第2話 魔法少女の契約
――あらすじ。
仕事から帰ってきて、アパートの部屋に落ちてた魔法の杖を振ったら女の子になってしまった。
* * *
「はぁぁぁ!?」
なんだよこれ! 俺、俺が……女の子になってる!?
たぶん、だいたい14〜16歳くらいだ。栗色のロングヘアーにパッチリ
俺が大混乱していると、どこかからか声が聞こえた。
「あー! そそそ、その姿はぁー!?」
「は?」
「くそー! 間に合わなかったか!」
声のするほうを見ると、そこには白くて丸いぬいぐるみのような何かが浮かんでいた。
「……か」
「か?」
「可愛い〜!」
俺の意思とは無関係に、その丸いぬいぐるみのような何かを捕まえて抱きしめる。
「や〜ん可愛すぎるぅ〜! ……っは!」
唐突に我に返って離れる。
「い、今、俺はいったいなにを……?」
「ぐぅ……いきなりなにをする!」
「ああ、いや。すまん。体が勝手に動いちゃって」
「まったく……非常事態だというのに」
「非常事態?」
「……お前、自分がなにをしでかしたのか分かってないのか?」
「えーと……魔法の杖振り回したら女の子に変身した?」
「そう! それ!」
短い指――手?――をビシッと俺に向ける。
「なんで勝手に変身しちゃってんの!?」
「いや、そんなこと言われたって、俺も知らねーよ」
「なんで落ちてるもの使おうと思うかなぁ!?」
「いや、俺だって最初は警戒して……ん? なんで落ちてたこと知ってんだ?」
「……あ」
「てめぇ……まさかこれ置いてった犯人お前か!」
「私ではない! それにお前ではない!」
「なに?」
「私はスレイプニル。天界からの使者だ!」
「スレイプニルだ? 大層な名前つけやがって、お前なんかぷに助で十分だぬいぐるみめ」
「ぷ、ぷに!?」
「まあ、事情知ってるみたいだし、全部教えてもらおうか?」
しかし、このままここで騒いでしまったらまたお隣さんから壁ドンされかねない。
「……とりあえずこっち来い」
「にゃぁ!?」
ぷに助を掴んで部屋を出る。――一応魔法の杖とやらも持って行くか。
本当は車とかの密室空間なら色々と話しやすいだろうが、あいにくと安月給な俺は維持費を払う余裕がない。移動手段は公共交通機関だ。
近くにある公園に行くと、ぷに助を離してベンチに座る。
「さて、話を聞かせてもらおうか?」
「このぉ〜、私をコケにしおって!」
「いいから話聞かせろ。じゃないとこの杖折るぞ」
「ふん、お前のような者に折ることなどできないわ!」
「なら、試してみようか?」
俺は日頃溜まっているストレス、鬱憤をすべてその魔法の杖に込める。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
だが、折れなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……なんっなんだこの杖! ミリも折れないどころか鉄かってくらいビクともしないぞ!?」
「だから言っただろう? その魔法の杖は天界特製の物。人間にどうこうできるものじゃない」
「……」
魔法の杖、女の子に変身、スレイプニル……。ここまで来ると、その天界とやらが存在するのを信じるしかなさそうだ。
「分かった。とりあえず話を聞かせてくれ」
「ふん、しょうがない。本当はお前のような輩になど説明したくもないが、こっちも仕事だ」
「仕事?」
「いいか、よく聞け。その魔法の杖は魔法少女を生み出すためのもの。そして本来、その魔法の杖を受け取る少女は別にいたのだ」
「魔法少女って……マジかよ」
「だが、……これは素直に謝るしかないが、こちらの手違いでその魔法の杖を紛失してしまったようでな、慌てて探したらお前の部屋にあったというわけだ」
「そんな大事なもん紛失するなよ……。なるほどな、天界の落とし物だったわけだ。……てことはなにか? 魔法少女って天界産だったのか?」
「いや、そんな特産品みたいに言われても。……その通り、魔法少女は天界が見つけた魔法少女の器と才能を持つ少女に魔法の杖を授与し、誕生させるのだ」
「……でも、俺は少女じゃないぞ?」
「本来、魔法少女になれるのは16歳までの器と才能を持つ少女に限られる。お前のような万年平社員の彼女なし35歳童貞に魔法少女になる資格など1ミリもない。――はずだったんだが……」
「いや、童貞関係ねーだろ。ていうかなんでそこまで知ってんの俺のこと、怖いんだけど。ストーカー?」
「アホめ。お前などストーカーしてなんの得がある。変態じゃあるまいし。――調べることなどは造作もない。魔法の杖は天界の機密情報だからな、どんな奴の手に渡ったか調べるのは当然だ」
「……まあ、とにかく事情は分かった。じゃあこの杖返せばいいんだな?」
「アホが。そんな簡単なことで解決するなら私が非常事態だと言うわけないだろうが」
「……どういうことだよ?」
「お前はすでに魔法の杖と魔法少女の契約を済ませてしまった。そもそもどうしてこの魔法の杖が契約してしまったのか……壊れていたのかもなぁ」
「いや、ちょっと待て、魔法少女って契約でなるものなのか?」
「そうだ。そして魔法の杖との契約はただの契約ではない。魂に直結してなされる魔法契約。ちょっとやそっとのことでは解除されない」
「おいおいおいちょっと待てって! それじゃなにか? 俺にずっとこのまま魔法少女やれっていうのか!?」
「そういうことになる。ただ、例外中の例外だからな、正式な魔法少女ではない。代行といったところか。魔法少女の代行者、魔法少女agentだ」
「魔法少女……エージェント?」
聞いたこともない。魔法少女の代行とか、ありかそんなん?
