第39話 計画の裏側 前編

 ――一昨日の夜。


 結局残業になったものの、なんとか納期に間に合うよう調整できたので一旦アパートに帰ることにした。


「ただいま」


 誰も返事をする人がいない空間に向かって独り言のように――


「遅かったな」


 誰もいないはずの六畳一間には、さも当然のように白いぬいぐるみが鎮座していた。


「なっ!?」


 しかもその奥には大柄で左肩から左頬にかけて入れ墨のあるいかつい男と、隣に女子高生くらいの茶髪の女の子が座っていた。


「なにしてんだよ!?」

「お前を待ってたんだろうが」

「いやいや、勝手に入ってるなよ! ビビるわ!」

「まったく小心者め」

「覚えてろよてめぇ……それより、その人たちは誰だ?」


 見たことない大柄の男に視線をやって、若干警戒しながらたずねる。


「こやつがお前の救世主となるのだ」

「救世主?」


 どう見てもそんな人には見えないが、いったいどんな特技を持ってるんだ? それとも隣にいる茶髪の女の子か?


「一応くが、男の方だよな?」

「そうだ。こいつは人形師のマキハラだ」

「人形師? マキハラって……日本人?」

「まあな、訳あって天界の技術開発室に協力してもらっている」

「協力ねぇ……」


 マキハラは小声で呟くと、何かを言いたげにため息をつく。

 もしかして、弱みを握られていたりするのだろうか?


「で、その人形師……? が何をするんだ?」

「決まってるだろ、お前の人形を作るんだよ」


 マキハラはギロリと俺をにらむ。怖ぇよ。


「俺の……人形?」

「つまりだな、あの御方がお前と姫嶋かえでが同一人物ではないかと疑っているわけだろう?」

「あ、ああ」

「ならば、お前と姫嶋かえでが同時に存在すればその疑いは晴れるというわけだ」

「あー、なるほど」


 理屈は分かった。もう一人の俺を人形で再現してダミーにしようというわけか。


「でも、そんなのすぐバレるんじゃないか?」

「ハハハハハ! お前、面白いこと言うじゃねえか。おい、ヒナ!」

「はい」


 ヒナと呼ばれた、男の隣に座っていた女の子が立ち上がり、俺の真横に座った。


「えーと……」


 イマイチ状況が掴めないが……真横で見るとまた違った可愛さがある。なんだか良い匂いがするし、いけない事をしている気分になる。


「おい、もっとくっつけ」

「はい」

「えっ!?」


 もはや恋人の距離感まで近づかれて、皆に聞こえるんじゃないかってくらい心臓が痛いほどバクバクしている。

 唇柔らかそうだなぁとか、抱きしめたら昇天しそうだなぁとか、妄想がヒートアップして止まらなくなる。


「もうそのへんにしておけ。こいつには刺激が強すぎる」


 ぷに助がそう言うと、男が「戻れ」と命令し、ヒナは男の隣へと戻って行った。

 助かったような残念なような、なんとも複雑だ。


「で、その子がどうしたっていうんだ?」

「お前、まだ気づかないのか?」

「え?」

「ヒナは、俺が作った人形だよ」

「……え?」


 ――なんだって? 今なんて? ヒナが人形?


「マジで?」

「まあ、こいつの場合は特に完成度が高いからな。俺の最高傑作と言っても過言じゃない。だが素人目で見りゃあ、他の作品も見破れやしないだろうよ」

「すげぇ……」

「私が救世主だと言った意味が分かったか?」

「あ、ああ……。でも、だったらいっそのこと魔法少女をその人形にやってもらえば全部解決するんじゃないか?」

「それは無理だ」

「なんで?」

「魔法少女は、魔法の杖と魂との魔法契約によってのみ成立する。魂の無い人形は魔法少女には成り得ないんだよ。このぬいぐるみに聞いたことあるだろ」

「ぬっ!?」


 ぷに助は「ぬいぐるみ」という単語に敏感に反応する。

 人形が魔法少女をやってくれるなら、この二足のわらじ生活から解放されると思ったが、そうは問屋がおろさないか。


「ほらさっさと済ますぞ、立て」

「え?」

「立てと言ってる」

「はぁ」


 俺が立ち上がると、マキハラはいつの間にかどこからか出した錫杖しゃくじょうのような輪っかが付いた杖を俺に向ける。


「早く姫嶋かえでになれ」

「え?」

「早くしろってんだよ!」

「あーいや、すまん。こいつは今魔法の杖を失っておるのだ」

「……てめぇ、それじゃ仕事にならねぇじゃねぇかおい」

「まあまあ、そう慌てるな。私の権限で魔法少女に変身させてやる」

「なっ! ぷに助お前そんなことできるのか!?」

「スレイプニルだ。この場合は仕方なかろう。ちょっと待ってろ」


 どこかからか取り出したスマホのような端末をいじると、「いくぞ」と声を掛けられる。


「お、おお」


 すると変身する時のように部屋が光で満ちて、気づくといつものロリータ・ファッションになっていた。


「おお! 本当にちゃんと変身できた!」

「ふん、恐れ入ったか」

「さて、じゃあ俺の仕事だな。――いいか、動くなよ?」

「は、はい」


 妙な威圧感というか、逆らえない空気感に緊張してしまう。

 杖の輪っかが分離して杖から離れると、大きく広がり俺の頭からスーッと足まで下りる。もう一つの輪っかが頭に移動すると、足元にある輪っかが横に回転しながら少しずつ上に上がってくる。


「あのー、これは……?」

「いいから動くな、喋るな。じっとしてろ」

「……」


 訳が分からないまま直立不動で10分ほど耐えていたら、ようやく輪っかが頭まで来て「もういいぞ」とマキハラが終了を告げてくれた。


「ふぅー」

「次、元に戻れ」

「へ?」

「二度言わすな、さっさと男に戻れ」

「そう言われても、魔物討伐してないし魔法の杖ないし……」

「あ? ……おいぬいぐるみ、さっさと仕事しろ」

「なぬ? 今やるのか!?」

「どうせならついでにやったほうが楽だろう。……なんだ、なにか都合でも悪いのか?」

「えーと、魔法少女モードを解除するのはけっこう手間なんです。魔物を倒せれば早いんですけど、魔法の杖がないと……また始末書か? ぷに助」

「うるさい! また部下に書かせればいい。それとスレイプニルだ!」

「お前、そのうちうったえられるぞ……」

「……」


 呆れてるのか、マキハラはなにも言わなかった。

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