギュネイブを攻撃する。


「やったかな……?」


 爆煙が薄くなったと思うと魔物ギュネイブから触手が数本伸びて陽奈を襲う。


「なっ!」


 陽奈は慌ててフリーゲンで短剣を操り触手を攻撃するが、かなり硬いのか全て弾かれてしまう。


「やめっ――!?」


 4本の触手が陽奈の両手両足の自由を奪うと、もう一本の触手が伸びて陽奈の体をベタベタと触る。


「いやっ……! やめ……っ、てぇ……!」


 全身をベタベタにされる陽奈は、徐々に力が抜けていくのを感じた。


――これって!?

 そうか、こうやって人間の生気を……魔法少女の器から力を吸い取っているんだ。この気持ち悪い触手から早く離れないと……!


 しかし抵抗すればするほどに触手は絡みつき、体力は奪われ激しく消耗していく。

 陽奈の全身をベタベタにした触手は、仕上げとばかりに下へと移り太ももを伝う。


「ちょっと! そこはダメぇ!!」


 泣き叫ぶ陽奈へ触手が侵入しようとした、その時だった。白銀の閃光が手足を拘束する触手を破壊した。ほぼ一瞬の出来事でなにが起きたのか理解できない陽奈は、後ろから聞こえるかえでの声に耳を疑った。


「大丈夫ー? サポート遅れてごめんねー!」

「うそ……」


 サポートが遅れたのは爆煙のせいだった。異変が起きていることは楓人も察していて、メイプルが陽奈の位置を特定してくれていたが、爆煙漂う中での狙撃は危険過ぎるということで煙が収まるギリギリまで待っていたのだ。

 陽奈が驚いたのは、魔法ピュアラファイの威力とその精度。一発だけならとも言えるが、4発ほぼ同時に撃つのは実力以外の何物でもない。


 姫嶋かえでは10キロメートルエリア担当か、それ以上――高位ハイランク相当の実力がある。そう確信した陽奈は軽くショックを受けたと同時に大きな疑問が浮かんだ。

 なんでこんなにすごい人を守る必要があるのか、――と。


To be continued→

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