第51話 チケットのお礼

「ほれ」

「なんですか、これ?」


 僅かな時間だったが優海さんから色々教わって久々に充実した休暇を過ごした俺は、会社に行くと例のブツを後輩の佐々木に送信した。


「これって?」

「例のプラチナチケット引き換え用のアクティベーションコード」

「……え!?」

「たまたま知り合いが行けなくなったらしくてな。まだチケット引き換えしてないからって譲り受けた」


 一度アクティベートすると譲渡不可になってしまうため、あえてコードのまま渡すことにした。


「せ、せせ先輩、せん、先輩……こここ、ここ、これ、いいんスか!?」


 不運にも取り逃がしてしまったプラチナチケットの引換券を見て、佐々木のテンションは一気にマックスまで上がり興奮しすぎて上手く喋れないでいた。


「もちろん」

「マジっすかあああああああ!?」


 まるで激闘に勝利して雄叫びを上げるスポーツ選手のように仰け反って叫ぶ。


「本当にいいんスかこれ! これ、本当にこれ貰っちゃっても!?」

「ああ。まだ有給取り下げてないだろ?」

「はい!」

「じゃあ、楽しんでこいよ」


 カッコよく肩をポンを叩いて開発室じごくへと向か――おうとして佐々木に呼び止められた。


「あれ? でも先輩、これ2枚ありますよ!?」

「ああ、ペアで行く予定だったらしいからな」

「じゃあ、先輩も行きましょうよ!」

「え? いやいや俺は……」

「先輩にHuGFの良さを教えますよ!」

「いや、だから俺は――」

「もちろん交通費も現地費用も全部自分持ちです! プラチナチケットのお礼も兼ねて!」

「あ、ああ。じゃあ、楽しみにしておくよ……」

「はい! 楽しみにしててください! チケットあざぁーーーっす!!」


 参ったなぁ……。熱意に負けて行くような返事してしまったが、当日は一日署長ならぬ一日アイドルをやらなければならないし、魔法少女としての仕事があるかも知れないのに……。


「そうだ、そういや俺も有給申請しないと」


 どのみち有給は取る必要がある。一応書類はあるが、問題は申請が通るかどうかだ。最初は年に何回か申請したものだが、まず通らないのでそのうち諦めた。

 書類を書いて課長の早山和郎はやまかずおに提出する。オールバックの強面だからかインテリアヤ◯ザと噂されることもある。


「早山課長、有給を申請したいのですが」

「む? 有給だと?」

「はい。来月に」

「……何日分だ?」

「あ、一日だけです」

「……ふむ。いいだろう、許可する」

「えっ! あ、ありがとうございます!」


 ま、まさかこんなにあっさりと申請が通るとは……。どういう風の吹き回しだ?


「まあ、なにはともあれ有給ゲットだ。あとはぷに助に相談しないとな」

「せーんぱい! おはようございます!」


 席に座ると、ご機嫌な様子の新島がやってきた。


「おはよう新島。やけにご機嫌だな、なにか良いことあったか?」

「えへへ〜、実は新作の限定コスメが買えたんですよー!」

「へー、良かったじゃないか」

「はい!」


 新島弥生やよい。同じ職場の後輩で、服やコスメといった物が大好きな誰がどう見ても普通のSEシステムエンジニアだ。

 だが、新島は魔法少女の器がヒビ割れて魔力が漏れ出し、魂が汚染されてる可能性が高い。そう遠くない未来に新島は魔物化する。そのため人間として残された時間は少ない。その残酷な事実を知ってるのは職場ここでは俺だけだ。


