第24話 vs ヒューザ

 鳴心がクリオトに向かって行くのと同時に、空羽あきはもヒューザとそらで向き合う。すでに日は傾いて夕暮れ時に差し掛かっていた。

 馬――というよりはユニコーンのような、白い体に銀色の角を持つ魔物。美しいその体は、夕陽せきようを浴びて燃えるように赤く見える。


「初めて生で見るけど、キレイな魔物だね。けっこう大きいんだ」

〈まさかこんな所で出会でくわすとは思いませんでしたね〉

「一応アナライズしてみる?」

〈そうですね、お願いします〉

「オッケー、アナライズ!」


 分析魔法でヒューザの情報を見ようとするが、【ERROR】と表示された。


「あーダメだ、やっぱりエラーになっちゃう」

〈そうですか、仕方ないですね〉

「一回試してみていい?」

〈どうぞ〉

「よーし、いくよっ!」


 先ほどと同じようにハンマー投げの要領でブーメランを投げる。大型の魔物を一掃した破壊力を持つそのブーメランを、ヒューザはいとも簡単に角で叩き落とした。


「あらら。話には聞いてたけど、ほんっと硬いなぁ、あの角」


 右手の人差し指と中指を伸ばしてからクイッと折り曲げると、ブーメランのスラスターが火をき、空羽の元へと舞い戻った。


〈角を壊すには、tre'sトレズの神楽さんクラスの破壊力が必要ですからね〉


 アナライズが効かないヒューザだが、角を破壊することで魔力のほとんどは失われ、大幅に弱体化することは知られていた。

 とはいえ、その角を壊すというのが並大抵のことではない。しかしそれでもまともに戦うよりは100倍だと、魔法少女は口を揃える。


「私も全力でやればギリいけると思うんだけどねー。まあ相手が大人しくしててくれればだけど」

〈どうしますか? 歩夢さんが戻るまで待ちますか?〉

「ゆうて歩夢が来たところで破壊するの難しいでしょ。そもそも近づけないし」

「ヒヒィー!」


 会話している最中にヒューザがいななく。角が青く光るのを見た空羽は「やばっ!」とブーメランを盾にして距離を取る。しかし警戒していた攻撃ではなく飛んできた。


「そっちかよ!」


 ブーメランのスラスターを使って避けようとするが、足にかすったようで激痛が走る。


「うぁっ!!」

〈大丈夫ですか!?〉

「――痛ぁ〜い! ちょっと掠っただけなのに!?」

〈思ったより電撃の範囲が広いですね〉

「うぅ……。しかも近づくと今度はでしょ? やりづらいったらないね……」


 近接戦闘スタイルの魔法少女にとって、なるべく戦いたくない魔物ランキング一二いちにを争うヒューザだが、かといって遠距離も難易度はさほど変わらない。

 大型ランクAの中でも攻撃力、俊敏性ともにトップクラス。実際のところ、今回の伏兵の中では総合力もレア度もヒューザが飛び抜けていた。


「せめて5秒でいいから大人しくしてくれないかなぁ」

〈――5秒……でいいのでしたら〉

「え? いけるの?」

〈はい。最悪3秒なら大丈夫だと思います〉

「いいねー、じゃあやってみるか!」

〈いつやりますか?〉

「できれば放電を――!?」


 再び電撃が飛んでくるのが見えたので、今度は余裕を持って避ける。

 その気になればその速さで翻弄ほんろうし、突進攻撃もできるヒューザだが、空羽を格下と認識しているのか遊んでいるように見える。


「ふぅー、あっぶな。――そうだね、できれば放電させた直後がいいかな。ほんの僅かでも隙が生まれるらしいし」

〈……どうやら、鳴心さんがクリオトを倒したら応援に来てくれるそうですよ〉

「マジ? クリオトだってそんなに簡単な相手じゃないのに、やるねヒーロー」

〈放電させるタイミングは鳴心さんと合わせてみますか?〉

「そうだね! それなら多少は成功率高そうだし」

〈まあ、それまでですが……〉


