第11話 和服の魔法少女

 月明かり……ではなく街灯に照らされたワンピースの少女。その頭は90度に折れて、首や手足から触手がウニョウニョと何本も伸びてくる。


「こいつは魔物に寄生された人間だ!」


 魔物。悪意を持つ敵性魔法生命体で、その姿は天界関係者か魔法少女にしか見えず、この人間世界で魔物を倒せるのは魔法少女しかいない。


 だから魔法少女代行となってしまった俺は魔物と戦っているわけなんだが……。まさか人間に寄生する魔物がいるなんて、どう戦えと?


 触手は鞭のように攻撃してくる。歩道のタイルを破壊し、街灯のポールをくの字に曲げてしまった。

 簡単にひしゃげたけど、あのポールって確かスチール製だよね? あんなの喰らったら死ぬよね?


「アホめ、なにを遊んでおる!」

「これが遊んでるように見えるのか!」

「いいから早くアナライズせんか!」

「分かってるよ!」


 魔法の杖を魔物に向けると、魔物は何かに反応して明後日の方を振り向く。そこにはサラリーマンのような男性がいた。


「ったく、部長の野郎よぉ〜、何様だってんだバカヤロー!」


 酔っているのか、千鳥足で足元がおぼつかない。

 なんだかいきなり現実に引き戻されたような気分になる。俺は泥酔するまで飲むことはしないが、同僚や先輩には何人かいる。面倒くさいったらない。


「誰が実務やってっと思ってんだぁ!?」


 気持ちが痛いほどよく分かる。この人とは一緒に酒が飲めるかも。


「なんて言ってる場合じゃないな、アナライズ!」


 魔物の情報が視界に表示される。特殊型のランクB・ワュノード。なんて発音するんだこれ?


【人間に寄生する魔物。人間の感情に引きずられてしまうため宿主が寝てから活動する。主に魔法少女を狙う。強靭な触手は厚さ10ミリの鉄板をやすやすと貫通する】


 10ミリの鉄板を貫通するって……人体なんざ余裕でミンチじゃないか。


「ぷに助、このまま魔法撃ってもいいのか?」

「大丈夫だ。奴が表に出ている時なら宿主に害はない」

「よし、そういうことなら!」


 魔物の動きが止まっている今のうちに魔法の杖を構える。――意識集中コンセントレーション


「ピュアラファイ!!」


 ――プスン。


「へ?」

「……」

「……」


 3人して固まる。と、魔物は再び狙いを俺に切り替えた。


「キャハハハハ! 魔力切れの魔法少女など恐るるに足らず!」


 超高速で触手を放ってきた。咄嗟に魔法の杖でガードするも、鉄のように硬い杖が一瞬で壊されて鳩尾あたりに触手が直撃する。


「ぐぅふっ……!!」


 メリメリメキメキと嫌な鈍い音がして吹き飛ばされて歩道に転がる。全身あちこちが痛い。


「かえで!!」


 息が上手くできない。腹というか胸のあたりが燃えるように熱い。


「ゲホッゲホッ!」


 歩道のタイルが赤く染まる。口の中に広がる鉄の味。どうやら吐血したようだ、人生初だな。


「あぐっ……!」


 咳をしたり呼吸するだけで胸に激痛が走る。どうやら肋骨が逝って肺を傷つけたみたいだ。

 漫画とかで「肋骨が2,3本やられたな……」とか言ってるシーンあるけど、こんな激痛でどうしてあんなクールに言えるんだ。ひたすら我慢してるのか?


「ゲホッゲホッ!」


 咳と吐血が止まらない。医学に疎い俺でも分かる。このままじゃ死ぬ。


「かえでー!!」


 ぷに助が珍しく俺を助けようとしてくれてるが、思ったより自由自在に動く触手はぷに助の小さい体ですら通れないように阻んでいる。


「おのれ……! 調子に乗るなよ雑魚が!」

「ぷに助……?」


 急にぷに助――スレイプニルの魔力が上昇していく。ぬいぐるみの体が光り輝いて――


「小賢しいわ!」

「ぬぉぉぉ〜!」


 なにやらすごいことをやろうとしていたらしいぷに助は、魔物の一撃で空のお星さまとなってしまった。なんだったんだ、いったい……。


「ふぅぅ……。さて、器を頂くとしようか」


 魔物が俺を触手で捕らえる。魔力も体力も尽きて魔法の杖もなく、俺は死を覚悟した。――その瞬間、ブチブチと断ち切られた触手は力を失い、俺は解放されて誰かの腕に抱かれた。


