第8話 一段落してまたトラブル
楓人が巨大化したブルブッフと戦っていた頃、魔法少女の天敵であるはずのイクサは、ボロボロになって苦戦していた。
「貴様は本当に魔法少女なのか!?」
薄紫のメッシュが入った水色の髪。白を基調とした衣装に身を包むその少女は、魔法の杖を武器化させた大鎌を持って空中に佇んでいた。
「それ以外に見えた?」
身長の倍ほどはある大鎌を構える少女は、イクサにとっては魔法少女というよりも死神に映った。
魔法を無効化するというチート特性を持つイクサは、本来なら圧倒的優位に立っているはずだった。それなのに、同じ魔法少女でこうもレベルが違うのかと震え上がった。
「くそぉぉ!」
「うおおお!!」
一直線に突進して魔法少女を殺そうとするが、大鎌によって防がれ、一振りで大きなダメージを受ける。
「ぐぅっ!」
大岩をも砕くイクサの攻撃をいとも簡単に防ぎ、魔法無効の特性を無視したダメージ。どういう原理かは分からないが、完全なイクサ特化の武器だった。
「じゃあ、そろそろ終わりね」
少女は大鎌をまるで小枝のように振り回すと、イクサに向かって投げる。
「今だ!」
大鎌は一直線に向かってくる。それを避けてイクサは最後の特攻を仕掛けた。
「大鎌を回収する間に落としてくれるわ!」
ところが、イクサの攻撃が少女に届くことはなかった。
「な……ゴフッ!」
避けたはずの大鎌が、背中から突き刺さっていた。
「な……ぜだ……!」
少女を見ると、
「なに!?」
イクサが避けた大鎌は分裂していた。その片方がイクサに刺さっていたのである。
「私の大鎌からは逃れられない」
非情にも振り下ろされるもう一つの大鎌。イクサは最後の力を振り絞って刺さった大鎌を抜いて、頭上に迫る大鎌にぶつけた。
「――!」
「ハァハァハァ、こんなところで浄化されてたまるか!」
これ以上は無理だと判断したイクサは、戦略的撤退を選んだ。
「……」
少女は飛び去るイクサを追おうとはしなかった。
「いやぁ〜! さすが
戦闘が終わると、どこからともなくスレイプニルが現れた。
「スレイプニル……生きてたんだ」
「おかげさまで生き延びました!」
「……チッ」
「え? 今、舌打ちしませんでした?」
「なんでもない」
大鎌を魔法の杖に戻すと、小さくしてイヤリングにする。
「新人の子は?」
「今はブルブッフと戦っているはずです。もうすぐ終わるでしょう」
「イクサの追跡は?」
「大丈夫です。追跡班に言ってありますので、巣も見つかるでしょう」
「じゃあ、お仕事終わりね」
「はい! お疲れ様で――」
空中で魔法少女の変身を解除した風無は、そのまま落下していく。
「ええええええ!?」
目ン玉が飛び出そうなほど驚いたスレイプニルは慌てて風無を捕まえて、減速しながらゆっくりと地面に降ろす。
「はあ、はあ、はあ、大丈夫ですか!?」
「……うん」
「危ないじゃないですか! 空中で変身解いたら死んじゃいますって!」
「忘れてた」
* * *
巨大化したブルブッフをなんとか倒すと、見計らったようなタイミングでスレイプニルから魔法通信が入り、イクサは撃退したから直帰して構わないと聞いた俺は、柴田と別れて帰宅することにした。
連絡先を聞かれたが、名前を教えるわけにもいかないし、14,5歳の女の子の連絡先をスマホに登録するのは気が引ける――それに、もし会社の誰かに見られでもしたら人生終わる――ので、約束があるからと強引にその場を離れた。
「人生童貞の俺にはもったいないチャンスだったけど、さすがに未成年の子はなぁ……魔法少女から戻ればただのサラリーマンだし」
連戦で魔法を使いすぎたせいか、飛ぶ元気もないので休憩するため近くの公園に降りる。もし柴田に見つかったら困るので変身を解く。
「あ、しまった。部屋着のままだったな……まあいいか、パンイチってわけじゃないんだし」
公園のベンチに座ると、魔法の杖を小さくしてズボンのポケットに入れた。大の男が魔法の杖持ってベンチに座ってるとか圧倒的不審者だからな、とても助かる。
「あー……やっと終わった」
一週間もセンサー全開でアンテナ張りっぱなしだったから、気疲れもはんぱない。その疲れも一気に来たのかも知れない。
「名前考えないとなぁ」
これから先ずっと名前を隠し通すことは不可能だろう。色んな魔法少女と出会うことにもなるだろうし、魔法少女用の名前は考えておかないと。
日も暮れて辺りが暗くなってきた。夜風が心地良い。家まではかなり距離あるものの、魔法少女に変身すればあっという間に帰れるというのは素晴らしい。電車代も浮く。
「……あれ? そういえば変身解除したよな」
確か、魔法少女になると魔物を浄化するまでは元の姿に戻れないって……。
「やばい! 帰れないじゃん!」
いや、正確には帰っても変身解除する魔物が都合良くいるかどうかだ。
だが、どのみち変身しないとアパートには帰れない。それに魔物を探すにも魔法少女にならないとセンサーが使えない。つまり、魔法少女に変身するしか選択肢が無い。
「チクショー! 5分前の俺に変身解除するなって言いたい!」
仕方ないのでポケットから魔法の杖を取り出して変身――しようとして少し躊躇い、念の為に奥の方の誰にも見えないであろう隅っこの陰で変身する。
「ふぅ。さて、魔物は――」
と、アンテナを張ろうとして近くに魔物がいるのを察知した。
「マジか! これは
正直もう魔物を相手にしたくはなかったが、今この時ばかりはめちゃくちゃ感謝した。
場所はわりと近い。飛ぶより走ったほうがいいぐらいだ。
公園を出て左に曲がり、住宅街を少し走るとそこには小型の魔物がいた。全体的に細いトカゲのようだった。
「アナライズ!」
万が一厄介な能力があると困るのでデータベースにアクセスする。しかし本当に雑魚のようで、これといった特筆事項は無かった。
「よっしゃあ!!」
「ふぅー、良かった。これで安心して帰れ――」
「あなた、誰?」
俺は同じようなミスを繰り返してしまった。
落ち着いて考えれば分かったんだ。冷静になって考えれば分かったんだ。ほんの5分……いや3分前でもいい、自分に忠告したい。
振り向いた先にいたのは、間宮楓香だった。
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