第10話 魔法少女は選ばれし者?

「ん……」


 意識が戻ると、そこは見知らぬ部屋だった。……あれ? なんかデジャヴュじゃないか?

 今回は病院ではなさそうだ。誰かの部屋……暗くてよく分からないが、フローラルな良い香りがする。


「目が覚めた?」


 ガチャッとドアが開いて明かりが射し込む。と、部屋の電灯が点いて一気に世界が明るくなる。


「……っ!」

「ああごめん、眩しかった?」

「ここは……?」

「ん? アタシの部屋」

「そうですか……あたしの部屋?」

「そうだよ。新人ちゃん道端で倒れてるのたまたま見つけてさ、放っておくわけにもいかないし、とりあえず連れてきた」

「てことは……」


 ここは、まさかティーン女子の部屋!?


「ごごご、ごめんなさい!」

「ん? なんで謝るの?」

「えーと、だってその……女の子の部屋に……」

「え? 何言ってんの、新人ちゃんだって女の子じゃん。へんなの〜」


 あはは、と笑うその女の子は、初日に俺を助けてくれたあの赤い子だった。確か名前は――


葉道歩夢はどうあゆむ……さん……?」

「なんだ、アタシのこと聞いたの?」

「えーと、はい。別の魔法少女から」

「ふーん。まあ、べつに隠してるわけじゃないからね」


 葉道は勉強机の椅子に座って俺をじーっと見つめる。……そんなに見られると照れる。


「新人ちゃんの名前は?」

「え?」

「ほら、アタシばかりじゃ不公平じゃん? なんて名前?」

「あ、えーと……」


 一瞬考えて、あの名前を思い出す。


「姫嶋かえでって言います」

「ふーん……いい名前じゃん。姫嶋……かえでって呼んでいい?」

「え? はい、いいですよ」

「かえでは、なんであんなところで倒れてたのさ?」

「えーとですね……」


 下手に誤魔化せるものでもなさそうなので、秘密だけは隠したまま間宮楓香のことを話した。


「……ふーん、魔物に狙われる女の子ね」

「はい。その子を守れってぷに――スレイプニルに言われて」

「あはは、いいよぷに助で。そのほうが面白いし。でも、なんでかえでがそんなこと? 天界にだってそういう守る仕事してるやついるのに」

「そうなんですか?」

「うん。特に魔法少女じゃなくなった人を守るためにね」

「え? それってどういう……?」

「魔法少女っていうのは、魔法の杖と魂が魔法契約によってリンクすることで誕生する。ていうのは、ぷに助から聞いたよね?」

「はい」

「その契約が満了した人は元の日常生活に戻れるわけなんだけど、魔物からは狙われ続けるんだよ」

「どういうことですか!?」

「契約が満了して無くなるのは魔法の杖だけ。器や魔力はそのままなんだよ。だから魔物に狙われ続ける」

「そのための……護衛部隊?」

「そういうこと。魔法少女じゃなくなると、魔物が見えなくなるし感知もできなくなるからね、自衛は不可能になるんだよ」

「じゃあ……魔物に襲われてる人達って……」

「うん。半分くらいは魔法少女だよ。引退組含めたね」


 俺は、イクサという魔法少女の天敵ともいえる魔物が言ってたことを思い出した。


『お前達魔法少女の存在理由レーゾンデートルを知っているか? お前達はこう聞かされているはずだ、我々を討伐するためだと。しかしそれは違う。お前達は我々の食料としてこの世界に放たれているんだよ。上物の、極上の食料としてな』


 魔物に襲われる人間の半分は魔法少女。しかも現役を引退した人までが襲われる。ということは、器を持つ人間なら誰でも襲われるということになる。


 もしかして、そのために魔法少女というシステムがある……?

 魔法少女になりさえすれば、魔物に対して自衛できる。そのぶん危険と使命も付いて回ることになるが……。


「さて、ここで問題。日本にいる魔法少女は何人いると思う?」

「えーと……」


 確か以前、ネットニュースで見た若い女性の人口はおよそ300万人。仮に3割だとすると90万人……いや、そんなに多くはないか?


