第25話 死闘の末に――。
急用が出来たからと言ってやや強引に切り上げた
「あれは……まさか、ヒューザ!?」
出現頻度の低いランクAの中でも特にレアな魔物であるヒューザは、さすがの歩夢も実際に見るのは初めてだった。
「鳴心!?」
ヒューザの放電攻撃を受ける鳴心を遠くから見て驚く。すぐに助けに行こうとして、
「カウントダウンブレイカー、
歩夢が宣言すると、《カウントダウン開始》と魔法の杖からアナウンスが流れる。
《5……4……3……》
頭から落下する歩夢は、鳴心が放電攻撃に苦しんでいるところに割り込むと、勢いそのままにヒューザの角を殴ると同時に叫ぶ。
「ブレイク!」
《――誤差マイナス0.23秒。クリティカル》
瞬間、ドゴォッ! という衝撃と音が響いた。
「ビヒィー!?」
その衝撃にヒューザは驚き体勢を崩した。しかし衝撃吸収の魔法でも施されているのかダメージは思いのほか通っていない。
「今だよ!」
「紫ー!」
〈――
ヒューザの周りに魔法陣が現れ、いくつもの鎖が飛び出して絡みつき、ヒューザを捕縛する。
「空羽さん!」
すでに跳んでいた空羽は、ブーメランを最大化するとスラスターを
「いっけぇぇぇー!!」
角に直撃したブーメランは、しかし壊すには足らず止まってしまった。
「ぐぅ……! このぉーっ!!」
さらに押し込もうとするが、想像以上に頑丈な角は折れるどころかビクともしない。
「――オーバーパワー、ドライブ!!」
空羽が叫ぶと、ブーメランに術式が走る。スラスターがさらに大きく火を噴いた。
武器の限界を超えた力を引き出すオーバーパワー、空羽の奥の手だった。
「ビヒヒィー!!」
ヒューザも負けじと角に電気を纏わせ反撃する。
「く……そぉぉー!!」
――ピシッ
〈ヒビが!〉
紫の報告に、空羽は「ほんと!?」と反応し、ほんの少しだけ気が緩む。その隙をヒューザは見逃さない。
「ビヒィー!」
「しまっ――!」
鎖縛を解いて突進するヒューザを捕らえようと追加の鎖が魔法陣から射出されるが、学習したのか難なく避け、潜り抜けると空羽に向かって突撃する。
〈くぅ……!〉
それでも諦めない紫の執念の鎖縛が、最後に一本だけヒューザを捕らえた。空羽の胸に角が届いたところで動きが止まる。
「ちょっとまずいな……」
歩夢は今この瞬間の状況から判断して、ヒューザを倒すのは無理だと思った。
どうすればいいのか、最善手を脳内で模索していると思わぬところから助け舟が来た。
〈歩夢ちゃん、私がやる!〉
「この声……
伏兵の魔物に襲われて気絶していた
「今動けるのは、私しかいないでしょ?」
〈大丈夫なの?〉
「ずっと寝てて迷惑かけちゃったし、ここで挽回させてよ。――ゆかりん、5秒稼げる?」
「大丈夫ですよ」
「さすが、頼りになるよ」
さらっと言う紫だが、かなり無理をしているのは目覚めたばかりの絢にも見て分かった。
絢がうつ伏せになって魔法の杖を構えると、マジカルタイプの砲撃型へと変形する。
「バレル展開」
《展開します》
魔法の杖から先、何もない空間に術式が走り、魔力によって銃身部分が作られた。
「
《セット完了》
その間にも、暴れるヒューザによって鎖が引き千切られようとしていた。
「ゆかりん、お願い」
「――
鎖が引き千切ぎられたその瞬間、今度は直径5センチほどの氷柱のようなものがヒューザの周りに牢を形成する。閉じ込めるだけでなく、動きも多少鈍くなった。
絢の右目の視界がズームアップされてヒューザの角を捉える。息を止めて呼吸による揺れを抑えると、引き金を引く。発射された弾丸はおよそ150メートル先にあるヒビ割れた角にピンポイントで直撃した。
――ビシッ!
「ビヒヒィー!!」
鳴心の決死の思いと、機転を利かせた歩夢と紫のサポートから繋がった空羽の一撃でようやく見えた光明。その小さな突破口を絢の弾丸が
――バキッ!
