第37話 謎の結界と二人の孤立 - 終

 空間が崩壊する。瞬間、目の前が真っ暗になったと思うと硬い地面の感触が肩に伝わった。けっこう痛い。


「痛たた……」


 なんとか起き上がろうとすると、見たことがない魔法少女らしき女の子が三人もいて脳がフリーズする。


「初めまして、あなたが姫嶋かえでですねぇー?」

「……へ?」


 目の前にメガネっ娘が顔を近づけてくる。なんだかマッドなサインティスト感ある女の子だ。白衣が余計にそう連想させるのかも知れない。

 ていうか、なんだ? 俺はいったいどこに来たんだ?

 状況把握のために脳をフル回転させようとして、「そこ、危ないですよぉー」と言われる。なんのことだか分からないが場所を空けようとした時だった。


「うわぁー!」

「えっ?」


 声がして、上を向いたらお尻が降ってきた。


「うっ!?」

「あいたた……。って、あんま痛くないや?」

「む、むがぐもんむー!」

「ん? か、かえで!?」


 タイミング悪く出てきた歩夢に顔面ヒップドロップされてしまい、ものの見事に呼吸が封じられてしまった。一部業界ではご褒美だとか言われるが今は要らない。


「イチャつくのはあとにしてくださいねぇ」

「べ、別にイチャついてなんてっ!」


 少し赤くなりながら否定する歩夢は可愛いが、それはかえでとイチャついて赤くなったのか、俺の正体を知ってて赤くなったのか、どちらなのだろう……。


「もしかして、葉道はどうさんですか!?」


 メガネっ娘の後ろにいた派手な髪色の女の子が興奮気味に訊ねてきた。


「そうだけど、あんたらは?」

「あ、私は10キロメートルエリア担当の杉下燐音りんねといいます! こっちは――」

「同じエリア担当の漆間うるま華夜です。よろしく」

「あー、同じエリア担当か。よろしくね。……ていうかなんでそんなボロボロなの?」


 なんだか爆発にでも巻き込まれたように、二人とも衣装が土とすすで汚れている。


「あはは、ちょっと色々ありまして」

「この二人が良い仕事をしてくれたおかげで、あなたがたは出てこれたんですよぉ。わたくしも爆死せずに済みました」

「ば、爆死……? ありがとね、二人とも」

「お、お役に立てて良かったです!」


 ものすごい緊張してるな燐音って子。

 どうやら歩夢に憧れているようだ。


「さて、積もる話は本部に戻ってからにしましょうかぁ、ここにはもう用はないですから」


 なんらかの作業を終えた様子で白衣のメガネっ娘は魔法の杖を仕舞う。


「山田が助けに来てくれるとは思わなかったよ、ありがとう」

「フフフぅ、放置しようかとも思ったんですがね、面白そうなことになってたのでわたくし直々に来ました」

「歩夢、知り合い?」

「ん? ああ、魔法M少女G協会A技術班班長の山田一千花いちかだよ。アタシの同期」

「へぇー、ということは10キロメートルエリア担当?」

「違う違う、山田はもう50キロメートルエリア担当だよ」

「へぇー、……50キロメートルエリア!? そんなのあるの!?」

「あれ? 言ってなかった?」

「初耳だよ!」

「10キロメートルエリア担当の中から選ばれる高位ハイランク魔法少女の一人だよ」


 10キロメートルエリア担当って魔法少女の中では主力級エースのはずだよな。その上ってことはエースオブエースってやつか?