「10万人くらいですか?」

「あっははは! そんなにいないって!」

「え?」

「日本にいる魔法少女はね、全部で1000人だよ」

「1000人!? たったそれだけなんですか?」

「そう。定数があるらしくてね、最大数が1000人なんだってさ。じゃあ次の問題。魔法少女候補とされる、器を持つ人は何人いるでしょうか?」

「えーと……10万人?」

「ブブー、正解はおよそ200万人」

「そんなにいるんですか! 200万人の候補から1000人しか選ばれないなんて、まさに選ばれし者ですね……」

「うーん、でも実際は選ばれないほうが楽だよ」

「ああ……それは分かります」


 魔法少女になって早10日ほど。たったこれだけの間にまあ色々あった。特に今日は死にかけながら戦ったし。魔法少女もブラック戦士とか世も末だ……。


「それに、倍率すごいからってみんながみんなエリートってわけじゃないし」


 そうだ。考えてみればおかしい。それだけの高倍率で厳選すべきなのに、どうして葉道みたいな人ばかりを選別しないんだ? 葉道がレアケースなのか、他に理由があるのか……。


「それで、エリア担当があるんですか?」

「そう。アタシみたいなカバーできる人は10キロメートルエリアとか広域を。あまりカバーできない人は1キロメートルとか手の届く範囲でね」


 そういえば、柴田も1キロメートルエリアって言ってたっけ。


「1キロはわりと少ないんだよ。一番多いのは5キロで、一番少ないのが100キロ担当で10人」

「100キロメートルエリア!?」

「ああ、いるんだよそういう化け物みたいな魔法少女がね」

「えぇ……その範囲全部カバーしてるんですか?」

「いやー、さすがにそれは無理でしょ。テレポだってそんなホイホイ使っていいもんじゃないし。エリア担当っていうのはカバーもそうだけど、他の人の手に余るような魔物を優先的に受け持つんだよ」

「テレポ?」

「ああ、あれだよ。魔法少女ポイントMPで交換できるアイテム。指定座標か魔法少女のいる場所へ瞬時に移動できるスグレモノ」

「めちゃくちゃ便利ですね。――そういえば、MP没収されると魔法少女じゃなくなるって、どういうことなんですか?」

「あれ? まだ聞いてなかったの?」

「はい……ぷに助に聞こうにも、しょっちゅう天界行っちゃうので……」

「あはは、そりゃ大変だったね。あいつもあいつで忙しいだろうけど、でも職務怠慢だねー、それくらいは教えないと。しょうがない、特別に教えてあげよう」

「いいんですか?」

「うん。ここまで話してて秘密っていうのも可哀想でしょ」

「ありがとう、ありがとう……」

「泣くほどかよ。えーと、まずは魔法少女のコストから話したほうがいいのかな?」

「コスト?」

「魔法少女には維持コストっていうのがあって――」


 うっ……なんかサラリーマンのほうの仕事を思い出す……。


「って、大丈夫? なんか顔色悪いよ?」

「いえ、大丈夫です……続けてください」


 これはもうアレルギー的な反応だ。慣れているとはいえ、やはりコストと聞くとそれだけで頭が痛くなる……。


「そう? じゃあ続けるね。維持コストっていうのは、魔法の杖と魂のリンクを維持するためのものだよ」

「魔法契約って、器とか魔力じゃなくてMPで維持されるんですか?」

「そう。例えるならゲーム内通貨を支払って維持してる感じ?」

「はぁ……」


 確かに魔法少女はゲームライクなところがある。しかしまさか魔法契約という重要な部分までゲームライクになってるとは……。


「で、一週間討伐数ゼロ。つまり魔法少女として活動してない人へのペナルティとしてMPが没収されるわけ。そこから24時間以内にMPを10以上集めないとゲームオーバー」

「MP10でいいんですか?」

「うん。魔物から得られる最低ポイントは1だけど、小型のランクBか中型のランクC倒せばそれだけで10ポイントだから、ペナルティはよほど怠けてるか苦手な人じゃないとまずないんだよ」


