第27話 魔法少女の器

「ふぅ……」


 作業が一段落して背もたれに上半身を預ける。時刻は夜11時を回ろうとしていた。

 夕方頃に歩夢が来たときは心臓が止まるかと思った。なんとか誤魔化せたが、あれはもう完全に俺を疑っている。

 ――まさか歩夢が俺の職場に来るなんて。

 ――まさか新島が魔法の杖を認識できるなんて。


「はぁ……」


 新島も雷都らいとも帰宅して開発室には俺一人。ぷに助を呼んで相談したいのに魔法の杖は歩夢に持って行かれてしまった。


「来い! ぷに助ぇぇー!」


 召喚するように叫ぶ。誰もいないとこういう事やりたくなるよね。誰かに見られてたら死ぬほど恥ずかしいけど。


「コーヒーでも飲んで続きやるか」


 開発室を出て給湯室に向かう。待機モードの自動販売機に硬貨を入れると、待ってましたとばかりにパッと明かりが点いて営業モードに入る。ブラックコーヒーのボタンを押すと、ガコンッと取り出し口に缶が落とされた。

 冷えた缶コーヒーを持って自分の席に戻り一口飲むと、ほんの少し疲れが取れた気がして思わず「はぁー」とため息をつく。


「さてと」


 作業再開しようとした瞬間、目の前が暗くなり後ろに飛ばされる。


「うおっ!?」


 何事かと慌てて立ち上がると、そこには見覚えのあるぬいぐるみが浮かんでいた。


「ぷに助!」

「スレイプニルだ! なにが『さてと』だ、呑気に仕事してる場合か!」

「いや呑気にじゃねーよ。どんだけのデスマだと思ってんだよ。徹夜確定なんだよ」


 低い声で真顔で言うと、気圧されたのかぷに助は「そ、そうか……」と少し申し訳ない感じになる。


「はぁ……。ん? そういやなんで来たんだ? 呼んでないのに」

「お前の魔法の杖には、契約者から一定距離離れるとアラートが鳴る機能が付いているのだ」

「お前のって……俺にだけ?」

「そうだ。こういった緊急事態の時のためにな」

「でも、離れたのってもう6時間くらい前だぞ?」

「アホめ、他の魔法少女がいる時に来られるか! その後も民間人が一緒にいたろ!」

「あー、まあ確かに」

「それに様子見はしたからな、命の危険は無いと判断したので他の仕事を優先させてもらった」

「なんだ、一度見に来たのか」

「当たり前だ。何かしらの理由で魔法の杖が無いままに魔物と遭遇したりしたら死ぬだろう。アラートが鳴っても状況までは分からんからな。――で、なにがあった?」

「ああ、それなんだけどな――」


 魔物が職場に出現したこと、歩夢にバレないために落とした魔法の杖が裏目に出たこと、新島が魔法の杖を認識できること、歩夢に疑われてることを話した。


「……うーむ、また厄介なことになっているな」

「特に歩夢だ。あれはもう完全に俺が姫嶋かえでだと疑ってる」

「どういうわけか、あの御方はお前のことが大層お気に入りのようだからな、バレたら殺されるかもな」

「今その一歩手前だよ。一つ選択ミスったら社会的にも肉体的にも殺される。なんとかならないか?」

「うーん……ならなくは、ない」

「マジ? やるじゃんぷに助」

「スレイプニルだ。その件についてはまたお前の部屋で話そう」

「そんな遅くて大丈夫か?」

「今すぐどうにかるものでもない。それにもう一つ大きな問題があるだろうが」

「――新島か」

「知っての通り、魔法の杖を認識できるのは契約に選ばれた少女と魔法少女だけだ。他の人間には一切認識できない。ある例外を除けばな」

「例外?」

「魔法少女の魔物化だ」

「なっ――!?」


 おいおいちょっと待て。さらっと爆弾発言しなかったか!?


「魔法少女の器については分かるな?」

「まあ、ある程度は」

「なんだ知らんのか?」

「いや、だってお前なにも説明してくれてないだろ」

「……そうだったか?」

「1話から見直して来いよ」

「魔法少女の器というのはだな」

「無視かよ」

「人間の女性は大なり小なり必ず器を持っているのだ」

「男には無いのか?」

「無い」

「なんで?」

「その器というのはガラス細工のように大変脆くてな」

「また無視かよ」

「うるさい黙って聞け! だからお前は童貞なのだ!」

「童貞関係ないだろ!」

「続けるぞ。器というのは薄いガラスのようなもので非常に脆い。人にもよるが、強いストレスを受けただけで壊れることもある。ちなみに魔法の杖はその器を安定化するためのものでもあるのだ」

「けっこう重要なアイテムなんだな」

「そうだ。魔法少女になれなかった女性の器は保護されてないために壊れやすく、なんらかの原因で壊れた場合、魔力が漏れて魂を汚染してしまう。そうして魔物化してしまうのだ」

「魔力って危険物だったのか。……いや、でも普通に生活してる女性のほうが多いんじゃないか? ぷに助の話を聞く限りだと相当数の女性が魔物化してるように思えるぞ」

「魔法少女になれないと次第に魔力が減少して最終的には空になる。遅くても20代前半までにはな。それからは割れても問題ないのだ」

「そうか、魔力が無ければ魔物化もしないのか」

「その通りだ」

「え? てことは……新島はもう器が壊れたってことか!?」

「少なくともヒビが入って漏れてる可能性が高いな」

「じゃあ、魔物になるのか!?」

「いや、まだ猶予はあるはずだ。話を聞く限りでは汚染度は20%以下のはず。魂が汚染されても魔物化するには40%を超える必要があるからな」

「半分以下でもなるのか!?」

「魂というのはプラスマイナスも影響を受けやすく染まりやすい。40%を超えると正常を保てなくなると言われている」


 話を整理すると、女性全員に魔法少女の器があり、16歳までに魔法少女になれなければ魔力は減少していき、20代前半には空になって魔物化することもない。

 しかしその前に器が壊れると魔力が漏れ出す。魂が魔力に汚染されると魔法の杖を認識できるようになり、それが魔物化の前兆となる。

 そして、汚染度が40%を超えると魔物化してしまう――。


「その、魔物化した人間も……やっぱり俺たちがやるのか?」

「すべからく、魔法少女としての使命をまっとうすることだな」


 新島が魔物化した場合、魔法少女として浄化しなくてはならない。それはつまり、新島を……。


 俺にできるのか? そんなことが……。

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