「……!」
角が折れると、途端に力を失ったヒューザは大幅に弱体化して動きが鈍くなった。
「歩夢ちゃん!」
「――カウントダウンブレイカー、
《カウントダウン開始。3……2……》
リチャージが間に合った
「ヒヒィ……」
角が壊れるだけでこうも違うのかと思うほど、かなり弱っているが、歩夢は油断することなく全力の一撃を打ち込む。
「ブレイク!!」
《――誤差プラス0.17秒。クリティカル》
再び強力な衝撃がヒューザを襲う。先程とは打って変わってダメージが完全に通り、ヒューザは力尽きた。
《魔物を浄化、コアを回収しました。3000MPがチャージされます》
「3000!? キツイ分、報酬もランクAってことかな?」
「やったぁー! やったよ歩夢ー!」
「こら空羽! 抱きつくなって!」
「やっぱり歩夢はすごいよー!」
「分かったから!」
〈静かに〉
勝利したというのに、紫の声はまだ緊張感があった。
「廷々?」
真剣にモニターに向かう紫は、ほんの僅かな水面の揺れさえ見逃さないような
紫には確信があった。
――間違いなくいる。
最初こそ伏兵に動揺して見落としてしまったものの、冷静に考えればおかしなことばかり。そもそも伏兵自体が異常行動だし、中でも特にランベル、クリオト、ヒューザはこんな市街地に伏兵として配置されるなんてあり得ない。
クリオトは本来乱戦が得意な戦術兵器のはずだし、ランベルは本来建物を破壊することが主な仕事で、ヒューザに至っては10キロメートルエリア担当よりも上の
こんな市街地の一角に運用目的がバラバラの魔物が一極集中してるなんて、何者かの意思が働いているとしか思えない。
「――!」
一瞬、ほんの一瞬だがレーダーが反応を拾ったのを紫は見た。
あまりに微弱であまりに短い反応だったためにセンサーすら反応しなかったが、間違いなくそこに何かがあった。
〈チーム全体へ! 今からマークする場所へ至急向かってください! そこにいます!〉
本日二度目となる焦る声に、いち早く反応したのは歩夢だった。
「了解!」
* * *
「……いかがですか?」
謎の魔物に魔法を施されたマタリナは、内から湧き上がる力に震えた。
「こいつはすげぇ……力が溢れてくるぜ!」
「ふふふ、これであなたはまた一歩、最強へと近づいたわけです」
「ククク……これならあの小生意気な魔法少女もぶっ殺せそうだ」
「それもまた一興でしょうが、今下手に暴れると動きづらくなってしまいます」
「わーかってるよ、機を待てってんだろ?」
「おや、心得ているようですね」
「なんつーの? これが強者の余裕ってやつなんだろうよ」
「安心しましたよ。ビジネスパートナーとしても、一歩前進したわけですね」
「で、これからどうするんだ?」
「そうですね、今回集めたデータを整理したいので、しばらくは研究所の方に――」
言いかけて、何かを察した魔物はマタリナを手で突き飛ばす。
「うおっ!?」
そこへ、上から魔法少女が降ってきた。
「こいつはっ……!?」
「……」
歩夢を見たマタリナは、先程までなら血気盛んに挑んだはずだが、今は目の前にしても揺らぐことなくただ真っ直ぐ歩夢を見据えた。
「まさかお前の方から追いかけて来るなんてな」
「マタリナ……
「あ?」
歩夢は後ろを振り返り、フードを被った謎の魔物を見る。
――なんだこいつ?
まるで気配を感じない。強そうだとか弱そうだとか、そういったものを感じられない。
「どうぞ、アナライズして見てください」
「……なに?」
「ああ、マタリナのことなら安心してください。今はあなたを背後から襲うなんて真似しませんから」
「……アナライズ」
【ERROR】
「エラー?」
「ふふ、やはりエラーになりましたか」
「はぁ?」
「いえ、失礼しました。
「ふざけるなよ。お前、なにがしたいんだ? なにが目的なんだ?」
「そうですね、今日のところは実験といったところでしょうか」
「実験?」
「ああそれと、ブーメランを使っていた魔法少女、気をつけた方がいいですよ」
「どういうことだ!?」
「ヒューザの角には強力な毒がありましてね。皮膚に触れただけで
「――!」
「言っておきますが、ヒューザは私もまだ研究が進んでいないので、解毒剤はありませんよ」
ちょうどタイミングよく歩夢に通信が入った。
嫌な予感は的中する。
〈歩夢さん! 空羽さんの様子が!〉
「廷々? 空羽がどうしたって!?」
〈すごく苦しんでます! 撤退しますから早く戻ってください!〉
「分かった!」
通信を終えると、フードの魔物を睨む。
「今回の騒動はお前のせいなんだな!?」
「ええまあ、そうなりますね」
「なんなんだ、何者だお前!?」
「ふふ、わざわざ敵に情報は教えませんよ」
「てめぇ!」
「では代わりに一つ、有益な情報をお教え致しましょう――」
今にも飛びかかりそうな歩夢は、フードの魔物の一言を聞いた途端に殺意が消えた。
「……そんな、まさか?」
「ふふふ、私は無意味な嘘はつきません。それにあなた自身にも疑念があったのでは?」
「それは……」
「ほら、否定できないしょう?」
「……」
「では失礼します。早く仲間のところへ戻った方がいいですよ、あの毒は回るのが速い。それと、
フードの魔物は魔法で空間に穴を開けてその場を去った。マタリナも続いて穴に向かう。その去り際、「次は殺してやるから、楽しみにしていろ」と歩夢に宣言していった。
「……っ!」
整理しきれない頭と渦巻く感情を押し殺して、ひとまずチームに合流すると、そこには胸を押さえて苦しむ空羽の姿があった。
「あぁ……っがぁっ!!」
「空羽!」
「歩夢さん! 空羽さんが急に苦しんで――」
「毒だ」
「え?」
「ヒューザの角には毒があったらしい。皮膚に触れただけで爛れて激痛が襲う。解毒法はまだ無いって……」
「そんな――! ……その情報は魔物から?」
「そうだよ」
「……詳しい話はあとで! とにかく急いで本部へ運びましょう!」
まだ動けない鳴心は歩夢が背負い、重傷の空羽は紫と絢が魔法で搬送して本部へと戻る。
気づけば日は沈み、紫が連絡していたのか事後処理部隊がすでにあらかた修理や記憶処理などの処置を終えていた。
――魔法少女連続襲撃事件の調査は、多くの謎を残したまま一旦幕を閉じた。
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