 何かを察したのか、動き出したヒューザは空羽に向かって突進攻撃を繰り出す。


「ちょい待っ――!」


 咄嗟に盾にしたブーメランでなんとか防ぐが、衝撃はそのまま受けてしまい後方へふっ飛ばされる。


「なんだよいきなり!」

〈私たちの微妙な変化を感じ取っているんでしょう、作戦がバレたわけではないと思います〉

「ほんっと、厄介な奴だなぁ!」


 空羽はブーメランを近接戦闘用の大きさにすると、くの字を可変させ真っ直ぐな棒状に切り替える。真ん中の縦ラインに術式が走り、ブーメランがあっという間に剣になった。


「まったく、剣変化ソードタイプは苦手なのに!」


 ブーメラン主体の空羽は、歩夢や鳴心と違って格闘は不得手なため、こういった近接戦闘を強いられると弱い。かといって「できません」じゃ通らないのが魔法少女の世界。チームで役割分担していても不測の事態イレギュラーというのは付き物。

 そんな緊急事態に対応するため空羽が編み出したのが剣変化ソードタイプ。可変式にすることで耐久性が落ちてしまうのを術式で補い、ついでに名刀とまではいかないまでも斬れるようになっている。


「ヒヒィー!」

「うるさいっ!」


 ヒューザの角と剣変化ソードタイプのブーメランによる剣戟けんげきが交わされる。

 いくら術式で強化してあるとはいえ、堅牢けんろう無比むひなヒューザの角とまともにぶつかり合えばブーメランが壊れてしまう。そのため切り結ぶというよりは攻撃をしのぐ戦いになる。


「ああもう、しつこいなぁ!」


 苛立つ空羽が少し大振りになったのを、ヒューザは見逃さなかった。空羽の攻撃をひらりとかわすと、脇腹目掛けて突進攻撃する。


「やばっ!」

〈――防陣ぼうじん手毬てまり


 空羽とヒューザの間に色鮮やかな大きめの毬が現れると、突進攻撃の威力を大幅に吸収してくれた。


ゆかりー! ありがとうー!」

〈まだ油断はできませんよ〉


 突進攻撃が防がれたことで、ヒューザは少し距離を取る。またいつ突進攻撃が来るか分からない空羽は剣変化ソードタイプを維持せざるを得なくなり、対峙する形となった。


「お待たせー!」


 そこへ、待望の助っ人であるヒーロー鳴心なここがやって来た。

 ヒューザが鳴心への警戒を強めたため、空羽はホッと一息ついて距離を取りつつブーメランを元に戻す。


「鳴心!」

「これが噂の電気馬さんですか!?」

「もうクリオトは終わったの?」

「はい! なんとかなりました!」

「よーし、じゃあ紫、作戦開始といきますか!」

〈鳴心さんにはかなり危ない橋を渡ってもらうことになりますが、よろしいですか?〉

「え? 危ない箸ですか?」

〈……〉

「いや、危ない橋ね」

「――あー! 危険な作戦ってことですね!」

〈ヒューザは、放電するとほんの少しの間ですが、動けなくなるらしいので、その僅かな隙を突きます〉

「どうすればいいんですか?」

「近くに脅威を感じると放電するらしいから、鳴心には攻撃するつもりで接近してもらって、すぐに離脱してほしいの。できる?」

「なるほど……はいっ! できます!」

〈では、ほぼ一発勝負の作戦ですが、やりましょう。鳴心さんのタイミングで行ってください〉

「了解!」


 鳴心は一つ深呼吸してヒューザに向き合うと、一気に間合いを詰める。


「鳴心式――!」

「……」


 しかしヒューザは動かない。鳴心は妙な違和感を感じ取って一旦距離を取る。


「鳴心?」

「……この馬、たぶん見抜いてますよ」

「どういうこと?」

〈なるほど、やはり私たちの微妙な変化を感じ取っているようですね〉

「え?」

〈つまり、鳴心さんが実は攻撃するつもりが無い。というのを感じ取っていて、放電攻撃してこないんです〉

「えぇー!?」

〈これは、本当に厄介ですね……〉


――今から作戦を練り直す?