「ふぅ、間に合いましたわね」

「だ……れ……」


 意識が遠のきそうになりながら言葉を振り絞ったが、小さすぎて聞こえないようだ。

 和服の魔法少女、腰ほどまである長い黒髪に涼やかな目元。和美人といった印象だ。


「神楽、任せていいかしら?」


 和美人の魔法少女が神楽と呼ぶもう一人の魔法少女は金髪のツインテールで、赤の和服が妙に似合う。


「オッケーオッケー、こんな雑魚いのアクビしてても浄化できるや」

「油断は禁物ですよ」

「ヘーキヘーキ、ワュノードなんて飽きるほど狩ってるや」

「おのれ……! 応援の魔法少女か!」

「ヤーヤー、あまりに反応弱くて特定するのに苦労したけど、スレイプニルが飛んできてくれて助かったや」


 ぷに助が……飛んできた? そうか、触手に殴られて偶然この2人の魔法少女のところへ飛ばされたのか。


「さっさと片付けてしまいましょう。この子、早く治療しないと危ないわ」

「オッケーオッケー、アタックウェポン、チェ〜ンジ!」


 神楽は魔法の杖を巨大な大剣へと武器化させる。


「なんだ……そのバカでかい剣は……」


 神楽の身長は150センチくらい。武器化した大剣はその倍以上はある。


「あなたがたワュノードが貫ける鉄板の厚さは最大20ミリ。しかし神楽の大剣は刃の部分を除いて20です」

「だ、だが、そんなバカでかいものを振り回すなんて……」


 小柄な神楽は、小枝を振り回すようにブォンブォンと低い唸りをあげて大剣を振り回す。

 魔物ワュノードは悪あがきのように鞭のような触手を神楽に向けて放つ。だがその触手は、大剣のひと振りで全てズタズタにされてしまった。


「く、くっそぉぉぉ!!」

「バイバイ〜」


 振り下ろされた大剣に潰されて、魔物ワュノードは浄化された。


「オッケーオッケー、お仕事完了したや」

「さて、では本部へ行きましょうか」


 和服の魔法少女コンビに助けられた俺は、そこで意識が途絶えた。


*   *   *


 目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。――もう三度目だ。今度はどこだここ?

 見渡してみると、どうやら医務室のようだった。病院とは少し違う。どちらかというと学校の保健室のような部屋だ。


「あら、目が覚めた?」


 声に振り向くと、そこにはグラマーな女医さんがいた。


「え……と」

「あなたはね、魔物との戦いで傷ついて倒れたのよ。応援に駆けつけたtre’sが保護してくれて、ここまで運んでくれたの」

「トレズ……?」

「ああ、そういえばあなたは新人さんで知らないのね。tre’sっていうのは100キロメートルエリアを担当してる二人の魔法少女のコンビ名のことよ」

「ひゃ、100キロメートル!?」

「あら、初めて聞いた?」


 聞いたのは二度目だが、本当にそんな化け物みたいな魔法少女がいたことに驚いた。そういえば薄れゆく意識の中で、巨大な剣を振り回してた子がいたような……。


「あの大きな剣を振り回してた子がそのtre’sなんですか?」

「あら、覚えてるの? そうよ、その子が神楽・ソランデルさんといって、金髪がとても綺麗なの。もう一人はザ・大和撫子って感じの的場奏雨かなめさんね」

「二人で100キロメートル担当なんですか?」

「んー、事情があってね。本来は二人とも同じような実力者よ」

「えっ、ていうことは、100キロメートルエリアの実力者二人がコンビで担当してるってことですか?」

「そういうこと」


 ただでさえ貴重な戦力がコンビだなんて、それだけ危険なエリア担当ということなのか?


「すみません、お世話になってしまったようで」

「ああダメよ、まだ動かないで」

「え、でももう動けますし」

「若いからよ。まだダメージ残ってるんだから、安静にしてなきゃダメよ」


 いや、中身はあまり若くないんですが……。

 そうか、それでも魔法少女としての肉体は若いから多少の無茶はきくのか。


「あれ? そういえば……」


 魔法の杖壊れたのに魔法少女のまま? どういうことだ?