「新島」

「はい、なんですか?」

「……今日も仕事、頑張ろうな」

「はい!」


*   *   *


「ふぅー」


 そろそろ昼か。今のところは軽めの案件2件だけだし、余裕あるな。


「こんなに気楽なのは何年ぶりだろうなぁ」

「先輩! 昼飯行きませんか!?」

「おー佐々木か。元気だなぁ」

「先輩のおかげっス!」

「じゃあ、いつもの店行くか」

「はい!」


 席を立つと、「先輩!」と新島がやって来る。


「お昼ですか?」

「そうだよ」

「あの、私も行ってもいい……ですか?」

「ああ、もちろん」

「新島は自腹な」

「分かってるわよ!」


 佐々木と新島は同期なんだが、なぜだか犬猿の仲でとにかく相性が悪い。


「まあまあ、時間も無いし行こうか」


 俺たちの行きつけである庵安亭あんあんてい。名前は高級料亭のようだが、安くて美味しい庶民の味方だ。

 入ると、ちょうどテーブル席が空いていたので佐々木と新島が対面になるようにして俺は一人座る。本当ならビールを頼みたいところだが、大人しくお冷で我慢しよう。


「ん?」


 スボンの左ポケットがブルブルと振動する。魔法の杖がなにか感知したらしい。


「ちょっとトイレ行ってくる。天そば頼んでおいてくれ」

「分かりました!」


 トイレに入って魔法の杖を見ると、メイプルからの通信だった。


「どうした?」

『お昼時に申し訳ありません。少々気になることがありまして』

「気になるって?」

『ローレスらしき反応が近くにありましたので』

「ローレス?」

『魔物化した人間のことです』

「……ああ、新島か」

『新島?』

「私の……知り合いだよ」

『気づいていたんですか?』

「話せば長くなるし、私のことについても話さないとだから、また夜にでも詳しく話すよ」

『分かりました』

「と、そうだ。ついでにぷに助を呼んでおいてくれ」

『ぷに助とは?』

「スレイプニルのことだよ。私が命名した」

『なぜ、別名を作ったのですか?』

「うーん、なんかあいつスレイプニルって感じじゃないしな、ぬいぐるみみたいだし。それに呼びやすい」

『はぁ……そういうものでしょうか。では私もぷに助と?』

「いや、メイプルはスレイプニルのままでいいよ」

『分かりました』

「じゃあ戻るわ」


 トイレから戻ると、すでに天そばがテーブルに置かれていた。


「お待たせ、先に食べててよかったのに」

「大丈夫です! 今来たところですから」

「そっか、じゃあいただきますか」

「そういえば先輩、歩夢ちゃんはもう来ないんですかね?」

「あー、あの子か」

「ん? 誰ですか歩夢ちゃんて?」

「つい先日デスマあったのは知ってるだろ?」

「はい。なんでも上木の野郎が無茶振りしやがったとか」

「佐々木、ここは俺たちの他にも社の連中が利用する。言葉には気をつけたほうがいい」

「……っス」

「ばーか」

「なにぃっ!?」

「佐々木」

「はい……すんません」

「で、そのデスマ真っ最中に友だちを探して来たんだそうだ」

「友だちって、いくつなんですかその子?」

「確か……中学生くらいだったよな? 新島」

「はい。とても可愛い女の子でした。ゲームが好きでアストラタに見学行こうって誘ったらすっごく嬉しそうで、でもなんか急用ができたみたいで帰っちゃったんですよね」

「その子の友だちって、本当に会社うちにいたんですか?」

「そのアストラタでデバッガーとしてバイトしてるらしい」


 ――と、いう設定である。

 あのあと一応、念の為に新島の同期に話してバイトの子がいるという口裏合わせを頼んでおいた。じゃないとまた歩夢に疑われるからな。


「アストラタのデバッガーっスか!? めちゃ有能じゃないっスか!」

「まあな」

「まあなって、先輩その子知ってるんですか?」

「え? ああいや、アストラタにいるんだから、それぐらいすごい子だろうってことだよ」

「あー、ですよねー」


 あっぶな。思わず「まあな」なんて言ってしまった。姫嶋かえでは俺自身でもあるから、混同しやすくて厄介だな。

 ちなみに「まあな」は冗談的な言い回しであって、俺自身は自分のことを有能だとは思ってない。職場の連中よりは仕事できると思ってるし思いたいが……。


「今度こそ、来てくれたらアストラタの見学連れてってあげたいなぁ」

「バイトの子が来たら伝えてもらえばいいじゃないか。同期に言伝頼んでさ」

「あー! いいですね、さすが先輩!」

「――さて、そろそろ戻るか」

「あ、自分払いますんで!」

「本当にいいのか?」

「任せてください!」

「じゃあ、先に外出てるから。行こうか新島」

「はい!」

「え? ちょおい新島は自腹だろ!?」

「佐々木、女性にだけ支払わせるなんて名がすたるぞ?」

「だってチケットのお礼として先輩誘ったんですよ? 新島だって自腹を――」

「なら、チケットの話は無しだな」

「うっ! ……分かりましたよ」


 渋々と財布を出す佐々木を見届けてから店を出ると、新島が「すみません」と頭を下げる。


「佐々木って、入社当時からなにかと私のことライバル視してて……」

「まあ、無理に仲良くしろとは言わないけど、お互い切磋琢磨できればいいな」

「……はい」

「お待たせしました!」

「ごちそうさん。じゃあ戻るとするか」


 社に戻ろうとして、メイプルから通信が入る。


『スレイプニルと連絡が取れました。今夜マスターの部屋に待機しているそうです』

「そうか、分かった。ありがとう」

「ん? なんですか先輩?」

「いや、なんでもないよ。――今日も暑いな」


 戻る途中、新島の後ろ姿にノイズが走ったように見えたのは、きっと陽炎のせいだろう……。


To be continued→

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