「あー、正直まだ理解が追いついてないとこあるんだけど、結局のところ俺はなにをすればいいんだ? なにをさせられるんだ?」
「魔法少女の主な任務は魔物の討伐だ」
「魔物?」
「悪意を持つ敵性魔法生命体で、魔法少女にしか見えないし倒すこともできない」
「魔法少女にしか? じゃあ天界の連中も見えないし倒せないのか?」
「アホめ、見えるし倒せるわ。見えないのは人間の話だ。我々天界の者はみだりにこっちの世界に干渉することはできん。だからこっちの世界に魔物を倒すことのできる戦士が必要なのだ。それが魔法少女だ」
「でも見えないなら放っておいても害はないんじゃないか?」
「アホ極まれりだな。実害があるから放っておけないんだろうが!」
「ていっても、そんな被害聞いたことないしな」
「ふん。聞いたことはないのか? 神隠しや
「えっ、まさかそういう不思議事件みたいなのが全部?」
「9割は魔物による仕業だ」
「でもUMAとか見えてんじゃん」
「アホめ。報道されるようなものはそのほとんどが作り物や偽物だ。本物を報道できるわけないだろうが」
「マジか……地味にショックだわ」
「35歳童貞のくせに
「だから童貞は関係ねーだろ!」
「魔法少女はそういった魔物を倒し、世界の平和を保つという実に重要で重大な責任を負うことになる。それをお前という奴は!」
「いやいや、そもそもは紛失したそっちに責任あるし原因あるだろ」
「うっ……そのことならすでに始末書を書かされている……」
「まさか、俺のとこに来るの遅れたのって……」
「仕方ないだろう! 始末書1000枚など終わらんわ!!」
「知らねーよ! 始末書1000枚とか大惨事じゃねーか! ていうかよく書ききったな1000枚も!」
「いや、途中で部下に丸投げしてきた」
「外道鬼畜かよ。まさか天界にもそんな上司がいたとはな。やっぱお前はぷに助で十分だわ、いっそ滅んでいいわこんな世界」
「私はスレイプニル――!」
「……どうした?」
「魔物の気配だ」
「なに?」
「すぐに行くぞ! 近い!」
「いやちょっと待てよ! チュートリアル的なものは!?」
「アホか! そんなものあるわけないだろう! 即実戦だ! 習うより慣れろ!」
「無理だろ! 俺はついさっきまでただのサラリーマンだったんだぞ!?」
「えーいつべこべ言ってる暇があるなら行くぞ! 南西10キロメートルだ!」
「マジ!? ここから走るの!?」
「ふふん、なんのための魔法少女だと思っている? そのまま跳べ!」
「えぇ……」
いきなりそんなことを言われても……。急にバンジージャンプしろと言われるようなもんだぞこれ……。
「早くしろ!」
「あ〜もう! てぃっ!」
ジャンプすると、体がふわっと宙に浮く。
「うわぁ!? 浮いてるぅー!」
「当たり前だアホめ、ほら意識を前に向けろ! 飛行するイメージだ!」
「お、おう」
あれか、ドラゴン○ールの舞○術みたいな……。
集中しようとして、気配を感じた。
「……これは?」
「なにをしている! 早く――」
「あっちから気配が」
「なに? 反対方向ではないかアホめ!」
「……いる」
「は?」
俺は無意識に飛んでいた。魔法少女になったことで分かるようになったのか、少し遠いけど間違いない。これは魔物の気配だ。
「ちっ! アホめが!」
ぷに助が追ってくるのも分かる。まるで各種センサーを内蔵しているかのように様々な情報が脳内に入り込んでくる。
しばらく飛ぶと、気配を感じたあたりに降りる。そこは都市部から少し裏に入ったところにある工事現場のような所だった。
「まったくこの愚か者め! こんな遠くまで来てどうするつもりだ!」
「だって、魔物の気配が」
「アホめが! 魔法の杖をよく見ろ! なにも反応していないだろうが! 魔物が近くにいる時は必ず反応する。こんな遠くから気配を感じるほど強力な魔物がいるわけが――」
ぷに助が言い終わる前に、魔法の杖から《キュイン! キュインキュインキュイン!!》とけたたましい音が鳴り、てっぺんにある星がクルクル回転する。
「なっ――! こんな強い反応が!?」
――悪寒。
おそらくぷに助――スレイプニルも感じたんだろう。その丸い体が強張っているのが見て分かる。
人間としてなのか、魔法少女としてなのか、本能が警告する。逃げろと、今すぐ全力で逃げろと。
まだ姿が見えない闇の中に、恐ろしい魔物が潜んでいるのが分かる。息を殺してずっと待っていたであろうハンターが。
「くはァァァ……久しぶりに、良い匂いがするなぁ……」
魔物って喋るのか!?
「ど、……どうすればいい? スレイプニル」
「アホめ……こんな大物、今のお前に倒せるわけないだろう。大型のランクA・ゼノークス。――魔法少女agentは、ここで終わりだ」
ちくしょう、こんなところで人生終了かよ。こんなことなら魔法の杖なんか触らなきゃよかった。こんなもの、窓から投げ捨てればよかったんだ。童貞のまま死ぬだなんて……。
ああ……でも、次生まれ変わることがあるのなら、今度はどうか女に生まれて、可愛い服来て好きな色を身に着けて。そんな思うままの人生を行きたいな。頼むよ神様、魔法の杖を俺のとこに落としたお詫びってことでいいからさ、よろしく頼むよ。
――と、走馬灯が終わろうとした瞬間に、誰かが後ろから良い香りを残して飛んでいき、その魔物を蹴り飛ばした。
「え?」
ほんの少し甘い爽やかな香り。その残り香の主は、赤い髪の少女だった。
「大丈夫? アタシが来たから、もう安心よ!」
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