第3話 大型新人デビュー? 魔法少女への依頼

 長い赤髪をなびかせた少女は、闇に潜む狡猾なハンターを蹴り飛ばした。香水だろうか? ほんの少し甘い爽やかな香りが気持ちを楽にしてくれた。


「ふぅー、なんとか間に合ったね。大丈夫?」

「あ、あの……」

「いやー助かりました! ありがとうございます!」

「いや、べつにあんたには聞いてないんだけど」

「いや! これは失礼しました! あはははは!」

「……ぷに助キャラ変わってるぞおい」

「しーっ! この御方をどなたと心得る!?」

「いや知らねーし、どこの時代劇だよ」

「この御方は魔法少女になられてわずか一週間で10キロメートルエリアを任された天才魔法少女なんだぞ!」

「10キロメートルエリア? なんだそれ? 分かりやすく会社役員で例えてくれ」

「会社役員!? 意味が分からんが、そうだな、間違いなく課長クラスだ」

「マジかよ。一週間で課長? で、お前は?」

「は?」

「いや、ぷに助の役職だよ」

「わ、私は役員などに収まるような存在ではない!」

「ふーん、せいぜい主任か」

「なっ! 万年平社員のお前に言われたくないわ!」


 そうこうしているうちに、魔物は赤い少女によってボッコボコにされて瀕死になっていた。


「グォアッ……く、くそ……久しぶりに上物が喰えると思ったのニィ……」

「最近、工事現場で原因不明の事故起こしてるのお前だろ? そういう奴を駆除するのが、アタシら魔法少女のお仕事なんだよ」

「くそ! くそ! おのれ魔法少女め!」


 なんか、「おのれ勇者め!」は分かるけど、「おのれ魔法少女め!」って格好つかないな……。


「あ。そうだ、そこの子」

「え?」

「どう? トドメ刺してみる?」

「おれ……私がですか?」

「そっ、新人ちゃんに特別プレゼント」

「それはいけません! 魔法少女の規約に反します!」

「べつにいいじゃん。魔物なんてしょっちゅう湧くし。それに、早めに実績作っておかないとまずいんじゃないの〜? そのために来たんでしょ?」


 ニヤニヤと小悪魔のように笑う。


「うぐっ……し、しかし……」

「なんだ? 実績って」

「ああ、そっか、新人ちゃんはそういうことも知らないんだよね。魔法少女は契約してから一週間のうちに最低1体は魔物を討伐しないといけないの。じゃないとやる気ないとか、不適正だとかなんとか言われて、記憶と一緒に魔法少女の資格を失っちゃうわけ」

「やる気がない? 不適正? ……おい、ぷに助、どういうことだ?」

「ぷに助?」

「え? ああいや、その。どう見てもぬいぐるみだから」

「あー、なるほど。それでスレイプニルをぷに助? ぷっ、くく……あっははははは!! なにそれウケるわ! あはははは!!」


 ツボに入ったようで笑いまくっている。


「あはは、は、はは、……いいねそれ! アタシも今日から使うわ、ぷに助」

「ななっ!?」

「いいじゃん、スレイプニルなんてカッコいい名前より似合ってるよ? そのカラダにはね」


 あははは! とまた笑い出した。


「お、おのれ〜、お前のせいで変なあだ名が定着してしまうではないか!」

「いいじゃん、気に入ってもらえたんだから」

「あはは、そうそう、女子と上手く付き合うんなら、そういうとこも大事だよ、ぷに助。あははは!」


 この子はいったいいつまで笑っているのだろうか。


「……お、おのれ〜! 我を無視してガールズトークに花を咲かせるんじゃない〜!!」

「あー、忘れてたわ。――で? やらないの」

「あっ、その……どうすれば?」

「うーん、本当なら自分で考えなって言いたいところだけど、楽しませてもらったし特別に教えてあげるよ」

「ななななっ!? それも規約に――」

「黙ってろ、ぷに助」


 睨まれて、ぷに助は小さくなる。


「魔法少女の攻撃スタイルは三つ。一つはアタシがやったみたいな自己強化で戦うコンバットタイプ。2つ目は魔法少女らしく魔法で戦うマジカルタイプ。3つ目は、魔法の杖を武器化して戦うアタッカータイプ。新人ちゃんはどれがお好み?」

