第9話 私の名前は、

 ――あらすじ。

 ひょんなことから魔法少女(代行)になってしまった楓人あきとは、天界の使者スレイプニルにハメられて有給休暇中に間宮楓香まみやふうかの警護をすることに。

 魔法少女、柴田雫しばたしずくの乱入というハプニングがあったものの、楓香を狙う魔物を討伐することに成功する。

 あとは帰るだけ。……のはずだったのに、うっかり魔法少女の変身を解いてしまった楓人は再度変身。たまたま近くにいた雑魚魔物を倒したところを楓香に目撃されてしまった――。


*   *   *


 たまたま、夕涼みに散歩していたらあっという間に日が暮れてしまって、でも夜風が心地良いのでそのまましばらく歩いていた。

 そしたら、あの子に出会った。学校帰りの事故で助けてくれた、白昼夢の子。今度はハッキリと見えた。思った通り、私がデザインしたロリータファッションによく似ている。というか酷似している。


「あなた、誰?」


 意を決して呼びかける。すると、その子は驚いた表情かおでこちらを振り向いた。なにをそんなに驚くのだろう? ロリータファッションを見られたのが恥ずかしいのだろうか?

 でも、彼女の驚きはそういったものじゃなかった。「見られちゃった! どうしよう……」というのではなく、どちらかと言うと「見られた!?」という感じだ。


「えーと……」


 とても言いづらそうに言い淀む。よほど後ろめたいことがあるのか……まさか、私のデザインノートを盗んだ? でも、こんな子はクラスで見たことないし、学校でも見かけたことはない。まあ、女子生徒全員は把握できてないけど。


「その服……」


 ストレートに指摘してみた。しかし、彼女はきょとんとして「へ?」と間抜けな声を出す。


「どこで買ったの?」


 その質問の効果は抜群だった。明らかに挙動不審であたふたする。「えーと、その……これはね……」と言い訳を探して視線が彷徨う。

 間違いない。この子は私のデザインノートを見て盗んだんだ。

 べつにデザイナーなわけでもないし、盗み見られたからといって損害を被ったわけでもない。でも、いい気はしない。


「当ててあげようか?」


 イタズラっぽく微笑んで言うと、またきょとんとした顔で「え?」と固まる。でも、違和感があった。その顔は「バレた!?」というより、本気で「なんのことだろう?」と思ってる顔だったからだ。

 まさか……偶然同じデザインを作った?

 そんなバカな。似てるならまだしも、似すぎてる。酷似といっていいデザインの服を作ったなんて、いったいどんな奇跡だというのだろう?


「私の、見たでしょ?」


*   *   *


 くっそ! こんな肝心な時に魔法通信繋がらないなんて、どこにいるんだぷに助の野郎!


 目の前にある最大のピンチに動揺が隠せない。楓香の質問にも困るが、それ以上に困惑しているのは、姿ということだ。

 魔法少女を知覚できるのは同じ魔法少女だけ。楓香は魔法少女の契約を交わしていない。なのに見えてる……。

 ぷに助は、まれに見える人間もいるとは言っていた。でも、それがよりによって間宮楓香だなんて!


「私の、見たでしょ?」


 さっきから楓香の関心はどうやら俺の着ている魔法少女としての衣装らしい。私のを見たとはいったいなんのことだ? 楓香の服を見て真似たと言いたいのだろうか?


「えーと……見てないけど……」


 正直に答えると、明らかに訝しむように俺の顔を見る。どうやら誤解があるようだ。


「あの――」

「……なに?」


 誤解を解こうとして固まった。なんでよりによってこんな時に魔物が現れるんだ!?


「……アナライズ」

「え?」


 聞こえないように小声でボソッと言うと、楓香は聞き取れなくて聞き返す。でも、今はそれどころじゃない。

 中型のランクC・イブシャークという馬のような魔物は楓香の背後にいきなり現れた。

 データベースによると、特徴はとにかく足の速さにあるらしい。その瞬間加速は目で捉えることは不可能。しかも攻撃を見切る能力に長けているため、イブシャーク相手に慣れた人か、実力者でないと攻撃を当てることすら難しいようだ。


 俺の攻撃手段は今の所はピュアラファイしかない。しかも意識集中コンセントレーションが要る。それにさっき小休止しただけで、わりと疲れてる。こんな状態でどうやって守ればいいんだ?

