第15話 魔法少女フリーク

 翌日、テレビやネットニュースなどを見てみたが、安納が仕事をしてくれたおかげか昨夜女性が襲われた事実はカケラも情報が無かった。

 魔法少女の主な仕事は魔物を討伐すること。ただ、昨夜みたいに一般人が魔物絡みの事件や事故に巻き込まれることも少なくないため、巻き込まれた人の治療や記憶の処理(改竄したり消したり)などが必要になった時に対応する専門部隊があるそうで、それが安納が所属する事後処理部隊というものらしい。


「それにしても……いったいあの子はなんだったんだ?」


 黒衣の魔法少女。圧倒的な存在感と戦闘力は間違いなく魔法少女の中でもトップクラスの実力者だ。それなのに……。


*   *   *


「その黒衣の魔法少女というのは、存在しません」

「どういうこと? ま、まさか……」

「まさか、なんですか? ああ、もしかして幽霊とか気にするタイプですか?」

「だって、存在しないなんて言うから……」

「あはは。そうですねー、ではその説明をする前に少しおさらいを。魔法少女は全国に1000人いるというのはご存知ですか?」

「うん」

「その黒衣の魔法少女というのは、姫嶋ひめじまさんの話からすると間違いなく10キロメートルエリア以上の力を持つ魔法少女です。それだけで160人には絞れます。その中でも飛び抜けて強い魔法少女は誰もが名前と容姿を知っています。それぐらいこの業界では超有名人なんです」


 随分とニッチな業界だなぁ……。


「中でも有名なのはtre`sトレズ神楽かぐら・ソランデルさんと的場奏雨まとばかなめさん。花織はなおりあかりさん、史上最速で10キロメートルエリアに昇格した月見里やまなし千夜ちよさん」

「千夜さんってやっぱり強いんだ?」

「あら、ご存知ですか?」

「うん、逢沢あいざわ優海ゆみさんから教えてもらって」

「あー、そうなんですね。千夜さんは強いですよ、唯一アーガネイルを単独で撃破してます」

「アーガネイル?」

「超大型、危険指定の魔物です。もはや災害級の魔物で民間への被害も甚大です。通常は数名から十数名のチームで討伐にあたるんですけどね」

「それを……一人だけで倒したの?」

「はい。公式記録にしっかりと残ってますよ。天界も史上最強の魔法少女と銘打つほどの逸材です」

「はぁ……」


 上には上がある。なんてもんじゃない、化け物じゃねぇかよ。


「ちなみに逢沢優海さんも名が挙がる有名人ですよ」

「え? 優海さんが?」

「魔法少女の戦闘スタイル、ご存知ですか?」

「うん。コンバット、マジカル、アタッカーだよね?」

「はい。その中のマジカルタイプでは魔法少女ナンバーワンの人です」

「どういうこと?」

「半年に一回、魔法少女の技術向上や担当エリアの審査などを目的とした技能試験があるんですが、その中のマジカル部門で逢沢優海さんは不動のトップなんです」

「すごいなぁ……ん? でもそれだけの成績を残しているなら、優海さんはもっと上でもおかしくないよね?」

「ああ、それは逢沢さんが自ら望んで今の10キロメートルエリアにいるんだそうです」

「それはどうして?」

「うーん、それは本人から聞いたほうがいいと思います。私も事情を詳しく知ってるわけではないので」

「そうなのか……」

「逢沢さんはキャリアが長く、魔法少女の中でも古参の一人なんですが、中でもしっかり結果を出し続けてる凄い人なんですよ」


 なるほど、それで魔法少女のことを教える人といえば優海さんだったのか。ついでにマジカルタイプの俺にはうってつけの師匠というわけだ。


「それと他にもですね――」

「ちょ、ちょっとストップ。そろそろ黒衣の魔法少女について教えてくれないかな?」

「あっ、失礼しました。ついついヒートアップしてしまいまして。要するにそれだけの実力者であるのなら知られていないはずがない、ということです。お恥ずかしながら私は魔法少女フリークなもので100キロメートルエリアまでの上位160名といずれ上位に行くであろう原石となる5キロメートルエリアの魔法少女についての情報は大方把握しております。ですが黒衣の魔法少女に該当するデータは無いんです。あ、ちなみに姫嶋さんのこともすでにチェック済みですよ、彗星のごとく現れた期待の大型新人ということで」

「あー……ありがとう」


 そういえば初対面なのに名前を知ってたのはそういうことか。しかしよく一息で一気に言えるな。

 魔法少女の定員は1000人と決まっている。ということは安納が知らないだけで実は他に……という線は薄いか。

 存在しない魔法少女。一体どういうことだ?


「……でも、実際にいたんだ」

「はい、それは分かってますよ」

「え? 信じてくれるの?」

「もちろんです。黒衣の魔法少女については存在しないとしか言いようがありませんが、姫嶋さんに呼び出された魔法少女がいたということは、現場を見れば分かります。こんな業界ではありますが、説明のつかない現象や事実はありませんから」


 安納はそこで一旦区切ると、声のトーンを落として続ける。


「不思議な世界ですけどね。魔法少女になると今まで見えなかった魔物が見えてさわれて、逆に私たちの姿は誰からも見えなくなる。まるで自分だけが世界から忘れ去られてしまったような、そんな気分になります」