「えーと……」


 まず、コンバットタイプは無理だ。格闘経験は無いし、魔物に飛び込むなんて怖くて無理。

 ということは、マジカルタイプかアタッカータイプなわけだが……。武器とか扱った経験ないし、使いたい武器もこれといって思い浮かばない。となると――。


「じゃあ、マジカルタイプで」

「おっけー、じゃあ魔物に向かって魔法の杖を構えて意識集中コンセントレーション。魔法の名前叫ぶとかは今はいらないから」

「はい!」


 言われて俺は意識を集中する。すると魔法の杖がガシャッと変形し、まるでライフルのような形になる。少しずつ星が回転し、どんどん速くなって杖が軽く振動する。透明なハートがキラキラと虹色に光った。


「撃って!」

発射シュート!」


 魔法の杖から目の前が見えなくなるくらいの光線が発射され、断末魔を残して魔物は跡形もなく消滅してしまった。


《魔物を浄化しました。100MPがチャージされます》


 魔法の杖が元の型に戻ると、アナウンスが流れた。


「100MP?」

「魔物を討伐して得られる魔法少女ポイントだよ」

「なんですか、そのまんまのネーミングは……」

「んー、名前は気にしたことなかったけど、ポイントを使って魔法少女専用のアイテムとか装備とか、色々交換できるんだよ」

「まるでゲーム感覚ですね……」

「そうだよ。アタシら魔法少女はまず魔物に負けることないから、本当にゲーム感覚」

「負けることはない?」

「そう。ね」

「はぁ……」

「まあ詳しいことはぷに助に聞いてよ」

「はい、分かりました」

「それにしてもさ……新人ちゃん、あんた」

「はい?」

「とんでもない大型新人だね……ぷに助も絶句してるし」


 さっきから喋らないと思ったら、ぷに助は口を大きく開けて固まっていた。


「意味分かんないだろうから一応説明すると、今のやつ、新人ちゃんが撃ったのはピュアラファイっていう魔法ね。魔法の杖にデフォで設定されてるやつで、基本的にそれで魔物を倒すわけなんだけど……そうね、見てもらったほうが早いわ」


 赤髪の女の子はイヤリングに触れると、そこから魔法の杖が出現する。


「えっ!?」

「ああ、魔法の杖は小さくできるんだよ。こんな大きいの常に持ってられないでしょ?」

「そ、そうですね」

「見てて……ピュアラファイ」


 赤髪の女の子が持つ魔法の杖から放たれた光線は、俺のとはまったく違って細いビームのようなものだった。


「分かった? 新人ちゃんの凄さ」

「は、はい……」

「まあ器が強いのは良いことなんだけど、気をつけなよ? 魔物はより大きく強い器を狙う。さっきのやつも、間違いなく新人ちゃんを狙ってた」

「気をつけます……」

「ま、あと細かいことは固まったぷに助に聞いといてよ。じゃ、アタシは帰るから、新人ちゃんも早く帰りなよ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 赤い魔法少女を空に見送って、俺はぷに助を引っ叩く。


「おいこら、起きろぷに助」

「――はっ! あれ? あの御方は?」

「もう帰ったよ、色々教えてくれたあとにね」

「しまったぁー! 挨拶を忘れてたぁー!」

「そういえば、挨拶って言えば自己紹介忘れてた」

「アホめ、自己紹介なんかしてみろ! 一発で男だと分かってしまうだろうが!」

「あーそうか、ついビジネス感覚だったわ」

「……それにしても、まさかお前がこれほどの器の持ち主だったとはな」

「あー、そのことだけどさ、俺の器ってそんな強いのか?」

「うーむ、認めたくはないが、歴代でも上位に入るだろうな」

「そっか、てことはトップ10には入るのか」

「アホめが、調子に乗るな。さっさと戻るぞ!」

「……あっ! 今何時だ!?」

「なんだ急に」

「……もう2時!? マジかよ早く戻らないと!」

「お、おい!?」


 今からじゃ2時間しか寝れない。それでも寝ないと仕事に差し支える。ブラック企業といえど、このご時世に仕事があるだけありがたいんだ。遅刻はできん!

