第71話 月見里との一夜・前編

 仕事を終えて魔法M少女G協会A東京本部へ行くと、エントランスで歩夢と出会った。


「かえでー! 久しぶりじゃん!」

「歩夢! 元気してた?」

「まあねー、元気が取り柄みたいなもんだし」


 LINEで話すことはあるが実際に会うのはけっこう久しぶりな気がする。最近はゆかりに頼ることが多かったからなぁ。


「今日はどうしたのさ?」

「あー、ぷに助から月見里やまなしさんに会ってこいって言われて」

「月見里さんに!?」

「う、うん。今後のために会っておけって言うから。……やっぱり有名なんだ?」

「有名なんてもんじゃないよ、魔法少女の中で最強の一角だからね」

「そんなに?」

「アタシの師匠も、月見里さんは別格だって絶賛してるし」

「歩夢って師匠いるの?」

「いるよ、阿山千景って人」

「阿山……? どっかで聞いたことが……」

「まあ聞いたことはあるだろうね、一応本部長だし」

「ああーそうだ、ここの本部長だ。……ええええええ!?」

「そんな驚く?」


 俺のリアクションが面白かったのか、あっはっは! と笑う。


「そりゃ驚くって。本部長が師匠とか」

「アタシが昔バカやってた頃にね、戦い方のイロハを教えてくれたの」

「バカやってたって?」

「あはは、大したことじゃないよ。若気の至りってやつ」


 いや、まだ十分若いだろ。

 というツッコミはぐっと堪えておく。


「でも、なんか納得した。強いわけだ」

「いやー、アタシなんかまだまだだよ」

「私から見るとかなり強いんだけど……。まだ強くなりたいんだ?」

「うん。守りたい人をちゃんと守れるようになりたいからね」


 気のせいか、一瞬だけ表情がかげったように見えた。なにかあったんだろうか?


「歩夢――」


 話を聞いてみようと思った時、その人は現れた。

 銀メッシュの黒髪をポニーテールにした小柄な女の子。黒いシャツに赤いコートが目立つ。

 夏なのに暑くないのか? なんて疑問は野暮だろう。


「あの」

「はい、なんですか?」

「月見里さんですか?」

「そうですが……あなたは、姫嶋かえでさん?」

「え? そ、そうですけど」

「スレイプニルから話は聞いてます」

「え? ぷに助から?」

「ぷに助?」

「あっ、えーと……私が勝手に付けた愛称なんです」

「ぷに助……ですか」


 あれ? もしかして初めての不発か?


「スレイプニルのほうがいいですかね?」

「別に構わないと思いますよ、ぷに助でも。そのぷに助から栗色ロングヘアの子が会いに来るかも、と聞いていたので」


 ぷに助がアポ取りしてくれてたのか……最近あいつ有能じゃないか?


「そうだったんですね」

「ここではなんですから、カフェに行きましょうか。そちらのご友人も一緒に」

「カフェ?」


 *   *   *


 本部の上層階に『シンフォニー』という店があった。黒を基調としたシックで落ち着いた店内は大人のカフェといった印象だ。


「本部内にこんなカフェあったんですね……」

「アタシも初めて来たよ」

「ここは高位ハイランク魔法少女専用のカフェです」

「専用って……じゃあ私たち入ったらまずいんじゃ……?」

「大丈夫ですよ。高位ハイランク魔法少女と同伴でなら入れますから」 

「あら、千夜ちゃんじゃない。久しぶりね、その子たちは?」

「ユキさん、こんにちは。スレイプニルから紹介された後輩です」


 ユキと呼ばれた人はカウンター内でグラスを磨いている女性で、黒髪を後ろに束ねたシンプルなスタイルでタキシードを着ている。まるでバーテンダーのような格好だ。


「初めまして。私はこの店のマスターをやらせてもらってる長谷川幸愛ゆきえです」

「姫嶋かえでです、よろしくお願いします」

葉道はどう歩夢です。よろしく」

「二人ともよろしくね、千夜ちゃんはいつもの?」

「はい。二人は好きなものを頼んでください」 

「えーと……今ちょっとポイントが少なくて……」

「アタシが出すよ」

「いやそんな――」

「二人とも出す必要ないですよ」

「え?」

「ここは無料ですから」

「「……ええええええ!?」」

「福利厚生の一環ですよ。高位ハイランク魔法少女の特権といいますか、特典の一つです」


 ということは、高位ハイランク魔法少女になれれば家賃タダになる上に、このお洒落なカフェを使い放題? 魔法少女すげーっ!