 月明かり、雲が多めの夜空を見上げる安納はどこか寂しげだった。


「さてと、では私はお仕事しますので」

「あ、最後に一ついいかな?」

「はい、なんでしょう?」

「この女性ひとの脚を治したカプセルってショップで売ってるの?」

「確か、ピンク色のでしたっけ?」

「うん」

「ありますよ。キュアオールというアイテムです」

「キュアオールか、ありがとう!」

「でもまだ当分は交換できないと思いますよ?」

「え? なんで?」

「キュアオールは10万ポイントでの交換ですから」

「10万!?」


 今まで一番高いポイントは大型Aランクのゼノークス、あれで100MPだぞ。1000体狩ってやっと1個? マジかよ。


「そんな高いアイテムを使ってくれたんだ……」

「ああ、でも大丈夫ですよ」

「え?」

「キュアオールは民間人に使用した場合に限り、ちゃんと申請すれば経費で落ちますので」

「マジ?」

「さすがに10万ポイントですからね。ちなみに所持上限数は1個なのでストックはできません」

「1個? でも交換なんていくらでもできるんじゃ?」

「ああ、姫嶋さんはそこからなんですね。魔法の杖のボタンを押しながらアイテムと言ってみてください」

「えーと、アイテム」


 ボタンを押しながら言うと、ゲームなんかでよくありそうなウィンドウ画面がアナライズの時のように表示された。アナライズは見慣れてきたけど、こういったアイテム表示なんてまさにゲームのようで面白い。


「すごい、VRゲームみたい」

「面白いですよねー、そこにSpecialという紫色の特別インベントリ枠があるの分かりますか?」

「うん、空白になってる」

「そこにキュアオールが表示されます。特別インベントリは枠を増やすことはできず、使用するか捨てない限りは別の物は持てません」

「えっ、てことはアイテムって持ち歩くんじゃなくて全部このアイテムのウィンドウに収納されるの?」

「そうです。ちなみに姫嶋さんから見るとウィンドウが表示されてるように見えると思いますが、それはその人の視界にしか表示されてませんので、他の人に説明する時はちゃんと言わないと伝わりませんよ」

「えっ! そうなんだ……」


 なんだか地味に不便というか、かゆいところに手が届かない仕様だな。あとで改善要望でも出してみるか。


「キュアオールは10キロメートルエリア以上の魔法少女でも持ってる人は少数です。そもそも緊急用のアイテムなので、チームに一人持っていればいいという考えの人も多いですね。コスパを考えればテレポやダブルなど他にも良いアイテムはありますし」

「テレポも便利そうだよね、ダブルって?」

「魔法少女の影のようなものを作り出して自分を二人にしたり、魔法の威力を倍化させたりする大変使い勝手の良い便利なアイテムです」

「それはいいね」

「まあ、あとは実際にショップへ行って見てみてください。雑貨屋さんで何時間も過ごしちゃうような人は要注意ですけどね」

「あー、なんとなく分かった。ありがとう、ごめんね時間取らせちゃって」

「いえいえ、ではまた」


*   *   *


「回想だけでほぼ1話分ってなげーよ」


 と、独り言を呟いているとピンポーンとチャイムが鳴る。


「はーい」


 玄関を開けると宅配便のお兄さんが立っていた。背高っ! 体格いいな、バスケ選手か?


「えーと、樋山楓人ひやまあきとさんはここで合ってますか?」

「はい」

「サインかハンコ貰えるかな?」

「じゃあサインで」


 ペンを持とうとして気づいた。そういや俺、今変身中で魔法少女になってるんだった。どうりでこのお兄さん背が高く見えるわけだ、変に優しげな対応なのは小さな女の子が相手だと思ってるからか。


「……はい、どうぞ」

「ありがとう。……その、いつもそんな格好してるの?」

「へ?」


 そうか。今は変身中だから魔法少女の衣装なんだ。


「えーと、今日はその、たまたまです」


 あはは……。と笑って半分誤魔化す。


「そうなんだ、可愛いね。ありがとうございましたー」

「……」


 可愛いと言われるの、けっこう嬉しいものだな。

 しかし一体なんの荷物だ? ここ最近何も頼んでないんだけど。


「これは!」


 箱を開けると、そこにはもはや見慣れた可愛らしい、いかにもな魔法の杖があった。


「これでやっと戻れる!」


 魔法の杖のボタンを押すと可愛らしい服は消え去り、Tシャツ短パンのおっさんに戻った。


「ふぅ」


 それにしても本当に宅配かよ。普通に一般のお兄さんが届けてくれたんだけど。魔法の杖って天界の機密なんじゃなかったっけ?


「……まあいっか」


 それにしても、ものすっごい久々の開放感な気がする。考えてみればぷに助に騙されて間宮楓香まみやふうかの警護に行ってから公園で休憩しただけで、ずっと変身してたんだよな。こうしてちゃんと元に戻ったのは……12話ぶりかよ。どんだけ魔法少女やってたんだ俺。残業どころじゃないぞ。


「あとでぷに助を通して天界にキッチリ請求しないとな」


 とりあえずビールが飲みたいからと冷蔵庫を見たら、ちょうど切らしているという悲しみ。仕方ない、近くのスーパーまで行くか。

 一応、魔法の杖を小さくしてズボンのポケットに入れ、スマホと財布を持って買い物に行くため部屋を出る。アパートの階段を下りようとしたその時、野太い声が俺の足を止めた。


「おう、久しぶりじゃねえか兄ちゃん」


 聞き覚えのある声に振り返ると、命の恩人であり魔法少女となった俺への依頼主でもあるお隣さんのヤ○ザが、玄関ドアを開けて部屋から出てくるところだった。

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