第4話 トラブル体質
――あらすじ。
大型新人としてひっそりと(?)魔法少女デビューを果たした
* * *
「はぁ―……」
せっかくの有給休暇だというのに、いきなり最悪のピンチだ。隣人に命を救われたと思ったらその隣人はヤ○ザで、そのヤ○ザに魔法少女を目撃されてしまった挙げ句、まさかの魔法少女として仕事を――半ば強制的に――頼まれることになるなんて……。
組織の若い人が7人も何者か見えない敵にやられているらしく、それが同業者ではなく魔物の仕業(本人は魔物とは思っていないが、バケモノの類とは察しているらしい)ではないかと考えているようだ。実際、俺もそうとしか思えない。
「まだ魔法の杖の使い方すらよく分かってないっていうのに」
如意棒みたいに小さくする方法、魔法の威力のコントロール、それと
「ふぅー、ようやく戻って来れたわ。あのアホめ起きてるといいが」
バッチリ、目が合った。
「なんだ、起きておったか」
「どこ行ってたんだぷに助」
「スレイプニルだ! 天界へ報告したり事務仕事にだ!」
「ふーん。ところで色々と聞きたいことが――」
「そんなものはあとだ!」
「は?」
「付いて来い。お前に会わせたい人がいる」
「会わせたい人?」
「少し遠いからな、魔法少女へ変身して付いて来い」
「いいのか? 魔物いなかったら……」
「心配するな。特別に変身解除の許可を取ってある」
「へぇー、そんなのあるのか、やるじゃんぷに助」
「スレイプニルだ!」
魔法少女へと変身し、ぷに助に付いて空の旅をする。スピードはだいたい時速60キロメートルは出る。風で目が開けられなかったり、雨に濡れてビショビショになってしまうなんてことはなく、実に快適だ。
「ここだ」
10分ほど飛んだだろうか、とある閑静な住宅街へと降り立つ。ぷに助の指定する家の前で待っていると、一人の女の子がやって来て家へと入っていく。
「あの子がどうかしたのか?」
「忘れたのか愚か者め。お前はいったい誰の代行をしていると思っている?」
「……あ!」
「そうだ。あの子が本来、お前の持つ魔法の杖を受け取り、魔法少女となるはずの候補だった間宮楓香(まみやふうか)だ」
「でも、はいこれ。って渡せないんだろ? なんでまたわざわざ?」
「アホめ、お前の脳みそはゾウリムシか。あの御方から聞いたんじゃなかったか? 魔物はより強く大きい器に惹かれると」
「……おいおい、ちょっと待てよまさか!」
「あの子はすでに3回以上、原因不明の事故に遭っている。幸い大した怪我はしてないが、時間の問題だ」
「俺に、守れっていうのか?」
「そうだ。それも秘密裏に、隠密にだ。絶対正体バレるんじゃないぞ!」
「分かってるよ……あ、そういえば正体って言えば」
「なんだ?」
「実は――」
ヤク○のことを話そうした時だった。家の2階から「きゃー!」という悲鳴が聞こえた。
「まさか!」
「あ、おい! 待て愚か者!」
ぷに助の言葉なんて聞く耳持たずに跳躍すると、家の屋根に乗る。どうやら魔法少女状態だと身体能力がある程度上がるらしく、これくらい跳ぶのは訳ないようだ。そもそも空飛ぶしな。
窓から様子を見ると、魔物の影が楓香を襲っていた。楓香は見えないため、金縛りに思っているようだ。
「待ってろ! 今すぐ――」
「待て待て待てーい!」
行こうとして、ぷに助に顔を蹴られる。
「あにすんだぷに助!」
「なにも考えずに飛び出すアホがいるか愚か者め!」
「なんだと!? 今魔物に襲われそうになってんだろうが!」
「よく見ろ」
「え?」
こっそり覗いてよく見ると、魔物の影は花瓶を支えていた。
「あれは……? まさか、魔物が楓香ちゃんを助けた?」
「お前はまだ魔物を知らなさすぎる。特別に教えてやるからそこになおれ」
「分かったよ……ていうかこの格好でこんなとこいたら怪しさ爆発じゃないか?」
「ふん。魔法少女の姿は基本的には人間に見えんから問題ない」
「え? 見えないの?」
「アホが、見えない敵と戦うというのに、人間の目に見えてみろ? ただの痛い女じゃないか」
「やばい、ぷに助から正論が……」
「うるさい! 私はいつも正論しか言わん!」
「どの口がほざくか。……でも、なら魔法少女としてバレることなんてないんじゃないのか?」
「アホめが。変身するところや、変身から戻ったところを見られたらどうする? それにごく稀にだが、見える人間もいる。だから常に慎重でなければならないのだ!」
「そっか。分かった」
――ん? 待てよ。てことはあの話……。
「とにかく、駆け足で説明するぞ、耳の穴かっぽじってよく聞け」
「あ? ああ」
「……よ く 聞 け よ?」
「分かってるって」
「ふん。魔物というのは、主に人間を襲う魔法生命体だというのは、この前話したな?」
「ああ」
