第57話 クイックドロウ

 ――魔法M少女G協会A東京本部。

 魔法の杖を持って都内某所のスクランブル交差点に進入すると異世界が構築される。

 ファンタジー作品にありそうな緑豊かな大地。そこにそびえる尖塔のある超高層タワービル。その正面左手には例の訓練棟がある。


「何度来ても壮観というか、まるでアニメやゲームの世界だな」


 今回本部へわざわざ来たのは他でもない、ゆかりとの打ち合わせだ。

 なんとなく紫の家に行くのは気が引けるし、かといって私のアパートなんかは論外だ。となるとお互いにとって都合良い場所は本部しかない。


「まさか紫があんな大胆不敵だったとはな……」


*   *   *


「俺と一緒に行く……?」

〈はい。私のことは妹にでもしてください〉

「妹は無理あるだろ……。ていうか、どういうことだ?」

〈かえでさんは、その孫娘さんと上手く話せる自信がないんですよね?〉

「あ、ああ……」

〈でしたら、私がお相手との仲を取り持ちます〉

「それは、ありがたいけど……そこまでしてもらっていいのか?」

〈任せてください。それに、もしお相手が魔法少女だった場合の対応も、私がいたほうがいいでしょう〉

「まさか!?」

〈かえでさんもご存知でしょうけど、日本には魔法少女が1000人います。そのうちの一人がお相手の孫娘という可能性は考慮しておくべきです〉

「ちょっと待ってくれ」


 そうか、考えてみれば当然の可能性だ。

 慌ててスマホで課長から送られていた孫娘の情報を見る。


 有栖川彩希 16歳

 誕生日 6月16日

 身長 148センチ


「これだけかよ!」


 あまりに簡素な内容に思わずツッコミを入れてしまった。


〈どうしました?〉

「ああー、いや。あまりに情報少なすぎて驚いただけだよ。……年齢は16歳か。といっても契約済の場合もあるから、確かに魔法少女の可能性を考えたほうがいいな」

〈では、詳しくはまた打ち合わせしましょう〉

「じゃあ、また魔法M少女G協会A東京本部で」


*   *   *


「……さん」

「――!?」


 急に目の前に紫の顔がドアップで現れてビックリする。


「ななななな、っ!?」

「大丈夫ですか? 声を掛けても反応が無かったもので」

「ああ、すまない。ちょっと考え事してた」

よかったんですか?」

「ああ、うん。ここだと落ち着いて話せるからね」


 小堂藍音が姫嶋かえで専用に設計してくれた訓練部屋。ここなら誰かに聞かれることも邪魔されることもなく、なにかあればメイプルがいるという安心感もある。


「そうですか。……不思議な部屋ですねここ」

「そう?」

「訓練部屋なのに、とても洗練された空間で、とても心地良く落ち着けます」

「ここは技術班の藍音が私のために設計してくれたんだよ」

「かえでさんのために?」

「うん。なんか私のこと気に入ってくれたらしくて、ご厚意でね」

「そうなんですか。……せっかくですし、ちょっとだけ見せてもらえませんか?」

「えーと?」

「かえでさんの魔法、まだ見たことないので」

「ああー、分かった。軽くでいいかな?」

「ええ、構いません」

「じゃあ……。シミュレート・モード『スヴェル』」


 空間が変形してあっという間に射撃場に早変わりする。ホログラムの的に向かうと、ふとメイプルとのやり取りを思い出した。

 そういえば魔力のみちって、まだ手をつけてなかったな。

 目を閉じて意識集中コンセントレーションに入ると、なんとなくそれっぽいものがあることは理解できる。恐らくこれが路なんだろう。

 確かに整理されてない路だが、もし通る道を意識的に選択できるのなら、いくらか短縮できるんじゃないだろうか?


「やってみるか」


 そんな思いつきで撃った魔法ピュアラファイは瞬く閃光のようにホログラムの的を突き抜けた。


「……できた?」


 驚くほどあっさりとした感覚。やってみて初めて自覚したのは、今まで強引に魔力を押し流していたんだということ。

 流すべき路に適切な魔力を通せばこんなにも自然に撃てるのかと、感動すら覚える。


「クイックドロウ――!」

「え?」

「かえでさんが今見せてくださった技術です。知らないで使ったんですか?」

「ああ、まあ……。私の魔力の路はまだ整理されてないから、だから1秒切れないのかもって話は聞いてたんだけど、整理してる暇がなくて……。とりあえず路の確認だけはしようと思って意識集中コンセントレーションで感じ取ったら行けそうなルートを見つけてさ、そこに魔力を流したらどうなるんだろう? って思いつきでやってみただけなんだ」

「……すごいですよ。それは」

「そうなの?」

「クイックドロウは、まず前提として路の整理から始めるんです。しかしあくまで整理であって、。短縮するには自分なりの最速ルートを構築するしかないんです。でもかえでさんは、それを整理しないままの状態でやってのけた。いかにすごいことか、分かりますか?」

「そんなことを……私が?」


 解説されて、クイックドロウのすごさを実感した。そしてすぐに浮かんだのは優海さんの「かえでちゃんはセンスある」という言葉。


「そういう……ことだったのか?」


 ここまで見越しての発言だったとしたら、優海さんはいったいんだ?


「やはり、かえでさんは魔法少女として貴重な戦力ですね」

「ありがとう」

「ですが、さすがに今の状態はいただけません。こういった場では問題ありませんが、実戦では悠長にルートを模索するわけには行きませんので、路の整理だけはしっかりやっておいてください」

「え? でも今のルートを覚えておけばいいんじゃないのか?」

「残念ながら、そう単純なことではないんです。使う魔法と魔力量によってその都度つど、最適なルートというのは変わっていきます。今の魔法ピュアラファイがAルートだとして、より大きな魔力で撃つためには大きなルートを別に作る必要があるんです」

「兼用じゃダメなのか?」

「それはそれで構いませんが、魔力効率が悪くなりますし

、クイックドロウとしては三流になってしまいます」

「ああ……そうか、少ない魔力量でいいのに大きなルートを使うと無駄が大きいのか」

「ですので、魔法と魔力量に適したルートをちゃんと整理することが重要になるんです」

「なるほどな、すごく勉強になったよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 紫のおかげでみちの整理がいかに重要か理解できた。これはなかなかに奥が深いな。


「3回の整理でどこまで効率化できるのか、慎重にやってかないと」

「3回?」

「うん、何回も整理すると路がダメになっちゃうから、なるべく3回以内で決めたほうがいいって聞いたから」

「それでしたら、技術班に頼めばシミュレーターが使えますよ」

「え?」

「自分の路をデータ化、視覚化して試行錯誤できるんです」

「そんなことできるの!?」

「それと、アイテムで路を直すこともできますし、リネさんに修復してもらえばより綺麗に直してもらえますよ」


 なんだその至れり尽くせりは……。

 とにかく、そこまで慎重になる必要はないってことだな。メイプルが知ってそうなもんなのに、藍音がデータ入れ忘れたのか?


「じゃあ今度技術班に行ってみるよ、ありがとう」

「どういたしまして。では、そろそろ打ち合わせしましょうか」


To be continued→

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