第13話 チーム結成

 招集コールによって呼び出された葉道歩夢はどうあゆむは、魔法少女協会本部にある会議室の一室に入ったところで建物全体が揺れたのを感じた。


「おっと……?」


 倒れ込んでしまう程の揺れではなく、すぐに収まった。


 ――これは、やってるな?


 揺れの原因を察して、歩夢はニヤリと微笑む。


「ねーねー、今のって地震かな?」


 好奇心に目を光らせるのは、会議室の奥にいる水雲みずもあやだった。ピンクの髪をツインテールにした、ゆるふわな女の子。しかしその見た目によらず、歩夢と同じく10キロメートルエリア担当の実力派魔法少女である。


「んー? でも本部ってちょっとやそっとの地震じゃ影響無いんじゃなかった? ね、歩夢」


 入り口近くの椅子に座る小山内おさない空羽あきはは確認するように歩夢に同意を求める。同じく10キロメートルエリア担当で、ショートカットが似合う快活で明るい女の子である。


「あー、そうだったかな」

「歩夢ってば、また説明聞いてなかったんでしょ?」

「だって、アタシらは地震くらいでどうにもなんないじゃん?」

「そりゃあ、そうだけど」

「えー? 今の地震じゃないのー? ……じゃあ、なんで揺れたんだろ?」


 残念そうに言いつつ、絢はまだ気になる様子だった。


「……会議、始めましょう」


 ぼそりと、しかし凛として不思議と通る声でそう呟いたのは廷々ていでゆかり。腰ほどまで艷やかな黒髪を伸ばしたボーッとした感じの小柄な子で、どう見ても頼りないが、同じく10キロメートルエリア担当である。


「揃ったな、会議を始める」


 短く整えた黒髪が厳しさと理知的なイメージを与える東京本部本部長の阿山千景あやまちかげは、歩夢が来たことを確認して言葉を発した。


「あれ? でもまだ一人いなくない?」


 空羽の疑問に千景は「構わない。彼女は今別件で動いている」と答える。


「そうなんだ」

「それで? わざわざ招集コール出してアタシら呼び出したってことは、緊急事態とか?」


 歩夢は席に座りながら千景に訊ねる。


「それなんだが、実は少々困ったことになった」

「困ったこと?」

「ここ最近、魔物による民間人への被害が急増している」

「え? アタシらの対処が間に合ってないってこと?」

「いや、そうじゃない」

「私たちの網をすり抜けてる子がいるってこと?」


 絢の発言に皆がハッとなり、千景は「そうだ」と頷いた。


「知っての通り、魔法少女は魔物を感知できる。そこから逃れた魔物も本部が捉えて各担当に知らせて対処している。だが、それらをすり抜けている感知不可能な魔物がいるようだ」

「感知不可能ってことは、被害者の中に魔法少女もいるんですか?」


 ゆかりの一言に戦慄が走る。ただ一人、歩夢だけはその可能性を察していたようで「だろうね」と苦虫を噛み潰す。


「それで、魔法少女の被害状況は?」

「現在、分かっているだけで15人。うち2人は10キロメートルエリア担当の魔法少女だ」

「……アタシらも危ないってこと?」

「ああ。主力級でも油断すればあっさり殺られてしまうというわけだ。まあ今回の場合は、油断も何もあったもんじゃなかったろうがな……」

「どんな魔物なのか、見当はついてるの?」


 歩夢の質問に千景は一拍間をおいて「NOだ」と答えた。


「現在、技術班が総力を挙げて特定を急いでいるが、痕跡すら残さないこすい連中のようで苦戦している」

「連中……って、一匹じゃないってことですか?」


 連中という言い方に引っかかりを感じた空羽に「それも分からない。ただ、同時に2人襲撃された例があるらしい。技術班も上も魔物の数を決めつけるのは危険だと言っている。私も同意見だ」と千景は答えた。