 全速力でアパートに戻ると、寝る前に会社へ行く支度をしようとして、ふと気付く。


「この姿で行くのか!?」

「アホめが、魔法の杖のスイッチを押せ」


 いつの間にか部屋に戻っていたぷに助の言う通りスイッチを押すと、再び光に包まれて元の姿に戻った。


「おおお! 元に戻った!」

「一度変身してしまうと魔物を討伐しない限りは戻れなくなるからな、やたらと押すんじゃないぞ」

「そういや、ノルマとかあるのか?」

「特にはない。だが一週間討伐数0だとペナルティが科せられる」

「ペナルティ? さっき言ってた記憶を消されるみたいなやつか?」

「いや、それは新人の場合だ。まあ、そうそうあることではないから心配しなくていい。それよりも、お前には絶対に守ってもらわないとならない事がある」

「な、なんだよ……」


 ドアップで真剣に言うものだから、思わず気圧された。


「魔法少女であるということは絶対、ぜぇぇぇっったいに!! バレてはならない!」

「お、おう……まあそりゃバレたら色々大変だろうし、俺も困るし」

「大変どころではないわ! いいか! もし万が一、いや、億が一でも正体がバレたら――」


 ぷに助がなにかを言おうとして言葉が切れる。それと同時に俺の視界がぐるんと半回転する。


「はれ……?」


 畳にバタンと倒れて、次第に意識が遠のいていく。


 もしかして、俺死ぬの?

 そうか、これが死か。ついに俺も過労死か。しかも最後の仕事が魔法少女として魔物討伐とか意味不明だったな。まあいいや、来世ではどうか、可愛い服が似合う女の子に……。


*   *   *


 目が覚めると、見知らぬ天井があった。

 白いカーテン越しに朝日だろうか、薄ら明るい。少し頭を動かしてみると、真っ白なベッドに左横には点滴。


 病院? いったい誰が? 俺を病院に運ぶような友人も知り合いもいないし……まさかぷに助が? いや、さすがにぬいぐるみが通報とか無理がある。むしろ逆に通報されて不思議生物としてワイドショーのネタにされかねない。


「……生きてる」


 どうやら、俺は女に生まれ変わることはなく生き残ったらしい。ということは何か? 天界の神様は俺に魔法少女として生きろと言ってるのか? 冗談だろ……。


 体温とか脈を測りに来た看護師のお姉さんに、誰が通報してくれたのかを聞くと、どうやら男性らしい。けっこう太い声だったらしいとか。どっちにしろ俺の知らない人物のようで、助けてくれた人は謎のままだった。


 俺が倒れた原因は予想通り過労。幸いうつ病ではなさそうだが、一歩手前であると言われた。会社に連絡すると、さすがに過労死はまずいと思ったのか、2週間ほどの有給休暇をくれた。入社10年以来の奇跡だ。


 丸一日ぐっすりと寝ていたらしい俺は、さらに念の為に2日ほど過ごして退院。アパートに帰ると大の字になって倒れた。


「はぁ……」


 こんなにゆっくりと時を過ごすのは何年ぶりだろうか。入社以来10年、仕事して帰って寝ての繰り返し。たまの休日はほとんどを寝て過ごして体力の回復。こうして振り返ってみるととんでもない10年だ。


 ゴロンと横になると、テレビ台の下に魔法の杖が転がっているのが見えた。


「ぷに助め……あれだけ大事なものだとか言っておきながら、こんなところに置いて帰るとは……」


 魔法の杖を引っ張り出してまじまじと観察する。何度どう見てもオモチャにしか見えない。でも逆に、そうとしか見えないから、誰かに聞かれたらオモチャとして押し通せるかも知れない。