 攻撃すると見せかけて放電させ、ギリギリのところで撤退。その後の僅かな隙を突いて空羽さんに全力で角を壊してもらう。

 この作戦が通用しないとなると、やはり放電を受ける覚悟で攻撃するしか……でもそんな危険なことは……。


「やりますよ!」

〈え?〉

「あたしが放電させます。そしたら、空羽さんに繋がりますよね?」

〈は、はい。そう……ですけど〉


 紫は、一番決断しにくい事をすぐに決断してしまった鳴心に驚き、間の抜けた返事をしてしまった。


〈て――いいんですか本当に? 下手したら怪我じゃ済みませんよ?〉

「でも、誰かがやらないといけないことじゃないですか」

〈それは……そう、ですけど〉

「こういう困った時に動いてこそ、ヒーローじゃないですか!」

〈鳴心さん……〉


 鳴心の行動原理であり、目指す理想像であるヒーロー。誰もが躊躇ちゅうちょするような場面でも、困った時には颯爽さっそうと現れて解決する。

 それを地で行く鳴心は、ここでも先陣を切る。


〈分かりました。では気休め程度ですが、防御力アップと属性耐性を付与しておきます〉

「ありがとうございます!」

「じゃあ、頼むよヒーロー!」

「はい!」


――ここが正念場ってやつかな?

 あたしの魔力はあと少し。電気馬に放電攻撃させるためには脅威として、危険を感じさせないといけない。生半可なまはんかなやり方じゃダメだ。全力で行かないと!


「いくよ!」


 鳴心はあえて踏鳴ふみなりを使わずにヒューザへ肉薄にくはくする。今度は攻撃の意思を感じ取ったのか、ヒューザはいなないて威嚇いかくしながら角を青く光らせ、電気がほとばしる。

 すぐにでも回避すべきこのタイミングで、鳴心は前に出る。歯を食いしばってヒューザの顔面を本気で殴った。


「――うぁああああああ!!」


 ヒューザの放電攻撃をモロに喰らった鳴心は、あまりの激痛に悲鳴を上げる。


「鳴心!」

〈鳴心さん!〉


 二人はその光景を、ただ眺めているしかなかった。

 ヒューザの放電攻撃は、単純な威力だけ見ても鳴心の覇王爆砕拳を上回る。たった数秒受けただけでも永遠の苦しみに思える拷問のようなこの攻撃は、実際に10キロメートルエリア担当の魔法少女を幾人いくにんも葬っている。


〈やっぱり無茶です! 中止を――〉

「ダメだ! 今から行っても巻き添えを喰うだけだし、鳴心の想いが無駄になる!」

〈そんな……!〉


 最悪のパターンは、ここで我慢できずに鳴心を救出して放電が止まってしまいチャンスを逃してしまうこと。それは危険をおかして次に繋げようとしてくれている鳴心の気持ちを裏切ることになる。

 だからこそ自分たちも歯を食いしばって待つしかない。空羽は今すぐにでも飛び出したい気持ちを必死に押し殺してひたすら耐えていた。


「ああああああああァァァ!!」


 二人の体感時間はすでに1分を超えていたが、まだ攻撃は終わらない。紫の魔法で防御力と耐性が上がっているとはいえ、そろそろ限界だった。


「鳴心ー!!」


 さすがに空羽も痺れを切らして走り出そうとした――その時だった。

 上空から現れた魔法少女がヒューザに突撃する。


歩夢あゆむ!?」


 歩夢は躊躇ためらい無く、勢いそのままに放電攻撃の範囲に入ると角を思いきり殴りつける。


「――ブレイク!」

「ビヒィー!?」


 ドゴォッ! と強い衝撃と音が響く。

 突然の急襲、しかもピンポイントに角へ強い衝撃を受けたヒューザはさすがに驚き、放電は止み体勢が崩れた。


「今だよ!」

ゆかりー!」

〈――縛陣ばくじん鎖縛さばく


 ヒューザのいる空間の上下に魔法陣が現れ、鎖が幾重いくえにもヒューザに絡み捕縛ほばくする。


〈空羽さん!〉


 すでに跳んでいた空羽は、ブーメランを最大化するとスラスターを最大出力フルパワーで噴かして勢いをつけ、上から叩きつけるようにヒューザの角を狙った。


「いっけぇぇぇー!!」



To be continued→

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