「なるほどねー。それで、アタシらはどうすればいいの? まさか周知徹底のためだけに呼び出したわけじゃないでしょ? 千景さん」

「ああ。今回の事件はチームで当たってもらう」

「チーム?」

葉道歩夢はどうあゆむ水雲絢みずもあや小山内おさない空羽あきは廷々ていでゆかり、そして別件で来れなかった彼女を含めたこの5名で正体不明の魔物を討伐しろ」

「これはまた、面白そうなチームだね」

「やったー! 歩夢と一緒の仕事なんて久しぶりだね!」


 空羽は抱きつこうとして避けられ、床に倒れ込んだ。


「うぅ……ひ、ひどい」

「あんたは暑苦しいんだよ。ま、戦力としては期待してるけどね」

「うん、任せて!」

「私とは初めてだね、歩夢ちゃん」

「一応先輩なんだけどな……よろしくね、水雲」

「……よろしく」

「紫ちゃんもよろしくねー」

「さて、アタシは一旦戻るかな」

「戻るって?」

「期待の新人のとこ」


*   *   *


「ほんっっっとうに申し訳ありませんっ!!」


 俺は10年以上ブラック企業で培ってきた綺麗な土下座で謝罪した。


「いいわよ、そんな謝らなくて」

「で、でも……」


 仮想戦闘とはいえ、部屋を半壊させてしまったことを謝らないわけにはいかない。さっきから「ビー! ビー!」と警報も鳴りっぱなしだ。


「ここは練習用の部屋だし、壊れて困るようなものも無いから。――それに、ここまでとは私も思わなかったし」

「それは……私もです」


 今までも何度か魔法ピュアラファイは使ってきたけど、無意識のうちに力をセーブしていたようだ。葉道に言われて初めて全力全開で撃ったけど、巨大化したブルブッフの時の軽く倍以上。こんなの市街地で撃ったら間違いなく街が壊れる。これからは力の扱いに注意しなければ……。


「何事ですかー!?」


 警報を聞きつけたのか、職員らしき三編みのメガネっ娘がやってきた。


「あー、ごめんね。ちょっと新人の指導してたんだけど」

「新人の指導って……や、やりすぎじゃないですか優海さん?」

「え? いやいや違うよ!? 私じゃなくてこの子!」

「え?」

「仮想戦闘で練習用の魔法の杖持たせて、全力で魔法ピュアラファイを撃ってもらったら、こんな有様に……あはは」


 大きく抉れた地面と三分の二ほど壊れた天井照明、そして穏やかな公園の映像を映していた壁面のスクリーンが完全に機能停止しているのを見て、メガネっ娘は開いた口が塞がらないといった呆れ具合だった。


