第86話 職場見学

 ――あらすじ。

 彩希と食事デートが無事終わるかと思ったら、有栖川うちに来ないかと引き抜きの提案をされた。


*   *   *


「え? 俺が有栖川HDホールディングスに?」

「そう。あなたみたいな有能な人が欲しいのよ」


 ……なるほど、そういうことか。確かに敵を作ってしまいそうなタイプだ。

 でも正直悪くない話ではある。彩希の下でなら仕事も楽しいだろうし、給料だって上がるだろう。


「うーん、誘いは嬉しいけど、すぐには……」

「もちろん返事はいつでもいいわ。考える時間が必要だろうし、プロジェクトが無事終わったらの話だから」

「まあ、考えておくよ。――ちなみに俺が推薦する人がいたら、連れてっていいのか?」

「いいわよ、もちろん審査はあるけど。――彼女と一緒がいいんだ?」

「だから彼女はいないって」

「そうだ、よかったらうちの会社見に行かない?」

「え?」

「見学してもらえば、どんな職場ところか分かるでしょ? 百聞は一見にしかずよ」

「まあ、それはそうだろうけど、いいのか?」

「もちろん! じゃあ行きましょう!」


*   *   *


 M区にあるビジネス街、一際ひときわ大きくそびえ立つビルには大きく【有栖川HDホールディングス】の文字が主張していた。


「はぁ……」


 天にまで届きそうな巨大な本社ビルを見上げると、思わずため息が出る。規格外過ぎて現実感が無い。

 エントランスの床にはスタイリッシュなデザインの有栖川のロゴマークが大きく描かれていた。


「すごいな……」

「来るのは初めて?」

「今まで縁が無かったからね」

「こっちに来て」


 エレベーターに乗って上層階へと向かう。

 かご室内にもさり気なく【有栖川電機】のめいがあった。自社製かよ……。


「ここが開発フロアよ」

「開発フロア?」


 有栖川ほどの規模になると開発室じゃなくてフロア丸ごとになるのか。

 うちみたいなデスクに張り付いての仕事じゃなく、各々おのおのが自由な場所で仕事ができる外資系オフィスに見られるスタイルだ。


「樋山さんはコーヒー飲みます?」

「飲みますけど……?」

「ここのコーヒー美味しいのよ。よかったらどうぞ」

「え?」


 案内されると、フロアの奥の方に休憩スペースがあって、そこにコーヒーメーカーが置かれていた。


「これって、――デロンク!?」

「あら、よく知ってるわね」

「コーヒー好きで知らない人はいないでしょう」


 全自動コーヒーメーカーで世界トップシェアを誇る老舗ブランドだ。エントリーモデルですら6万円くらいする。それがここに2台あり、そのどちらもエントリーモデルには見えない。


「ここのコーヒーは無料で飲み放題だから、遠慮しないで」

「まさかとは思ったけど、本当に無料とは……」


 折角なのでブラックのレギュラーを頂くことにした。


「……旨い」


 なんだこれは……これが本当にコーヒーなのか? 当然だが自販機のコーヒーなんて比べ物にならない。雲泥の差だ。香りも深みも何倍も違う。

 これが飲み放題? エスプレッソやカプチーノなど多彩なラインナップが飲み放題? 無料で飲み放題?


「どう?」

「……正直、コーヒー飲むだけでもここに来たい」

「気に入ってもらえたようで良かったわ。そうだ、お酒は飲む?」

「ビールならほぼ毎晩。……まさか」

「もうしばらくしたら夜になるから、お楽しみにね」


 下手な誤解を生みそうな言い方は気になるが、もう大方の予想はつく。

 そうだとしたら、仕事終わりに飲んでから帰宅という素晴らしい夜を過ごせることになる。なんせここから新居までは徒歩10分ほどだ、電車通勤もしなくていい。


「やばいな、メリットしかない……」


 そもそも今の会社に恩義も義理も何も無いんだから、悩む必要も無いな。あとは雷都に相談するだけだ。


「じゃあ次は――あ、ちょっと待っててね」


 着信らしく、少し離れた所でスマホと話す。しばらくして戻ってくると表情がやや曇っていた。


「どうした? なにかあった?」

「ああ、すみません。……実は妹がいるんですけど、姿が見えないって」

「えっ!?」

「たまにあるのよ。突然姿を消したと思うと、いつの間にか戻って来てて……。本人はなんでもないって言うんですけど、最近は頻度ひんどが高くなってるようで……」

「そうなのか……」


 ――十中八九、魔法少女の仕事だ。最近は特に魔物が多いからな……。

 待てよ? ということは今ちょうど魔法少女やってるってことか。


「ごめん、ちょっとトイレに」

「あ、トイレはあちらです」


 ものすごく綺麗なトイレの個室に入るとメイプルを呼び出す。


『お呼びですか?』

「有栖川陽奈の現在地分かるか?」

『ここから3キロメートルほど離れた所でランクBの魔物と交戦中のようです』

「やっぱりなぁ……」


 10キロメートルエリア担当ということは頼られる事も多いだろう。


「この近辺で他に魔法少女はいないのか?」

『魔法少女は多くいますが、魔物の数も多いので一人あたりの処理数は減ることはありません』

「そうか……日本の中心だけあって魔物の数も多いか」

『特に最近では魔物の数が例年の1.5倍ほどになっているの

で』

「そんなに多いのか……」


 確認を終えてトイレを出ようとした時、杖から《キュイン! キュインキュインキュイン!!》と、けたたましく警告音が個室に響いた。


T o be continued→

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