第85話 有栖川彩希とデート

「お待たせしました!」


 次は俺が奢りますよ。なんて言った手前、まさかもやしラーメンで済ますわけにいかず、ちょっと高級な店を予約して現地で待ち合わせしていた。


「遅い! ――なんてね、私もさっき来たところ」

「ちょっと野暮用ができちゃって」

「あら、それって他の女の子?」

「まさか! 俺はそんなに器用じゃないよ」

「ふーん? ……樋山さん意外とオシャレね」

「え? ああ、これは俺じゃなくて……」

「彼女に選んでもらった?」

「だから違うって……」

「あはは! ごめんなさいね。樋山さんて、ついからかいたくなっちゃうの」

「それは褒め言葉として受け取っていいんだろうか……」

「ま、それはいいから入りましょ」


 店に入り、「予約した樋山です」と告げると店員が奥のテーブルに案内してくれた。

 シックで落ち着いた店内はまさにレストランといった感じだ。有名なレストランで修行した人がシェフをやってるらしい。

 テーブル席に着いてメニューを開くと、思わず唸る。


「大丈夫?」

「うーん……こういった敷居が高めの店は初めてだから、見慣れない価格設定にちょっと戸惑ってしまって」

「ふふ、別に無理しなくても良かったのに」

「そうはいかないよ。人生で初めて女性と食事するんだし、少しカッコつけさせてくれ」

「樋山さんって真面目ねー」

「よく言われる」

「ま、そういうとこがいいんだけど……」

「え?」

「ううん、なんでもない。決まった?」

「もう少し待ってくれ……」


 なにが食べたいかより、財布との相談でメニューを決めた。情けないがこれが現実だ……。


「よし、これで」


 店員を呼んで注文する。話題は自然と仕事のことになった。


「今回は無茶を言ってしまって本当にごめんなさい」

「いえ、こちらの失態ですし」

「でも本当に良かったわ、樋山さんに担当になってもらえて」

「力になれるよう頑張るよ」

「ふふ、期待してます」

「ところで、彩希は普段表に出ないの?」

「え?」

「実は、有栖川HDホールディングスとの調整役が彩希と直接会ったことないって言うから」

「ああー、その人嫌いなのよ」

「えっ!」

「あはは! 冗談よ。あたしは見ての通り小娘だから、仕事では舐められることが多くてね。だから窓口役を通すことが多いの」


 なるほど、そういうことか。

 確かにビジネスシーンで女子高生が出てきて偉そうに指図したら、ほとんどのサラリーマンは「なんだこいつは」と思うだろう。


「ちなみに俺と直接会ったのは?」

「まず一つは、担当替えなんて無茶振りを窓口役に任せるわけにはいかなかったから。無理をお願いするんですから、直接会うのが筋でしょう? それと、あたしの小娘という立場を利用して相手を推し量るため。舐めた態度を取るような相手なら商談は白紙にするつもりだったわ」


 なんとまあしたたな女の子だ。自分が小娘として下に見られていることすら利用するとは……。


「まあ、俺は先に年齢知ってたからね。それより銀髪に驚いたよ」

「ああ、これ? 地毛なんだけどね、学校でもなかなか理解されなくて面倒くさかったわ」

「地毛なんだ? てっきり染めてるものかと」

「あはは、よく言われる。逆に黒くしろって色んな人に言われたわ」

「でも黒くしないんだ?」

「うん。染めててそう言われるならまだ分かるけど、あたしのは地毛だから。髪が黒くなければ行けない学校や成り立たないようなパートナーなんてこっちから願い下げだわ。黒髪が必要なビジネスなら、それこそ窓口役を通せば済む話だし」


 本当に気持ちいいくらいの正論でバッサリ切ってくる。こんな人がうちにも欲しいなぁ。


「あなたは、あたしのことどう思った?」

「え?」

「第一印象よ」

「えーと……か、可愛くてデキる女性ひと……だなぁって……」


 改めて訊かれると、なんだか照れる。さっきからずっと緊張しっぱなしで汗ダラダラだというのに、そんな笑顏で「どう思う?」なんて訊かれたら女性耐性ゼロの俺にはクリティカルヒットだ。

 歩夢とファミレスでいい感じに話せたから大丈夫だろ! なんて思ってた時期が俺にもありました。


「……ありがとう」

「――!」


 なんでそっちが照れるんだ!?

 おい、この変な空気なんとかしてくれ。


「お待たせしました」


 このタイミングで料理を運んできてくれた店員は天才だと思った。


「美味しそうだなー」

「ホント、さすが楓人さんのオススメね」

「ネットで検索しただけなんだけどね、はは」


 ……何気に今、楓人って呼ばなかったか?

 しかし腹も減ってるので一瞬で食事モードに入る。


「うん、美味しい!」

「これは納得のお値段だな」


 あまりに美味しいから、二人して会話なんてそっちのけで食べまくった。これは月イチくらいでなら通いたい。


「――ふぅ。夢中で食べちゃったな」

「ふふ、ホントね。とても美味しかったわ」

「今度また来るか」

「それはデートの予約でいいの?」


 ニヤニヤと俺の顔を見る。本当に俺をからかうのが好きらしい。


「……割り勘でいいなら」

「もちろん、じゃあ来週また来ましょう」

「来週!?」

「都合悪い?」


 スケジュール的な都合は悪くないが、財布の都合は最悪だ。このデート用に揃えた服装代も痛いのにまた来週だなんて……。まあ、ショップでなんとかなるか? 魔物狩り増やさないとな。


「じゃあ、……来週で」

「嬉しい! ――それと、物は相談なんだけど」

「ん?」

「樋山さん、このプロジェクト終わったら有栖川うちに来ない?」


T be continued→

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る