第14話 黒衣の魔法少女

 普段の俺なら、考えるより先に体が動くなんてことは絶対にない。

 特に仕事は考えてから行動しないとミスが出る。ちょっとしたミスが命取りになるような仕事じゃないけど、些細なミスで取り返しがつかなくなることはある。


 なのに俺は、女性の悲鳴を聞いて即座に体が動いた。魔法少女になってることが影響しているのかは分からない。ただとにかく「助けなきゃ」と思った。

 例え、現場では無力な一人の女の子だとしても。


「くそっ!!」


 目の前で女性が魔物に襲われている。それを見ながら何もすることができない。分かってたはずだ。魔法の杖が無ければ魔法少女といえど無力に等しい。


 ――チャリン。


 地面に両手を叩きつけようと、両腕を振り下ろした勢いでポケットから飛び出したメダル。数少ない街灯の明かりに銀色の輝きを放っていた。


「――!」


『これは?』

『緊急用のSOS信号を出すものよ。魔物に襲われたりしたら、それを水に入れると周囲の魔法少女に伝わるわ』


 今、襲われてるのは俺じゃない。でも、目の前の女性ひとを救うにはこれしかない!


「誰でもいい! 助けてくれ!」


 俺はそのメダルを拾うと近くの用水路に投げ込んだ。水があるかどうかは正直賭けだったが、チャポンと音がした次の瞬間に稲妻のような閃光が目の前に走った。


「ぐっ!」


 あまりに強い光に思わず目を閉じる。閃光が落ち着いて目を開けると、目の前に見たこともない黒衣の魔法少女が立っていた。


「――呼んだのは、君か?」


 決して背が高いというわけではないはずなのに、すごく大きく見えた。いかにも少女ものといった可愛らしい魔法の杖すらも威風があるように見える。夜風に揺れる黒髪すら目を奪われる。


「おい、聞いているのか?」

「――あっ。はい、すみません」


 緊急事態だというのに、つい見惚れてしまっていた。


「危機なのは君じゃないのか?」

「えと、あっちに!」


 街灯がギリギリ届く薄暗い空き地、そこを指差した瞬間だった。黒衣の魔法少女が一瞬消えて、少し違う位置にまた現れた。その腕に襲われていた一般人を抱えて。


「え? ……え?」


 理解が追いつかない。まさか今の一瞬で魔物からその人を救い出したのか?


「驚いたな、民間人じゃないか」

「こんな、酷い……!」

「大丈夫だ、まだ息はある」


 魔物に襲われた女性は噛み砕かれたのか、脚がグチャグチャになっていた。正直グロ耐性は強くないので直視したくはなかったが、黒衣の魔法少女が平然としているのにおっさんの俺がビクビクと情けない格好は見せられないという謎の意地でなんとか女性を引き受けた。


「これを」

「え?」


 ポイっと投げられた物を受け取る。なんだろう、ピンク色のカプセルのようだ。


「――? まさか、使い方を知らないのか?」

「えと……はい、すみません」

「口に放り込めばいい。噛み砕いてもらっていいよ」

「分かりました!」


 言われた通り、カプセルを女性の口の中に押し込む。


「聞こえますか? このカプセルを……噛んでもいいので、飲み込んでください。それで良くなりますから」


 本当はどんなものか分からないが、この状況で渡された物で使い方を聞くに回復薬のようなものだろう。

 安心感を与えるように優しい声で話しかけると、女性は小さく頷いて口を動かす。口の中からパキッと音がして、しばらくすると足が仄かに光りだした。


「なんだ?」


 すると光は段々と強くなり、グチャグチャにされた脚が綺麗に治っていく。いや、これはもう再生と言っていい。


「これは……すごいな、これが魔法少女専用のアイテムってやつか?」


 結局ショップには行けなかったが、こんなすごいアイテムがあるのなら近いうちにぜひとも交換しておきたいものだ。

 光が収まっていくと、何事も無かったように足は完治していた。


「もう大丈夫ですよ」

「……あり……がと」


 疲れとショックからか、それだけ言って眠ってしまった。


「ふぅ……」


 俺も安堵のため息をつく。俺のせいで、というわけじゃないが、駆けつけたくせに救うことができなかったなんて魔法少女失格だ。


「……なんか、すっかり魔法少女やってるな俺」


 女性が落ち着いたところで魔物の方を見ると、薄暗い空き地を月明かりが照らすようになっていた。メダルに召喚された黒衣の魔法少女は狭い空き地の中で上手く立ち回っている。ただ、その魔法少女の戦い方は異質だった。

