第38話 私の本当の姿

 H公園の中央には噴水がある。夜になるとライトアップされ幻想的な演出で雰囲気を盛り上げる、まさにデートスポットだ。

 その噴水から少し離れた場所で、かえでと向き合う。


「お待たせ」


 かえでは覚悟を決めた顔をしていた。正体がバレた諦めなのか、それとも……。


「……最後に一応、もう一度だけ言っとく。今ならまだアタシは許すよ、かえで」

「歩夢が私のことを思ってくれてるのはすごく嬉しいよ。だから、私の本当の姿を見て」


 魔法の杖を構える。

 目を閉じて深呼吸を一つ、魔法の杖のボタンをカチッと押し込む。光に包まれて魔法少女モードが解除された。


「なっ……!?」


 確かに目の前で魔法少女モードを解除した。しっかりとこの目で見た。でも、目の前にいるのは……。


「本当に――かえで?」

「うん、そうだよ」


 そこには、私服のかえでがいた。中年サラリーマンの姿なんて欠片もない。

 どういうこと? ――まさか、偽装魔法ディスガイズ!?

 ……いや、違う。どれだけ意識集中コンセントレーションしてもその気配はない。じゃあいったいどうして……。


「触ってもいい?」

「うん、いいよ」


 近づいて、肩や腕などを恐る恐る触る。でもどれだけ見て触っても本物の女の子にしか思えない。


「ごめん、他も触っていい?」

「うん」


 念の為、確かめるために胸も触る。……本物だ。しかも、アタシより大きい……。

 って、ショックを受けてる場合じゃない。――でも、だったらどうして魔法の杖をあの男が持っていたんだ? たまたま類似品のおもちゃがあった? それとも新島さんの見間違い……?


「もう、いいのかな?」

「え?」


 考え込んでしまっていたみたいで、かえでの声でハッとなる。


「うん……正直、分からなくなった」

「信じて……もらえない?」

「ああいや! そうじゃないよ。こんな至近距離でこれだけ確かめたんだ。かえでが正真正銘の女の子だっていうのはもう疑わないよ。ごめん! アタシを殴ってくれ!」

「えっ!? いやいや、そんなことしないよ!」

「いや! アタシの気が済まないんだ! 思いっきりやって!」

「えぇ……。じゃあ、いくよ?」


 パンッ! と気持ちいい快音が夜の公園に響いた。もし誰かに見られていたら別れ話に見えてるに違いない。


「これでいい?」

「〜っ効くなぁ、ありがとう」

「歩夢の誤解が解けたようで良かったよ。――っていつの間にかタメ口になってた! ごめんなさい!」

「あはは! いいよタメ口で。どうせそんな歳離れてないんだし」

「じゃあ……歩夢はいくつなの?」

「15だよ。中3」

「一個上なんだ、私は14で中2」

「ほらね。それにもう友だちなんだし」


 実は、友だちと言うのにはものすごい勇気がった。自分だけが友だちだと思ってたら恥ずかしい。でも、かえでにそれ以上の嫌な思いをさせたんだから、アタシも踏み出さないと。


「うん!」


 このたった一つの返事が、今はなによりも嬉しい。


「かえでは学校どこなの?」

「えーとね、三ツ矢女学院中学校」

「三ツ矢って、あの超お嬢様学校の!?」

「う、うん……まあ」


 財閥・大企業、芸能、官僚とかの令嬢御用達ごようたしで有名な偏差値77以上のまさにお嬢様学校。アタシなんかじゃ一生縁のないとこだわ……。

 どうりで頭良いわけだ。そう言われて見ると、お嬢様オーラが見えるような……。


「すっっっごいお嬢様じゃん。アタシなんかと付き合ってて大丈夫? あ、友だちでってことね」

「全然大丈夫だよ、そんなの気にしないで」

「そっか、なら良かった。今回は本当にごめん」

「もう気にしなくていいって」

「かえで優しいなぁ。そうだ、連絡先交換しようよ」

「LINEでいいよね?」

「おっけー」

「……よし、じゃあアタシはちょっと本部に用事あるから先に行くね。またね!」

「うん、またね!」


 1%もないくらいの可能性だったけど、かえでが本物の女子で本当に良かった。

 空に上ってからチラッと振り返ると、かえでが手を振ってくれてるのが見えてアタシも手を振る。


「これで心置きなく仕事ができる!」


 気分軽く、一気に魔法M少女G協会A東京本部へと飛ぶ。


*   *   *


 歩夢の姿が完全に消えてから通信が入る。


〈終わりました〉

「お疲れさま、先に帰っててくれ。あとで落ち合おう」

〈承知しました。では後ほど〉


 歩夢と対決(?)していた場所から少し離れた茂みにいた俺は、全てが終わって仰向けに大の字になり、「ふぅー……」と深い溜息を吐き出す。解放感がものすごい。


「これでいいんだろ? ぷに助」

「スレイプニルだ。ふん、お前にしては上出来だ」

「お前にしては、は余計だ。――と言いたいところだけど、まさかこんなに上手くいくとは……」

「当たり前だ。そのために準備してきたんだからな」


 ――話は48時間ほど前にさかのぼる。

 狭いアパートの一室で、計画は始まった。


To be continued→

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