 そのさらに上にいる奴らは正真正銘のバケモノってことか。


「ではそろそろ撤収しましょうかぁー」

「あ、アタシとかえではちょっとやることあるから、先に行ってて」

「フフフぅー、了解しましたよぉ」


 なにか勘違いされてないか? ニヤニヤしてたぞあのマッドな人。

 三人が本部へ向かったのを見届けると、歩夢は真剣な表情かおで俺の目を真っ直ぐ見る。


「分かってるよね?」

「うん。でもその前にトイレ行って来ていいかな? さっきから我慢してて……」

「……ああ、いいよ」


 急いで公園にあるトイレへ駆け込み、鍵を掛けて魔法の杖の緊急コールを鳴らす。


「早く来い……!」

「来たぞ」


 いきなり目の前にぷに助が現れてビクッとしてしまう。


「はえーなおい!」

「事が事だからな」

「とりあえず手短に報告するぞ」


 歩夢とH公園で合流してから魔物と遭遇したこと、結界に閉じ込められて今しがた出てきたこと、歩夢に正体がバレていること、そして歩夢からの言葉を全て話した。


「――なるほどな。魔物と結界については私からも上に報告しておく」

「分かった。――それで歩夢のことだけど、俺は歩夢に全てを明かして味方になってもらったほうが得策だと思う」

「うーむ……」

「そうすれば今後色々と楽になるだろ? 理解者がいればなんかあった時に助かるだろうし」

「……いや、それはダメだ」

「なんでだよ?」

「お前の存在については天界でも一部しか知らん極秘事項だ。もし万が一でも情報が漏れる要因は作りたくない」

「じゃあ、どうしても貫き通して行くってのか?」

「そうだ」

「……これはさ、俺にとってもすごく大事なことなんだよ。今までは単にバレるかバレないかの話だったけど、今は一人の人間の信頼が掛かってるんだ。社会人やってて人間関係の重要さ、脆さはよく理解してるつもりだ。これから魔法少女をやってく上で、ここで歩夢との信頼関係をしっかり築ければ色々と融通も効くはずだ」

「ルールは変わらん。バレるかバレないかだ」

「もうほぼバレてるんだぞ!?」

「それだ。まだ『ほぼ』の段階だ。あの御方も確証は得ていない。状況証拠から推理しただけだ」

「だけどもう99%的中してんじゃねーか!」

「その1%を死守するのが私の仕事であり、お前の使命の一つだ。忘れるな? お前は代行とはいえ魔法契約によって魔法少女となっていることを。まだ理解できてないようだから教えてやる。バレたら社会的に死ぬだけじゃなく、なのだぞ」

「ちょっと待て……どういうことだ? 社会的に死ぬのは分かる。だがどうして魔物に喰われるんだ? 引退者は守られるって……」

「アホめ、それは正規の場合だ」

「どういう……ことだよ?」

「代行者であるお前は、適用外だということだ」


 適用外? ということは、俺が魔法少女じゃなくなったら守ってくれる人はいなくなるのか。でも魔物には狙われる?


「そんな、そんな馬鹿なことあるかよ!」

「だから最初に言っただろう、絶対にバレてはならないと」


 最初に……? そういえば確か、俺が歩夢に魔法ピュアラファイの事を教えてもらった後に――


『魔法少女であるということは絶対、ぜぇぇぇっったいに!! バレてはならない!』

『お、おう……まあそりゃバレたら色々大変だろうし、俺も困るし』

『大変どころではないわ! いいか! もし万が一、いや、億が一でも正体がバレたら――』


「――!」

「思い出したか?」

「思い出したよ! お前、正体がバレたらのその先、言ってなかっただろうが!」

「そうだったか?」

「そうだよ!」

「だが、これで分かっただろう? この例外的な契約はお前が思ってる以上に複雑でデリケートなのだ」

「……っ、ならなおのこと協力を――」


 言いかけて、言葉を詰まらせた。――いや、出せなかった。

 今まで感じたことの無いプレッシャーが俺に重くのしかかった。こんなぬいぐるみのような体でも、天界の使者は伊達じゃないってことか……。


「いいか? あの御方にこの秘密を話した時にもし、天界の意思が情報漏洩ろうえいだと判断したらその時点でお前は魔法少女の資格を失う」

「そんなの上層部に事情を話せばいいだろ」

「アホめ、そんな時間があると思っているのか? 今から私がその相談に行ったら確実に怪しまれてアウトだろうが!」

「それは……」

「よしんば協力を得ることができたとして、あの御方から情報漏洩があったら、その時点でお前は資格を失うのだぞ」

「あ、歩夢が話すなんて……」

「言い切れるか? もし操られたり洗脳されても、漏洩は無いと断言できるのか?」

「――!」

「分かるか? お前の感情的な判断で秘密を共有するということはリクスを増大させることにつながるのだ。それにもし、あの御方が自分から情報がれたことでお前が魔物に喰い殺されたと知ったらどう思う?」

「っ!」

「こちらの準備はできている。どちらの道を選ぶのか、あとはお前次第だ」


 それだけ言い残すと、スレイプニルは去って行った。

 とてつもなく重い……仕事ですら経験したことのない重い決断を迫られた俺は――。

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