第50話 魔力制御

「はぁー、疲れた……」


 かえで専用の訓練室に戻ると、仰向けに倒れる。


『おかえりなさい、マスター。だいぶお疲れのようですね?』

「ああ、うん。ちょっとね」

『なにかお力になれることがありましたら、お気軽にご相談ください。秘密は厳守しますので』

「ありがとう。――ところでメイプル、その話し方どうにかならない?」

『お気に召しませんか?』

「ていうか、かたっ苦しい」

『では、砕けた表現に致しましょうか?』

「うん。せめて丁寧なくらいで」

『分かりました。また違和感あれば教えてください』

「はいよー」

『ところで、先ほどマスターの身体をスキャンしたさいに興味深いものを見つけたのですが』

「私の身体に? 入れ墨タトゥーか金属ボルトでも入ってた?」

『いえ、器に妙なものが』

「……器に?」

『はい。魔法文字だと思われますが、とても不明瞭でデータ化はできませんでした』

「魔法文字ってことは、術式ってやつか?」

『術式と呼べるようなものでもありませんね。所々かすれて読めなくなってしまった文書のようなものです』

「分かりやすくて助かるよ。読み取れる範囲でなにか分かる言葉はない?」

『いえ、残念ながら。一応分析を進めてみますか?』

「そうだね、お願いするよ」

『それともう一つ』

「なに?」

『マスターの言葉遣いが一定でないのは、なにか理由や意図があるのでしょうか?』

「あ、しまったな……。いつから気づいた?」

『魔法文字のあたりです』

「ああ……それについては、また然るべきタイミングで教えるよ」

『乙女の秘密というわけですね、分かりました』

「どこでそんな言葉を……」


 それにしても困った。アイドルについてはぷに助と相談するべきなんだが、さっき呼び出したばかりでまたコールするのは流石にはばかられる。

 確かライブコンサートは来月だか再来月だか、まだ先のはずだ。明日の夜にでも相談するか。


「さて、もう少しだけ練習するか! いいかな? メイプル」

『もちろん、お付き合いしますよ。シミュレート・モード『スヴェル』を開始します』


*   *   *


 ――夕方。

 夏の太陽が一日の業務を終えて定時退社していく。といっても彼方の向こうでは朝日として輝くわけだから、そう考えると太陽もまたブラック企業戦士なのかも知れない。


「ただいま……。さすがに半日も練習するとグロッキーだな……」


 なんとか今日中に1秒の壁を越えたかったが、疲れたし日も暮れたのでテキトーな魔物を浄化して元のおっさんに戻り、アパート帰って狭いリビングで横になった。

 どうやっても1秒の壁を越えられない。優海さんからはセンスがあると言われたけど、どうやらセンスは無かったようだ。


「そういや、メイプルってこの状態でも通信できるのか?」


 ポケットから小さくした魔法の杖を取り出して「ハロー、メイプル」と呼びかけてみる。


『お呼びですか? マスター』

「おお! 通信できた!」

『魔法の杖を使った魔法通信であれば、日本中どこからでも通信可能ですよ。私はいつでも待機状態ですので24時間対応できます』

「便利すぎるだろ。365日24時間呼び出せるコンシェルジュかよ」

『さしづめ姫嶋かえで専属バトラーといったところでしょうか』

「底辺から一気に上流階級に成り上がった気分だな」

『ところで、用件のほうは?』

「ああー、特には……いや、そういえばメイプルはお――私のサポートしてくれるんだったよね?」

『はい』

「じゃあ、一つ相談なんだけど、意識集中コンセントレーションの短縮が1秒切れないのはどうしてだと思う?」

『そうですね……やはりまだ魔力制御コントロールに不慣れなのだと思います』

「魔力を器から上手くみ出せないってことか?」

『いえ、マスターの汲み取るイメージは素晴らしいと思います。そうではなく、魔力のみちに原因があるのではないかと』

「路に? どういうこと?」

『魔力制御というのは器の水だけではありません。路の使い方から魔法のコントロール、術式に至るまで魔法少女の基礎となる技術。それが魔力制御コントロールです』

「え、なにそれめっちゃ重要じゃん」

『逢沢さんは今回、魔法少女の基礎の一つである器の認識と応用技術である意識集中コンセントレーションの短縮をマスターに教授しましたが、時間の関係で魔力制御の詳しい説明は省いたようです』


 そういえば用事があるとか言ってたな。

 本音を言えばもっと教わりたかったし、なんならそのあと、でいいからデートしたかったなぁ。


「路の使い方ってどういうこと?」

『今マスターの中にある路は整理されてないので、非常に効率が悪い状態なんです。同じ目的地へ向かうとして、電車の乗り換えが下手で余計な時間をかけてしまうようなものです』

「言い得て妙だな……。つまり、水汲みは上手くできてるのに、運ぶのが下手くそで時間かかってるってことか?」

『そういうことですね。しかしこれは見方を変えるとすごいことでもあります』

「どういうことだ?」

アベレージ1秒19を出せるということは、最適化すれば4になれる可能性が高いということです』

「最速の魔法少女……」


 そうか。確かに言われてみればそうだ。

 コンマ4秒を越えるということは、いわゆる詠唱破棄のような戦い方ができるということか。


「でも、コンマ4秒より早くなっても大差なくないか?」

『そんなことはありません。そもそもコンマ4秒を出せる魔法少女はごく一部ですし、その日の体調や戦闘中のメンタルに大きく影響されるので実戦ではコンマ6秒から8秒ほどで戦うことになります。なので4ということは、生存確率が大きく上がることになります』

「……なるほど、確かにそれは大きい。私はどこまで短縮できるのかな?」

『そこまでは私にも分かりませんが、まずは魔力の路を最適化してみましょう。技術班に調整してもらうこともできますが、どうしますか?』

「うーん、とりあえず自分でやってみるよ。他人にやってもらうより自分でやったほうが馴染むだろうし」

『分かりました。ですが一つだけ注意事項があります』

「なに?」

『魔力の路は最適化を何度も繰り返すと摩耗してしまい、最悪魔法を使えなくなってしまいます』

「最大何回なら大丈夫なの?」

『人にもよりますが、5回が限界だと思われるので、念の為に3回以内でお願いします』

「分かった、やってみるよ。ありがとうメイプル。おやすみ」

『おやすみなさい。またなにかありましたら、いつでも』


 通信が切れたのを確認して力を抜く。


「はぁぁー……、早いとこ俺の正体についても教えないとな。おっさんの状態で女の子として振る舞うのはキツイ……」


 しかし訊いてみて良かった。これで当面の目標は決まったな。あとはアイドル問題をなんとかしないと――


「ん? 早速東山からLINEが……。っ!?」


 そこには、今週末に早速メンバーに紹介したいから都内にあるスーパーアリーナへ来てくれという内容が書かれていた。


To be continued→

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