 とりあえず窓際の席に座り、飲み物を注文する。


「アタシはコーラで」

「私は……えっ」


 なににしようかメニューを見てるとアルコール類があるのを見て思わず声に出てしまった。


「どうしたの? かえで」

「いや、お酒もあるんだ……と思って」

「ホントだ。でもほとんどの魔法少女って未成年だよね?」

高位ハイランクには大人も多いので。私はまだ未成年ですが」

高位ハイランク魔法少女になるにはそれだけ時間が掛かるってことなんですか?」

「そうですね……そもそも高位ハイランクの入口である50キロメートルエリア担当への昇格には2つの方法があります。一般的なのは10キロメートルエリア担当を2年以上経験、技能試験で2年以内に3回以上のA判定。この2つの条件を満たした上で昇格試験に合格。――なので最短でも4年は掛かりますね」

「うぇぇ……そんなやるんだ?」


 歩夢は明らかなアレルギー反応を見せる。まあそりゃそうだ、こんなにガチな昇格条件があるとは俺も予想してなかった。


「もう一つの方法って?」

「腕に自信のある実力者向けの特例昇格。いわゆるというもので、ランクAの上位種を3体、単独撃破で昇格です。こちらはシンプルで分かりやすいでしょう」

 

 確かにこの上なくシンプルで分かりやすい。だがアノバリウスと戦って身にみている。あのランクを単独撃破なんてまさにバケモノだ。

 歩夢がヒューザという魔物と戦った話もぷに助に聞いた。表情から察するに同じような思いだろう。


「月見里さんは、裏ワザルートなんですか?」


 ――ところが、歩夢は前を向いて瞳に光をともす。


「一応聞きますが、50キロメートルエリアのお話ですか?」

「そうです」

「でしたら、イエスです」

「いつ昇格したんですか?」

「13歳の頃です」

「えっ!? い、今おいくつなんですか?」

「今は15歳です」

「今の担当って、15でなったんですか!?」

「そうですよ」


 異次元すぎる回答に、歩夢も俺も開いた口が塞がらない。


「話の続きをする前に、そろそろ飲み物を決めませんか?」

「あっ、すみません! えーと、じゃあオススメのハーブティーで」


 飲み物を注文すると、月見里はジーッと俺の顔を見つめる。


「えと、……なにか?」

「姫嶋さんはまだ5キロメートルエリア担当ですか?」

「はい、そうですけど」

高位ハイランクになりたいんですか?」

「え?」

「そのために会いに来たのでは?」


 なんだか空気が変わった。ぷに助が俺のことをどこまで話したのかは分からないが、月見里は俺が高位ハイランクを目指していることを察したようだった。


「はい、なりたいです」


 福利厚生サービスを享受して、家賃をタダにするために!


「どちらで挑戦しますか?」

「かえでだったら裏ワザルート行けるんじゃない?」

「いやいや、私はまだそんな……」

「まぁ、どのみち10キロメートルエリア昇格をしておいて損はないので、まずは技能試験を目標にするといいでしょう。誰か師はいますか?」

「一応、逢沢優海さんに教わってます」

「ああー、優海さんですか。それなら安心ですね」

「やっぱり優海さんってすごいんですか」

「そうですね、少なくとも私は尊敬しています」


 魔法少女のトップ、異次元の早さで100キロメートルエリア担当になった子でも優海さんを尊敬しているのか。

 でも、ってことは、良く思わない人もいるのか?


「優海さんは、私の師匠でもありますから」


To be continued→

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る