第70話 恒例の深夜会議

 スタジオに戻ろうとしてドアを開けると、卯月響子が一人で歌っているのが見えた。東山が「このまま盗み聞きしましょう」と言ってドアを少しだけ開けて聴き入る。

 透き通るような突き抜ける高音は不思議と耳に優しく、美しいロングトーンはまるで大地に染み渡る慈雨のよう――なんて思わず詩人みたいな感想になってしまう。

 それほどに卯月の声はすごい。女神の歌声と称賛させるだけはある。


「らーらららー……」


 歌い終わってからドアを開けて二人で拍手する。


「え? え? えええー?」


 まさかそこにいるとは思わない卯月は、まるでドッキリを仕掛けられた人のように驚く。


「ごめんなさいね、気持ち良さそうに歌ってたから。私たちも聞き入っちゃって。ね?」

「はい。とても素敵な歌声でした」

「もう〜! びっくりしたわ! ありがとう、おかえりー!」


 これからまた練習するのかと思ったら、今日は帰っていいことになった。アノバリウスとの戦いで心身ともに万全じゃないから、というのが理由だろう。


「今日はごめんね、お詫びに今度ご飯奢るから」

「いえそんな!」

「メンバーとの親睦を深めるためにも、ね?」

「……はい、ありがとうございます」


 そんなこと言われたら嫌とは言えないだろ……。


「それと、来週のレッスンはリモートでやろうと思うけど、大丈夫そう?」

「え? ああーえーと、まだちょっと準備中なので、また改めて連絡しますね!」

「そう? あまり急かしたくはないけど、なるべく早めにできると助かるわ」

「分かりました。じゃあ、お疲れさまでした」


 そういえば新居の件まだだったな、急いで進めないと。


*   *   *


「新居ならもう決まったぞ」

「は?」


 恒例の深夜会議。議題は新居をどうするか。のつもりだったが……。


「もう決まったってなに? 俺に相談も無しに?」

「まあ聞け。お前の新居の話を進めていたら、その話を聞きつけた三ツ矢学院の理事長が部屋を用意してくれることになってな。事後報告となってしまうのは申し訳ないと思ったが、理事長の気が変わらないうちに話を進めたかったのだ」

「それはいいけど、家賃いくらなんだよ?」

「それなんだがな、条件を満たせばタダでいいそうだ」

「タダ!? いや、俺は騙されないぞ。条件が無理ゲーなんだろ?」

「そうでもない。高位ハイランク魔法少女になれば家賃免除とのことだ」

高位ハイランクって……50キロメートルエリア担当になれってことか?」

「簡単に言うとそうなるな。ちなみに現状で半額、10キロメートルエリア担当に昇格したら8割引でいいそうだ」

「マジかよ。なんで昇格したら一気に割引いてくれるんだ?」

「お前の周りにはあの御方や廷々さんなどがいるから珍しく思わないだろうが、本来10キロメートルエリア担当というのは主力級エースと認められた10%の精鋭だからな。三ツ矢学院にとっても貴重な人材というわけだ」


 そう言われてみると、知り合いに10キロメートルエリア担当は多い。さすがに高位ハイランクの知り合いはtre'sトレズしかいないが……。それも知り合いと数えていいのかは微妙なところだ。

 

「ていうか、そもそも家賃はいくらなんだ?」

「本来であれば37万だそうだ」

「そんな高級マンションを半額で!? いやでも、その半額ですら18万5千円だろ? とても払えないぞ」

「補助金を忘れているぞ」

「ていっても数万だろ?」

「一回だけ10万円負担してやる」

「はあ? なんでそんな太っ腹なんだ?」

「来月に技能試験があるからな、そこで10キロメートルエリア担当に昇格すればいい。それを見込んでの10万だ」

「ちょっと待て、来月はライブもあるんだぞ!?」

「問題ないだろう、お前なら余裕で一発昇格できる」

「ぷに助が俺のこと褒めるなんて珍しいな」

「褒めてはいない。事実を言ってるだけだ。実際お前の器が高位ハイランク相当なのは聞いているし、実力的にはとっくに主力級エースだ。逢沢のおかげだな」

「そっか……」


 確かに、今まではバケツの水をぶちまけるようなピュアラファイしか撃てなかったのに、優海さんに教わってからは魔力制御コントロールをしっかりできるようになった自覚はある。


「とにかく、試験で10キロメートルエリア担当になれれば8割引になる。頑張れよ」

「いや待って、8割でも7万くらいなんだけど。補助金出るよね?」

「天界がそんなケチに見えるのか? まだ調整中だが4万円くらいには抑えられるはずだ」

「今初めて天に感謝したわ」

「これからも感謝し続けろ」

「っと、そうだ。アノバリウスはどうなったんだ?」

「安心しろ、あのあと無事浄化された」

「50キロメートルエリア担当は、やっぱり強いんだな」

「いや、違う」

「え?」

「やったのは100キロメートルエリア担当だ」

「もしかしてtre'sか?」

月見里やまなし千夜ちよという魔法少女だ」


 月見里……どこかで聞いたことがあるような……。


「……思い出した、優海さんに聞いたんだ。あと自称・魔法少女フリークの安納あのう真幌からも聞いた」

「あー、あのマニアか」

「そっちはそっちで有名なんだな」

「あれほど魔法少女に詳しい魔法少女もおらんからな」

「なんか災害級の魔物を一人で討伐したとか。どういう魔法少女なんだ?」

「そうだな……説明するより会ったほうが早い。明日会いに行け」

「明日!? そんな簡単に会えるものなのか?」

「そんな簡単に会えるものじゃないが、明日は本部に行くと言っていたし、魔法少女のトップに会っておいて損はない」

「まあ、そうだろうけど……。いいのか? 俺なんかが会っても」

「なにも首相や大統領に会いに行けというわけじゃない。いい機会だから色々と教わってこい」

「じゃあ仕事終わりにでも行ってみるか。どんな見た目だ?」

「ポニーテールだ」

「……それだけ?」

「まあ見れば分かる。それと、今週末には新居となるマンションの下見に行くぞ」

「どこにあるんだ?」

「M区だ」

「ブルジョア特区じゃねーか!」

「良かったな、これでお前もセレブ気分を味わえるぞ」

「いらんわ!」

「まあとにかく、せっかくのご厚意だ。無下にはするなよ」

「俺をなんだと思ってるんだ……。分かった。土曜日に行けばいいんだな? あとで住所送ってくれ」

「それと、ちゃんと職場に引っ越しの旨を伝えろよ」

「分かって……、そうか職場に報告しないといけないのか!」

「当たり前だ」

「なんて報告すればいいんだ……」

「テキトーな言い訳を考えるんだな。では私は帰るぞ」


 ぷに助が天界に帰ったあと、しばらく頭を抱えて引っ越しの理由を考えたがなにも浮かばなかった……。


To be continued→

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