 その苦手な人が柴田だったわけだ。

 10MPすら稼げないあの子にとっては、本当に辛いんだろうな、魔法少女は……。


「さて、じゃあお待ちかねのアイテム交換について――」


 と、葉道が説明しようとしたら、ぬいぐるみが乱入してきた。


「くぉの愚か者めがぁぁ!!」


 突然、仰角45度から現れたぷに助は俺の頭にトルネードスピンキックをかましてきた。


「〜っ! この――」


 いつものように「この野郎!」と叫ぼうとして、葉道が見ていることに気付く。キャラ崩壊なんてもんじゃない。正体がバレてしまう。


「ぷに助ぇ……」


 頭(?)を鷲掴みにして握り潰す勢いで力を入れる。本来の俺は大した握力じゃないが、魔法少女に変身している時はいい感じに力が出る。


「痛たたたたたた!! やめ、ちょ! 出るっ、何かが出ちゃぅぅ〜!!」

「何が出るんだろうね〜、杏仁豆腐でも飛び出るのかな?」


 ギリギリギリ……と力を入れていると、「かえで、そのへんにしないと話聞けなくなっちゃうよ?」と葉道に言われ、不完全燃焼ではあったが手を離した。


「たく……」

「あ〜痛ったぁ……この怪力娘め……ん? かえで?」


 ぷに助は誰のことだとキョロキョロする。


「かえでだよ、かえで」


 まさか……と俺を見るので、頷いてやった。


「ああ! そうそう、かえでだ!」

「なにそれ、変なやつ。なにしに来たの?」

「いえね、かえでにちょっとお説教をですね」

「お説教? かえでが何かしたの?」

「何かしたどこじゃないですよ! デュプリケートです!」

「ええー!? かえで、もしかしてあんたが倒れた原因って……」

「えっと……魔物と戦ってから急に疲れた感じになって意識が遠のいて……」

「その時、魔法以外の攻撃も使ったでしょ?」

「はい、最初は武器化で戦ってたんですけど、敵が素早くて……それで魔法ピュアラファイを乗せたんです」

「アチャー……いや、でもこれはぷに助の説明不足だからね、責任はあんたにあるよ」

「えええええ!?」

「えーじゃないよ、戦闘スタイルの併用は危険だって、ちゃんと教えてれば問題なかったわけだし」

「うぅ……」

「えーと、それがデュプリケートなんですか?」

「そう。デュプリケートっていうのは複製とかの意味だけど、魔法少女の用語としては戦闘スタイルの併用のこと。最初に戦闘スタイルを決めてって言ったのは、一つにしないと危険だからなんだよ」

「どうしてですか?」

「力の使い方が全然違うからだよ。例えばアタシはコンバットスタイルだけど、これは肉体強化みたいに思ってもらえばいいよ。身体に魔力を使ってるわけね。でもマジカルタイプは放出するから、魔力は外に向ける。使い方が正反対でしょ?」

