第56話 プロジェクトの雲行き

 。残業が当たり前でデスマも定期的に訪れるブラック企業の日本代表のような会社なのに、。ここ何日かは残業がない日があるしデスマは歩夢の事件以降一度もない。


「いったいなにがあったんだ?」

「なにがですか?」


 デスクで呟いてると、横から新島が訊ねてくる。


「いや、最近残業とかないなって思って」

「あー、そういえばそうですね。いいことじゃないですか」

「それはそうなんだが……不気味でしょうがない」

「普通の業務体制が不気味というのは、それこそなんだか不気味ですね……」

「この会社はもともとこんなブラックじゃなかったらしいけどな」

「え? どういうことですか?」

「今の社長が二代目だっていうのは知ってる?」

「そうなんですか? 知らなかったです」

「初代の頃はまさにワンチームのような会社だったそうだ。昔先輩に聞いた話だけどな」

「じゃあ二代目――今の社長がこんな風にしてしまったんですか?」

「二代目、三代目が会社を潰すっていう好例になりつつあるよ。まあそんな大きい会社じゃないけどな」

「でも、お得意先もいますし業績自体は悪くないんじゃないですか?」

「どうだかな。そういやこの前の大型案件、なんだっけ……えーと……」

「有栖川HDホールディングスですよ先輩!」

「ああ、そうだった」

「ていうか私、そのことで先輩を呼びに来たんですよ」

「俺を?」

「はい。なんでもかなり難航してるらしくて、下手すると白紙になるかもって」

「……はぁ?」


 呼ばれた会議室に行くと、そこには実質ナンバー2の上木真人まさと、担当の塩谷しおやりょう、さらには課長の早山和郎かずおまでいた。

 どうやらこれは、かなり深刻だな……。


「お呼びでしょうか」

樋山ひやまくん、一つ訊きたいんだが……」


 と、口を開いたのは課長の早山だった。この人も昔はバリバリのSEシステムエンジニアだったと聞くが、課長の椅子に座った途端なにもしなくなった。代わりにキャパオーバーの仕事量を俺たちに押し付けるようになった。

 だが今回は有栖川という大口案件の成否が掛かっているだけに、大真面目な仕事モードの早山がそこにいた。


「今週の日曜日は空いてるかね?」

「……は?」

「聞こえなかったか? 日曜日の予定はあるのかないのか、それを訊いている」


 いや、意味は分かる。でも俺はプロジェクトの危機かも知れないと聞いてここに来たんだよな?


「空いてますが……」


 東山とのアイドルレッスンはまだ先のはずだ。少なくとも今週はフリーになる。


「では君に重大なミッションを与える」

「……なんでしょうか?」

「今週の日曜日、有栖川HDホールディングスの孫娘とデートしろ」

「はい。……え?」

「聞こえなかったか?」

「いえ、その……話が見えないんですが……」

「言っておくが、これは社長直々の命令でもある」

「で、ですからなぜ有栖川HDホールディングスの孫娘さんとデートということになるのかが分からないんですが……」

「それは私にも分からんよ。なんせ向こうが指名してきたんだ。会って話がしたいと。契約についてはそれから改めて考えたいともな」

「えぇ……」

「とにかく、今週の日曜日は絶対に空けておけ。身だしなみも完璧にしておけ。それと相手のデータはあとでメールしておく。今回のプロジェクトの成否はお前に掛かっているんだ、頼んだぞ」

「は……い……」


 混乱状態のまま会議室を後にして開発室に戻ると、自分の席にドカッと座る。

 デート? 俺が? 有栖川HDホールディングスの孫娘と? なんで……?

 頭の中が疑問符で埋め尽くされそうになった時、新島が心配そうに声を掛けてきた。


「大丈夫ですか先輩? なにか言われました?」

「……実はな」


 社長直々だという命令を受けたことを伝えると、さすがに新島も言葉を失った。


「どうすりゃいいっていうんだよ、孫娘って15歳くらいだろ? なに話せばいいんだ……ていうかなんで俺指名なんだ?」


 ……いや、15歳くらいの女の子とはここ最近よく接してはいるか。でもそれは姫嶋かえでとしてであって、樋山楓人あきとというおっさんじゃない。


「そうですよね……なんで先輩なんでしょう?」

「うーん、有栖川HDホールディングスとは全く縁がないしな。そもそもなんでこんな小さな会社に依頼したのかが不思議でしょうがない」

「でも指名されたってことは、先輩のこと知ってるんですよね? なにか心当たりないんですか?」

「あるわけないだろう。しかも依頼者や担当ならまだしも孫娘って、彼女すらいない俺にどうしろっていうんだ……」

「……先輩、彼女いないんだ」

「え? なにか言った?」

「いえ、なにも! ……彼女なんていなくても、先輩は先輩のままで大丈夫ですよ」

「そういうもんかなぁ」


 とりあえず終わったらゆかりに相談してみるか。世代が近い知り合いがいるっていうのは心強いな。


「とにかくデートしてみるよ。エスコートできる自信はないけどな」

「……」

「新島? どうした?」

「あ、いえ、なんでもないです。じゃあ私、仕事戻りますね」

「ああ、色々ありがとな」

「いえ! それじゃ」


 小走りに自分のデスクに戻る新島の後ろ姿を見ていたら、ノイズが走ったように見えた。


「……っ」


*   *   *


 今日もまた、残業なしでほぼ定時に上がれた。急激な業務体制の刷新が図られてるのか? それならそれで社内通達があるはずだが……。

 とりあえずビールとつまみを買ってアパートに帰ると、魔法の杖で紫に通信する。


「……もしもし、今大丈夫?」

〈こんばんは。大丈夫ですよ〉

「今は一人?」

〈はい。……秘密のお話ですか?〉

「まあ、そんなところ」

〈……かえでさんは、男の子なんですよね?〉

「うーん、まあ男だよ」

〈でも声はかえでさんなんですね?〉

「あー、これはぷに助がやってくれたんだよ。変身しなくても声だけ姫嶋かえでになるんだ」

〈面白いですね。それで、ご用件はなんでしょう?〉

「それなんだけど……」


 今日会社で受けた社長命令についてを簡単に説明すると、紫は「なるほど」と一言呟く。


「ところで、音が反響してるけどホールかなんか?」

〈いえ、お風呂に入ってるので〉

「ああ、そうか。……えええええええ!?」

〈どうしました?〉

「いやいやいや、さすがにまずいだろ年頃の女の子がお風呂でおっさんと通話は!?」

〈私は別に構いませんよ、ビデオ通話じゃありませんし〉

「それはそう……なんだけどさ……」

〈ふふ、かえでさんて案外シャイな人なんですね〉

「いや、そういうことなのか……?」


 なんだか頭が混乱してきた。実際に会ったことある可愛い女の子がお風呂に入ってると聞けば、否が応でも想像してしまう……。


〈それに、そちらの声はちゃんとかえでさんのままなので、お友だちとして通じますから平気ですよ〉

「それはまあ、そうなんだけど……」

〈それよりも、かえでさんのお仕事の対策を考えましょう〉

「とはいっても、どうすればいいのか俺には皆目見当がつかないよ」

〈一つだけ、簡単で有効な一手があります〉

「なに?」

〈私がそのデートに一緒に付いて行くんです〉


To be continued→

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