「そういえば、小さくできるってあの子が言ってたな」


 小さくしておけば目立つことなく持ち歩ける。問題はどうやって小さくするかだが……。

 試しに小さくなれと念じてみるが、まったく変化がない。


「どうすりゃいいんだ?」


 と、そこへ思いも寄らない来客があった。


「おい!」

「え?」


 ノックもせずに玄関を開けたのは、お隣さんのいかつい男だった。


「あ、この前は騒がしくしてしまってすみませんでした」

「……元気になったようだな」

「え?」

「入院したんだろう?」

「どうして――」


 この声、よく聞くと野太い?


「もしかして……あなたが?」

「おう。バタンと音がして返事もないから、一応見に来たらぶっ倒れてやがったんでな、救急車呼んだんだよ」

「そうだったんですか! おかげで助かりました。本当にありがとうございます」

「礼なんかいい。それより、ちょっと来い」

「はい?」

「話があるんだよ」

「話?」

「ここじゃ話せねぇ、いいから来てくれ」


 普段ならお断りしたいところだが、命の恩人の話を無下にするわけにもいかない。仕方ないから鞄に魔法の杖を――下の方に隠すようにして――入れると、お隣さんに付いて行く。

 階段を下りていくと、なにやら黒塗りのベンツがある。いやいや、まさかそんな……。


「お疲れ様です!」


 気合の入った若者が元気よく挨拶して後部座席のドアを開ける。


「乗ってくれや」


 いやいやいや、ちょっと待て。これもうアレじゃん。もう完璧にそっちの人じゃん。いくら命救われたって言っても、これから救われた命で玉砕しに行くの?


 しかしここまで来てさよならというわけにもいかないので、大人しく乗ることにする。さすがに高級車、座り心地がすごく良い。


「えーと、それで……話というのは?」

「実はな、最近妙な事件が起きてるんだ」

「妙な事件?」

「うちの若えもんが次々に襲われてる。もう7人もやられてるのに相手が誰かも分からねえ」


 ……まさか。いやいや、そっちの世界ならそっちの世界のお相手だろう。


「それで……どうして俺を?」

「実はな、見てたんだよ」

「……え?」

「お前の部屋から出てきた女の子が、ここから相当離れた場所で何かと戦ってるのを。たまたまうちの若えもんが見かけたらしくてな」

「――!?」


 心臓が止まるかと思った。まだ俺がその女の子だとバレてはいないようだが、魔法少女の存在がバレている。


『いいか! もし万が一、いや、億が一でも正体がバレたら――』


 ぷに助の言葉を最後まで聞けなかったのがもどかしい。もう早速ほとんどバレてんじゃないか! どうなるんだよ俺!?


「にわかには信じ難いことだったが、こっちも見えない敵に襲われてる。偶然にしちゃあ出来すぎてるよな? そこでだ。お前、その女の子と知り合いなんだろ?」

「え、ええ……まあ」

「なんとかその子に頼んで、この事件片付けてもらえねえか?」

「……」


 これはもうアレだ、断ったら埋められるか沈められるかだ。それか、女の子の正体吐くまで拷問させられる。逃げ道はたった一つあるが、それはもう色々な意味でアウトだ。


 そもそもぷに助はどこ行ったんだこの肝心な時に! 時間稼ぎしてみるか……?


「えーと……」

「頼めるよな?」


 ズイッと、いかつい顔を近づけてくる。

 近い近い近い! 圧が! 顔面の圧が! こんなんもう拒否れないじゃないか!


「わ、分かり……ました」

「そうか! 受けてくれるか!」


 がっはっは! と笑いながら俺の背中をバンバン叩く。痛いよ。


「それじゃ、よろしく頼むわ」

「はぁ……」


 魔法少女の初仕事は、極道からの依頼となってしまった。

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