「は、はい……」

「武器化した魔法の杖に魔力を纏わせるなんて、逆流させるようなもんだからね、過負荷で体がやられちゃったんだよ」

「そうなんですか……」

「まあ他にも回路がどうとかあるけど、難しい話はまたぷに助にでも聞いてよ」

「はい、分かりました」

「それで、かえではどうする? 泊まってく?」

「え?」

「アタシは全然構わないけど。そんな状態で何かあったらアタシも責任感じちゃうし」

「じゃあ、おこ――」


 お言葉に甘えて。と言おうとしてぷに助の視線にビクッとなる。

 そりゃそうか、泊まるとなると変身解除しないといけない。解除しないままなんて不自然極まりない。


「あーと、帰りますよ」

「そう? 本当に大丈夫?」

「はい。ぷに助もいますし」

「あんま頼りにならないと思うけど」

「なにをおっしゃいますか! 私が守ってみせます!」

「ぷに助……」

「ふーん、じゃあよろしくね。守れなかったらテレビ局に売っぱらうから」

「うぐっ……だ、大丈夫ですとも!」


 テレビ局に売ったら間違いなく大騒ぎになるだろうな、それはそれで見てみたい気もする。


「じゃあ、お邪魔しました」

「うん、またねー」


 葉道の家を後にして、すっかり深夜になってしまった道路を歩く。寒いぐらい涼しい夜風が吹いて、スカートはこんなに寒いのかと思い知った。


「ところで、かえでとはなんだ?」

「え? ああ、楓香ちゃんに名乗る時に使った名前だよ」

「なに!? 間宮楓香に会ったのか!」

「ああそうそう、楓香ちゃん見える人間だったみたいだぞ」

「なんだと!?」

「ぷに助も知らなかったか?」

「知ってたらお前に警護なんて任せられるか! それで、バレてはないのか?」

「ああ、なんとかね。魔法少女も伏せてある」

「よく誤魔化せたものだな……それで、なんでかえでなのだ?」

「ああ、俺の名前が楓人あきとだから、そこから一文字取って女の子らしくかえでにした。姫嶋は……昔、知り合いに見せられた魔法少女もののアニメのキャラの苗字だよ」

「なんともオタッキーだな」

「ほっとけ。他に思いつかなかったんだよ」

「ということは、今後は魔法少女かえでというわけだな」

「魔法少女かえでか……悪くないな」

「ふん、そう言ってられるのも今のうちだ。お前はこれから忙しくなるぞ」

「え? なんで?」

「お前は5キロメートルエリア担当になった。これからは大型との戦いが増える」

「ふーん、そうなんだ。……はぁ!? 俺がエリア担当!?」

「そうだ。異例の人事だぞ、主任クラスだ」

「そんなことはとうでもいいわ! なんでいきなりエリア担当になるんだよ!」

「お前の魔法少女としての適性の高さ、器の強さと楓香を守った実績からだな」

「今日の仕事がもう反映されたのか? 早すぎだろ」

「仕事が早いと言ってくれ」

「……なぁ〜んか怪しいな」

「な、なにも怪しくなどないわ!」

「ふーん……にしても、柴田より上行っちゃったか……」

「柴田?」

「1キロメートルエリア担当の子だよ。ブルブッフ戦で乱入してきたんだ」

「ふむ……聞いたことないな、1キロメートルエリアは把握しておらん」

「ああ……やっぱり認知度低いんだ?」

「1キロメートルエリア担当は、言ってしまえば救済措置だ。魔法少女は簡単に辞めるわけにはいかないからな、もう後がないぞという意味だ」

「つまり、リストラ候補か」

「お前達の世界で言えばそんなようなものだ」


 魔法少女の世界にもリストラがあるのか……なんともやりきれない気持ちになる。


「定員数1000名のうちの何人くらいがリストラ候補になるんだ?」

「5〜20名ほどだな」

「ふーん……どうして葉道さんみたいな魔法少女を量産しないんだ?」

「アホめ。逸材を取り尽くしてしまったらそのあとに補充される魔法少女の質が落ちて強力な魔物に対抗できる者がいなくなってしまうだろうが」

「やっぱり葉道レベルの魔法少女は貴重なんだ?」

「当たり前だ。100万人の中で数十人ほどしかいないんだからな」

「うわぁ……そりゃ少ないわ」


 話しながら歩いていると、少女が一人街灯に照らされて立っていた。寒い夜なのにワンピースの薄着で、メガネのせいか地味な印象だった。


「大丈夫?」


 声をかけてから思い出した。魔法少女の声も姿も民間人には分からないんだった。

 ところが、少女は虚ろな目でこちらを見つめる。


「……あなた、魔法少女?」

「え?」

「気を付けろかえで、こいつからは魔物の気配がする」

「魔物の気配?」

「魔物と戦った直後か、もしくは――」


 と、少女は突然顔を歪めてケタケタと笑い出した。


「なんだ!?」


 首が折れて、中から触手が伸びる。


「うぇぇぇ!?」

「魔物に寄生された人間だ!」

「寄生って、ええ!? ちょ、なんだよこれエイリアンみたいでキモっ!」


 首だけじゃなく、手足からも触手が伸びてそこらを鞭のように攻撃する。歩道のタイルは破壊され、街灯のポールがくの字に曲げられる。


「アナライズだかえで!」

「分かってる! ――アナライズ!」


 データベースにアクセスする。と、魔物の動きがピタッと止まる。その視線の方を見ると、サラリーマンらしき男性がいた。

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