「そうそう、魔法の杖なら修理に出されてるわ」

「修理っていうと、天界ですか?」

「そう。だからしばらくはそのままだけど、我慢してね」

「ああ、いえ大丈夫です」


 今はむしろ、そのほうが都合が良い。こんなところで変身解除してしまったら人生終了間違いなしだ。


「ところで……ここってどこなんですか?」

「そっか、新人さんは知らないもんね。ここは魔法少女協会SMGの東京本部よ。魔法少女専用施設でもあるわね」

魔法少女協会SMG……施設?」

「訓練したり勉強したり治療したりする、総合施設ね」

「そんなものが、東京に?」

「ええ。もちろん、民間人には分からないようになってるわ」


 魔法少女の協会なんてものがあるのか。本部ってことは、日本全国に支部があるわけか。思ったより組織的なんだな。


「それで、えーと……」

「かえでです。姫嶋かえで」

「かえでさんね、しばらくは魔法が使えないから、これ持っててね」


 女医さんが渡してくれたのは、小さな銀色のメダルのようなものだった。


「これは?」

「緊急用のSOS信号を出すものよ。魔物に襲われたりしたら、それを水に入れると周囲の魔法少女に伝わるわ」

「水に? もし水が無かったらどうすればいいんですか?」

「えーと……そうそう! あとね」


 おい、水に入れる以外に使い方は無いのかよ……。


「葉道さんが会いに来てたわよ。あなたって新人なのに人脈すごいのね」

「葉道さんが?」

「ええ。なんでも……ぷに助? を締めに来たって」

「あっ」


『守れなかったらテレビ局に売っぱらうから』


 そういえばそんなことを言ってたな……。


「ほら、噂をすれば」

「え?」


 医務室のドアを開けて、赤い髪の魔法少女が入ってきた。


「かえで!」

「葉道さん」

「大丈夫? 痛むとこは?」

「え、いや、大丈夫ですよ?」

「こらこら、私が治療したんだから痛むわけないじゃない」


 そういえば、あれだけの重傷だったのにもうすっかり回復している。これも魔法なんだろうか?

 女医さんに気付いた葉道は、緊張が解けてホッとしたようだった。


「……ああ、リネだったのか、良かった〜」

「すみません、ご心配おかけして」

「いいよ、無事なら。ていうか魔力切れなら仕方ないよ、全面的にぷに助が悪い」

「ぷに助? そういえば誰のことなのそれ?」

「ああ、スレイプニルのことだよ」

「スレイプニル……プニ……ぷに助?」

「そっ、かえでがね、ぬいぐるみみたいだからって命名した」

「ぷっ、ぷに助……フフッ」


 どうやら、女医さんにもウケたらしい。わりと幅広くいけるなぷに助。良かったじゃないか。


「それで? ぷに……ぷに助は……どこに?」


 プルプルと笑いを堪えながら女医さんは葉道に訊ねる。


「ゼンコの練習台にしてる」

「あ〜、なるほどね。フフッ」


 どうやら魔法少女の訓練用に使われているらしい。苦労してるんだなあいつも。


「さて、ちょうどいい機会だから、かえでに施設の案内と魔法少女についての授業するか」

「でも、まだ安静にって言われましたけど……」

「そうなの?」

「まあ、葉道さんが付いてるなら大丈夫でしょう。施設館内だけならね」

「分かった。じゃあ、かえで借りてくね」


 葉道に手を握られてベッドを下りる。女の子の手を握るとかもう何十年ぶりだろう。小学生の頃に2,3回あったかな?


「すみません、じゃあ行ってきます」

「気をつけてねー」


 医務室を出ると、白い廊下がずーっと遠くまで続いていた。


「長いですね……」

「ここは直線で10キロメートルくらいあるかな」

「ええ!?」

「あはは! やっぱり最初は驚くよね」


 いや、驚くなんてもんじゃない。東京にこんな大きな建物あったか? いや、見えないようになってるとは聞いたけど、それにしたってこの廊下だけで10キロメートルとか長すぎだろ。


 仮に東京都心でないにしても、そんなバカでかい建物があれば不自然に地図が空白になってバレる。いったいどんな魔法を使ってるんだ……?


 しばらく歩いて、24番という番号の扉の前に来た。


「ここは?」

「かえでに魔法少女のことをもっとちゃんと知ってもらわないといけないからね、そのための先生がいるとこだよ」

「先生?」


 部屋に入ると、そこはとてつもなく大きな空間になっていた。東京ドームと同じくらいの広さに草木や花がいっぱいの公園のようだ。


「おーい!」


 葉道が呼びかけるが、近くには誰の姿も見えない。


「あれー? どこ行っちゃったかな? おーい!」


 探していると、遠くの方に人影があるのを見つける。


「ああ、いたいた」

「あの人が?」

「そうだよ。今射つところだね」

「射つ?」


 その人は魔法の杖を武器化で弓にすると、流麗な所作で弓を引く。綺麗な射型だ。


 ――リン。


「なんの音だ……?」


 ――キュンッ!


 放たれた矢が遠くにある的に当たる。バチバチと電気のようなものを纏ったと思うと、大きな爆発を起こした。爆風がここまで押し寄せてくる。


「うわぁ!?」

「すごいでしょ?」

「あ、あれも魔法なんですか?」

「そうだよ」


 射ち終えた魔法少女がこちらに気付いてやってくる。

 tre'sのように和服だが、あの二人とはまた違った美しさがあった。黒髪は後ろでまとめてあり、それがなんとも言えない色気を醸し出していた。


「はーい、歩夢。元気してた?」

「まあね。紹介するよ、この子は新人のかえで。かえで、この人が先生役の優海さん」

「姫嶋かえでです。よろしくお願いします」

「初めまして、逢沢優海あいざわゆみです。よろしくね」

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