 一応さっきから魔法通信を続けてはいるけど、一向に繋がる気配がない。応援は望めない……やるしかないか。


「あー! ○ャニーズの平野○耀くんが踊ってるぅー!!」

「え!?」


 楓香の意識をそらしたほんの数秒、俺は無意識に魔法の杖を武器化させていた。魔法ピュアラファイでは捉えることができない。殴ったり蹴ったりでどうこうなる相手でもない。俺はとにかく速く攻撃することをイメージして創った武器をイブシャークに振るった。


「フヒヒ!?」

「変な声出すな!」


 刃がイブシャークの首に入る。――と思った瞬間だった。


「なっ!?」


 自分でも厨二病のように決まったと思ったカッコいい瞬間だったのに、イブシャークはその刹那に移動していた。

 確かにデータベースでは駿足とあったが、まさかこのタイミングで避けられるなんて!


「ちっ!」


 さらに速くイメージして刃を振るう。しかしその切っ先がイブシャークを捉えるとその刹那にはやはり移動してしまう。これじゃどうしようも――


「そうか」


 届かないなら、

 意識集中コンセントレーション。ほんの1秒でもいい。これが今日最後の浄化になるはずだ、頑張れ俺!

 三度目の正直。イブシャークの首を切っ先が捉えたその瞬間、その切っ先に魔法ピュアラファイを纏わせる。


「フヒッ!?」

「いっけぇぇ!!」


 刹那で逃げられる前に刃を魔法ピュアラファイで伸ばして刈り取る。


「ハァハァハァ……!」


 呼吸が一気に乱れる。よほど負担がかかったらしく、全身から汗が吹き出る。

 振り向くと、魔物イブシャークの首は飛んでいた。


《魔物を浄化しました。10MPがチャージされます》

「ったく、こんな面倒な相手で10MPか……」


 楓香の気をそらしてから魔物を浄化するまで約5秒。平野○耀がいないことに気付いた楓香は俺を睨みつける。

 そりゃあ、怒るよな……。


「……」


 これじゃあ、せっかく守り抜いたところで魔法少女失格だな。まあ正体バレたわけじゃないから人生終了にはならないと思うが……。

 そんなことを考えていると、頬に手が触れるのが分かった。


「え?」

「……傷」

「あ……」


 いつの間にかイブシャークから攻撃を受けていたようで、頬に傷がついて血が流れていた。


「あなた、確かさっきも私を守ってくれたよね」

「え?」

「ほら、工事現場のところで、私を突き飛ばしてくれた」

「見えてたの?」

「うん。ぼんやりとだけどね。でも、今はハッキリ見えるよ。いったいあなたは何者なの?」

「私は……私の名前は、姫嶋かえで。楓香を守りに来た正義の味方だよ」

「正義の味方……? 守るって……?」

「信じられないかも知れないけど、楓香は見えない敵に狙われているの。でも身に覚えがあるでしょ?」

「う、うん……最近しょっちゅう事故に遭ってて……それが、その見えない敵のせいなの?」

「そう。楓香は今まで通りでいいよ、私が守るから」

「……正直、まだちょっと半信半疑だけど。でも――」


 楓香は頬の傷にそっと触れる。


「この傷は信じられる。……ありがとう、かえでちゃん」

「楓香……」

「私の名前にも楓が入ってる。偶然……なのかな?」

「う、うん。偶然……だね」

「一つ、一つだけ約束して」

「なに?」

「絶対に、無理はしないって」

「え?」

「私のせいで、誰かが傷つくなんて嫌だから……」

「……優しいんだね」

「その服……」

「ああ、これ? これはその、支給されたようなもので……」

「それね、私がデザインしたものなの」

「え?」

「誰が作ったの?」

「いや、ちょっと私には分からないんだけど……」


 おいおいおい、ちょっと待て。楓香がデザインした!? なんでそれが魔法少女の衣装になってるんだ?


「かえでちゃんお願い。誰が作ったのか、支給した人たちに聞いて」

「あー、うん。聞いてみるね!」


 これはまた、面倒なことになったなぁ……。


「じゃ、じゃあ、私はそろそろ帰るね」

「待って! どこの学校なの?」

「ご、ごめん! 秘密なの! またね!」


 これ以上はボロが出る。「ちょっと!」と引き止められたが、強引に切り上げて走り去る。さすがに空を飛ぶのは見せられない。疲れた体に鞭打って走る。


「ハァハァハァ……」


 それにしたっておかしい。いくらなんでもこんなに疲れるなんて……。


「まずい……こんな……とこ……ろ……」


 公園を過ぎたあたりで、とうとう力尽きて俺は意識を失った。

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