 魔法の杖が武器化したと思うと魔法が飛び、かと思えば魔物を殴る蹴る。まるで複数の魔法少女がそこにいるかのような戦い方だった。


「これって、あのとき俺がやった……デュプリケート?」


 間宮楓香と邂逅したさい、楓香を助けるために俺が使った魔法少女の技だ。葉道が言うにはかなり危険な技で、実際俺がやった時はほんの一瞬でもそのあと体が動かなくなった。

 ところがこの魔法少女は動けなくなるどころか疲れすら見えない。あるいはこれが熟練者のなせる技というやつだろうか?


「ギェエエエエ!!」


 翻弄される魔物は苛立つように声を上げて触手らしきものを一気に放つ。黒衣の魔法少女はそれを待っていたかのように小さな動きで全てを躱すと一瞬で肉薄し、魔法の杖を当てて「ピュアラファイ」と呟いた。『光の矢』と表現するのがしっくりくる、それほどに研ぎ澄まされた細く強い魔法が魔物を貫くと、力を失いその場に崩れ落ちる。


「……」


 言葉が出なかった。あまりに鮮やかな別次元の戦いを見せつけられて震えた。葉道歩夢とはまた違う洗練された強さ。力で圧倒するのではなく、流れるように制圧する戦い方。


「大丈夫か?」


 声を掛けられて、ハッと我に返る。


「はい、大丈夫です。おかげさまで、この女性ひとも無事です」

「そうか。――君は新人か?」

「えと、はい」

「名前は?」

「かえでです。姫嶋かえで」

「姫嶋、か」

「あの、あなたのお名前は?」

「ああ、私は……すまない、呼び出しだ。報告はそっちで頼めるか?」

「分かりました。急に呼び出してしまって、すみませんでした」

「気にするな。しかしまさか、私が呼び出されるとはな……」

「え?」

「なんでもない。杖が届くまではもう無茶はするなよ」

「あ、はい。すみません」


 頭を下げて謝って、顔を上げるとそこにはもう黒衣の魔法少女はいなかった。結局名前も分からずだったな、あとでぷに助にでも聞いてみるか。


「こんばんは!」

「うわぁ!?」


 あの子が消えたと思ったら、知らない女の子が文字通りいきなり目の前に現れたので驚いて尻もちをついてしまった。心臓が止まるかと思った。


「な、な、なんだいったい!?」

「あはは、そんな驚くとは思いませんでした、失礼失礼。私は事後処理部隊の安納真幌(あのうまほろ)と言います。よろしくお願いしますね」

「えと、はい……」

「……どうしたんですか? ずっと座ったままで」

「その……腰抜けたみたいで」

「そんなに驚かれたんですか?」

「あはは……」


 いい歳したおっさんが中学生くらいの女の子に驚かされて腰抜かしたなんて知られたら、笑い者だな。

 安納が手を差し出してくれたので、甘えて掴み立ち上がる。なんで女の子の手ってこんな柔らかくて気持ちいいんだろ?


「えーと、被害者はこちらの女性ですねー。……あら? 思ったより怪我が軽いっていうか、ほとんど外傷ないですかね?」

「ああそれは――」


 さっきまでここにいた謎の助っ人魔法少女について話した。すると安納は少し考え込むような顔になる。


「どうかした?」

「いえ、その……」


 間を置いてから神妙な面持ちで話す安納の言葉を聞いて、驚きのあまり絶句した。


「その黒衣の魔法少女というのは、存在しません」

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