「あ、あなたが……これを?」


 俺のほうを見て念の為に訊ねるメガネっ娘に、俺は素直に「はい。た、大変申し訳ありません……」と再び頭を下げる。


「す……すごいじゃない!」

「え?」

「こんなにすごい器の持ち主なんて滅多にいないよ!」

「あ、えと、その……ありがとうございます……?」

「こんなに強いならすぐにでも10キロメートルエリア担当になれるね! 最短記録出るかもよ!?」

「え、そうなんですか?」

「うーん、最短記録抜くのは難しいんじゃないかなぁ」

「最短って、やっぱり葉道さんですか?」

「ううん、千夜ちよちゃん」

「千夜ちゃん?」

「魔法少女になってから3日で10キロメートルエリア担当になったの」

「み、3日!?」


 おいおい、葉道の一週間ですら記録的なスピードだってのに、さらに4日も短いのかよ。


「上には上があるんですね……」

「そうよー。ちなみにあなたは魔法少女になってからどのくらいなの?」

「えーと、もう10日以上は経ってます」

「ええ!? なんでまだ担当になってないの? なんで!?」

「それはアタシから説明するよ」


 いつの間にか戻っていた葉道が隣にいた。


「いつの間に……」

「ふふん、気配消すなんて楽勝だよ」

「お、お久しぶりです葉道さん!」

「うん、おひさー」

「え、知り合いなんですか?」

「うん、ここの技術班でね。アタシを担当してる人――の弟子」

「弟子?」

「あ、ごめんなさい、自己紹介がまだでした。小堂藍音こどうあいねと言います」

「どうも、姫嶋かえでと言います。……技術班の方だったんですか、職員の方だとばかり」

「あながち間違っちゃいないからね。――かえでがまだ昇格できてないのは、ぷに助の奴がヘマやらかしてるせいなんだよ」

「え? ぷに助?」

「そ。スレイプニルのこと」

「あっははは! 随分と可愛らしい呼び名になりましたね!」


 うん、この流れも大分見慣れたな。


 葉道が斯々然々かくかくしかじかとザックリ説明すると、「あー、なるほど。そういうことだったんですか。最短記録狙えたのに……もったいない」と小堂はガックリ肩を落とす。


「あはは。で、小堂はなんでここにいるの?」

「実はね……」


 逢沢が俺がやらかしたことを手短に説明する。


「あっははは! やっぱりねー、さっきの振動はそれかぁ」

「はい……申し訳ありません……」

「いいって、そんな謝らなくても。やれって言ったのアタシだし」

「ええ!? 葉道さんがですか!?」

「うん。器の強さは知ってはいたけどね。実際に遠慮なく手加減無しにやったらどうなるのか知っておきたくて」

「なるほど、そういうことだったんですね」

「で、二人とも感想は?」

「「バケモノ」」

「あっははは! だよねー!」

「バケモノ……」

「でも、器が強くても、それはそれで危険だわ」


 真剣な面持ちで話す逢沢に「えーと、魔物に狙われるってやつですか?」と訊くと、「ええ。それもあるわ」と意味深に言う。


「それも?」

「もっと危険なのは、魔法のアンコントローラブル。つまりその強大な力を上手く使いこなせずに暴走させてしまい、結果として暴発。街を破壊したり魔法少女を巻き込んでしまうことよ」

「――!」


 そうか、もし俺の力が暴走したら街や魔法少女を巻き込んで自爆する可能性があるってことだ。そしたら訓練室が半壊するぐらいじゃ済まないかも知れない。

 それを考えた瞬間、背筋に冷たいものを感じ戦慄した。そんな俺の肩に逢沢が手を置く。


「そうならないように、私がしっかり魔力のコントロールと戦闘技術を教えてあげるわ」

「逢沢さん……」

「優海でいいわよ、かえでちゃん」

「えと、……はい、よろしくお願いします。優海さん」

「では、私が姫嶋さん専用の訓練室を造りましょう」

「え? そんなことできるんですか?」

「もちろんです。魔法少女協会SMG東京本部はそのための施設ですから。それに私も一応技術班の端くれなので!」

「んじゃ、二人ともよろしくねー」

「あら、歩夢は任務?」

「うん、そういうこと。かえではとりあえず一旦帰ろうか」

「帰るって、医務室ですか?」

「ううん、自分の家にさ」

「え? いいんですか?」

「まあ最終判断はリネだけどね。こんだけ元気なら問題ないでしょ」


 葉道と一緒に医務室に戻ると、念のためにリネさんに診てもらうことになった。そしてその時ちょっとしたピンチになった。

 診察するのに服を脱ぐわけだが、自分が女の子の体だというのをすっかり忘れていた。耐性ゼロの俺には色々と刺激が強く、しかもグラマーな女医が至近距離でいい匂いして……頭がクラクラしてぶっ倒れそうになったのだ。言い訳するのに苦労した……。

 一通り終わると、もう大分回復していて問題ないとのことだった。


「すごいわねー、これだけ回復が早いなんて。やっぱり若さかしら……羨ましいわぁ」


 なんて言われたけど、中身がおっさんだと知ったらどんな反応をするのだろうか……。

 お礼を言ってお別れして帰ろうとすると、いつの間にか解放されたぷに助が玄関口で待っていた。


「ぷに助、久しぶりだな」

「スレイプニルだ。ふん、元気になったようだな」

「ああ。tre'sとお前のおかげでな」

「……すまなかった」

「へ?」

「今回は私の落ち度だ。お前の魔力切れを察せず、相手との力量差も見誤った。そのせいでお前は死にかけた。すまなかったな」

「な、なんだよ急に……」


 ――ったく……調子狂うな。


「……俺も、正直調子に乗ってた。ブルブッフとイブシャークも倒せたし、自分の魔法少女としての力を過信してたんだと思う。スレイプニルがtre'sを連れて来てくれなかったら、俺はもうここにはいなかったよ」

