第26話 調査報告
――ピッ、ピッ、ピッ……
その痛ましい様子を、ガラス越しに歩夢が見ていた。
「……」
――あの時。
落下した勢いで打った
そうすれば、空羽はこんな姿には……。
「くそっ!」
拳でガラスを叩き、項垂れる。
歩夢は自分の力の無さ、不甲斐無さを恨んだ。
しかし、今回の一件でその自信は見事に打ち砕かれた。
魔物のランクというのはあくまで総合的な格付けであって、ランクAの中でも強さはピンからキリまである。中には5キロメートルエリア担当ですら倒せる魔物もいる。
その中にあって、やはりヒューザは格が違った。
本来であれば
歩夢にも、
最悪、全滅もあり得たということを――。
「歩夢さん」
「……
「紫で結構ですよ。――本部長へ報告しに行きます。歩夢さんも」
「うん……分かった」
歩夢は涙を拭って、小さく「またな、空羽」と呟くと
* * *
「さて、では報告を聞こう」
そんな千景の目を真っ直ぐ見据えて、紫は口を開く。
「報告します。今回の件、魔法少女連続襲撃事件の調査結果につきましては、10キロメートルエリア担当の
報告を聞いて、千景は目を閉じる。
――思った以上に酷いな。
前もって報告を聞いてはいた。危うく全滅の危機だったところを辛くも切り抜けたと。しかし
千景は細く息を吐くと目を開けた。
「ご苦労だった。話には聞いていたが……小山内の容態は?」
「……予断を許さないそうです」
「そうか。毒はヒューザからで間違いないのか?」
「はい、間違いありません。ヒューザの角に毒があったようです」
「……ヒューザ、か。まさかのヒューザとはな。ただでさえ厄介な上に毒だと? まったく、やってくれる……! ――毒についての情報は歩夢からだったな?」
「はい」
「歩夢、誰からの情報だ?」
「人型の魔物と
「――正直に答えろ。魔物と取引したか?」
千景は、それだけで射殺せるんじゃないかと思うほど鋭い眼光で歩夢を睨む。しかし歩夢は一歩も引くことなく、その目を真っ直ぐ見返した。
「いいえ」
「……そうか。魔物と思しきと言ったな、なぜ確信が持てない? アナライズができなかったか?」
「いえ、アナライズが効かなかったからです」
「効かなかった?」
「ヒューザにアナライズが無効だというのは知ってますよね?」
「ああ、なぜかは分からないが、ERRORと表示されるらしいな」
「その魔物らしき人型も、ERRORだったんです」
「なに?」
「しかも、そいつは『ちゃんとエラーになるのか試してみたかった』と言ってました」
「なんだと!? 意図的にエラーを発生させる? それはつまり、天界と同等かそれ以上の技術力を持った魔物が現れたということか!?」
「そいつは、今回は実験だとも言ってました」
「実験……だと?」
「はい。実際にそれらしい動きが……あとは紫に」
「――今回の調査で最も不可解なことは、魔物が意図的に団結して伏兵という戦術めいた行動をしたことです」
「……突然魔力反応が複数現れたことは聞いてるが、それが伏兵だったと?」
「はい。そもそもこの伏兵は、今回の事件の犯人として最有力候補のマタリナが誘導しています。完全に連携が取れている。しかし魔物は同盟など異種族間での連携をしないことは周知のこと。裏で意図を引いている魔物がいるのは明白です」
「それが、その魔物と思しき人型か?」
「恐らく」
「……」
毒のこと、アナライズのこと、伏兵のこと――。
たった一日で多くのイレギュラーが発生して新たな情報も手に入った。それが人型の魔物による実験なのだとしたら……。
「分かった。とにかくその人型の魔物に関してはこちらでも調査をしておく。他に報告することはあるか?」
「……一人、魔法少女が行方不明のようです」
「行方不明?」
「はい。5キロメートルエリア担当の姫嶋かえでという魔法少女の名前が登録された魔法の杖。それがマタリナ発見時の現場に落ちていたんです」
「マタリナにやられたのか?」
「それは分かりません。一応本部に捜索願いは出してます」
「そうか。他に無ければ解散にするが……」
二人は目を合わせて頷くと、「「ありません」」と口を揃える。
「改めて、ご苦労だった。――ああ、歩夢は残ってくれ」
「え? はい」
「……では私はこれで」
紫が会議室を出ると、千景は立ち上がって歩夢のもと来る。
「え、と……?」
するといきなり歩夢の右腕を掴み、肩の位置まで上げる。
「――ッ!」
「やっぱりな」
腕に走る激痛に、歩夢は苦悶の表情を浮かべる。
「あっはは、気づいてたんだ?」
「私を誰だと思ってるんだ、バカ者」
袖を上げると、腕が全体的に赤くなっていた。
「カウントダウン・ブレイクを連続で使ったな?」
「……仕方ないじゃん。角が壊れて弱体化したヒューザでも、あの時のアタシらなら全滅できる力はある。腕一本で済むなら安いもんでしょ」
「だがせめて、クリティカルを外すことはできたはずだ」
「――チャンスは絶対に見逃すな、でしょ?」
「……」
「このアタシが大切な仲間を守れたんだ、上出来でしょ」
笑顔で言う歩夢に、千景は何も言えなかった。
「とにかく、しばらくは回復に努めろ、いいな?」
「うん、分かった」
会議室を出ていく歩夢を見送り、千景は近くの椅子に座る。
「まったく、あの子は……」
自ら望んで手にした力。今までほとんど使うことはなかったのに、ようやく使う時が来たと思ったらあんな無茶を……。
「大切な仲間、か」
心配と、それ以上に嬉しく思う気持ちに、千景は胸の奥が少し温かくなる気がした。
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