「なんで私が連れて来たと思ったんだ?」

「二人はスレイプニルが飛んできてくれて助かったって言ってたけど、思い出してよく考えたら方向がズレてたんだ。ワュノードに飛ばされたままだったらtre'sと合流できるはずがない。だから、スレイプニルが俺のことを知らせるために頑張ってくれたんだって、分かったんだ」

「……ふん、たまたまだ」

「ありがとな。……さーてと、狭いアパートに帰るかぁ」

「残りの時間は全て休養に当てていい。ゆっくり休めよ」

「マジか」

「マジだ」


 それから俺は協会本部を出るさいに家の近くまで転送してもらった。魔法少女としての力は失われているので飛べないし、アパートに直接送ってもらうと身元がバレてしまう。なので少し遠くにしてもらった。


「あ〜、疲れたぁ」


 無事、アパートに帰って布団を敷いて大の字に寝る。本当ならビールでも飲みたいところだが、買い置きは無いし買い物に行ける状態じゃないので水で我慢した。

 魔法の杖は2日ほどで自宅に届く手配になってるらしい。宅配便かよ。その間魔法は一切使えず、下手に外へ出れないので短いニート期間をダラダラ過ごすことにした。


「……でも、なんか忘れてる気がするんだよなぁ」


 まあ、思い出せないなら大したことじゃないんだろう。俺はそのまま惰眠をむさぼることにした。


*   *   *


 ……なんだ? 外が騒がしいな。

 ……誰だこんな時間に。


「キャー!!」


 その甲高く鋭い悲鳴で一気に覚醒した。


「なんだ!?」


 慌てて窓を開けて見るが、深夜1時で街灯も少ないこの辺りはほぼ暗闇で何も見えない。


「……気のせい、か?」


 夢の中の声だったのだろうか? 少し耳を澄ませても特に何も聞こえない。


「なんだよ……二度寝しよ」


 と、布団に潜ろうと思った瞬間だった。


「助けてぇ!!」


 今度はハッキリ聞こえた。若い女性の声で助けを求める声が。

 考えるより先に体が動いて外に出る。魔法は使えないが、あんな声を聞いて見過ごすわけにはいかない。


「はぁ、はぁ、どこだ!?」


 声は確かに聞こえた。なのに人っ子一人見当たらない。


「どういうことだ?」


 まさか幻聴……なんてことはないよな?

 と、今度はより近くで声が聞こえた。


「こっちか!」


 すぐ近くの空き地に、そいつはいた。


「た、助け……!」

「アアアアアア……器、オレ、喰う……」


 魔物だ。それもとびきり邪悪で強そうな。アナライズはできないが、おそらく特殊型のランクAだろう。今までとは比べ物にならない威圧感と底知れない恐怖感に体が硬直する。


「あ、あ、あああああ!!」


 ゴキッと鈍い音がした。足が喰われたようだ。早くしないと殺される!


「や、いやぁぁぁ〜!!」


 悲痛な叫びを前に俺は何もできないでいた。いくら魔法少女とはいえ、魔力も魔法の杖も無しには何もできない。自分の無力を、これほど呪ったことはなかった。


「なにも、できないのかよ……!」


 崩れるように両膝を地面について、両手を地面に叩きつける。


「くそっ!!」


 ――チャリン。


「え?」


 腕を振り下ろした勢いで飛び出したメダルが地面に落ちていた。


「――!」


 俺はそのメダルを近くの用水路に投げ込んだ。


「誰でもいい! 助けてくれ!」


 稲妻のような閃光が目の前に走ったと思うと、そこに立っていたのは見たことのない黒衣の魔法少女だった。


「――呼んだのは、君か?」

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