「魔物も色々と種類や個体があってな。基本は大きさと種族で分けられる」
「大きさは分かるけど種族って?」
「アホめ、人間も人種が違えば言葉が違い、文明や文化までまるっきり違ってくるだろうが」
「ああ、確かにそうだな」
「まあ、魔物の場合は言葉の違いというわけではないが。とにかく、大きく分けて小型、中型、大型、超大型、特殊型とある」
「大型っていうのに、この前の魔物が入るのか」
「うむ。ゼノークスと呼ばれる種族だな。闇に潜んで魔法少女を襲う狡猾なハンターだ」
「ランクってあったろ? あれは?」
「魔物の強さの総合評価のことだ。魔法の杖を使って見ることもできる。ボタンを押しながらアナライズと言えばよい」
「ほうほう。もしかして、魔法の杖を小さくする時も同じような操作か?」
「そうだ。覚えておくといい」
「なるほどそういうことか、分かった。試してみていいか?」
「やってみろ」
魔法の杖を魔物の影に向けてボタンを押しながら小声で「アナライズ」と呟く。すると視界に直接魔物に関するデータが表示された。
「おお!? すごいなこれ」
「読み上げてみろ」
「えーと、特殊型のランクB、ヴォルヌクス?」
「ついでにデータベースを見てみろ」
「あ、こんなもんあるのか。まるでゲーム感覚だな」
言って、あの赤い少女の言葉を思い出す。
『そうだよ。アタシら魔法少女はまず魔物に負けることないから、本当にゲーム感覚』
どうして魔法少女をゲーム感覚にしたんだ? 重要で重大な使命があるなら、緊張感持たせたほうがいいんじゃないのか? それともゲーム感覚で楽しんで駆除してもらおうっていう思惑か。
「ん? なんだ、どうした?」
「ああ、いや。なんでもない」
考えを一旦忘れてデータベースを開く。
【ヴォルヌクス】
特殊型の魔物。主に亜空間に潜む。魔物の中では極めて珍しい友好的種族。ガス状なのでどこからでも侵入する。非常に臆病な性格のものが多く、下手に刺激すると暴れる危険な側面もある。
「下手に刺激すると暴れる?」
「そうだ。お前が助けようとガラスを割って入って攻撃したらどうなってたと思う?」
「そっか、ぷに助はそれで俺を」
「ふん。ありがたいと思えよ。それからスレイプニルだ」
「でも、てことは彼女を守るのは別の魔物からってことか?」
「そうだ。まだ正体も分かってない。とにかくお前は有給休暇中は警護しろ」
「ちょっと待て、なんで有給休暇のこと知ってんだよ」
「ふん。天界に分からないことなどないわ」
「いやいや、プライバシーの侵害だろ」
「アホめ、魔法少女になった時点でプライバシーなど無いわ」
「なんだって?」
「いいか? 魔法の杖は魂との魔法契約だ。魂は無防備な情報の塊と言っていい。本人がどんなに固く閉ざした情報も手に取るように分かる」
「それはさすがに酷すぎるだろ!」
「心配するな、個人情報は天界も厳しい。どこかのIT企業みたいに勝手に情報収集するわけではない。必要な時に必要な情報のみをすくい取るだけだ」
「……本当だろうな」
「我が主に誓って本当だ」
「主? 上司か」
「それより、しっかり警護しろよ。天界から見張っているからな!」
「あ、おい! どこ行くんだよ!」
「愚か者、私はこう見えて忙しいのだ。お前一人に付き合ってるほど暇ではない。なにかあったら魔法の杖のボタンを素早く3回押せば緊急コールが天界に届く。無闇に押すんじゃないぞ、始末書が増えるだけなんだからな」
「ちょ、おい! こらぷに助ぇ!!」
……本当に行ってしまった。まんまと騙された。ちょっと行って元の姿に戻るはずが、有給休暇中に仕事させられるとは。
「あのぬいぐるみめ……今度会ったらゲーセンのキャッチャーマシンの中に放り込んでやる」
しかしここまで来たらやるしかない。魔物さえ倒してしまえば仕事終わりだし元の姿に戻れるんだ。さっさと終わらせてしまおう。
* * *
ところが、一週間経っても魔物は現れなかった。
「どうなってんだぷに助てめぇー!!」
楓香の下校を後ろから警護しながら叫ぶ。どうやら声も聞こえないらしく、道行く人々は誰も振り向かない。
これはこれで恐怖だ。仮に魔物に襲われ食べられそうになって「助けて!」と叫んでも誰にも聞かれない。まあ聞かれたとして一般人にどうこうできる相手ではないけど……。
人知れず戦い人知れず喰われる。それが魔法少女だ。
だがメリットもある。こんなフリル付きのいかにもロリータな格好で歩いてるの見られたら恥ずかしくて死んでしまう。そういう意味では姿が見えないのは大変助かる。
しかしぷに助は一向に現れない。これはもう完全に職務怠慢で訴えれるレベルだ。
魔物のヴォルヌクスはあれ以来現れていない。他に魔物の気配は感じないし、襲われることもない。
「どのみち俺の有給休暇もあと少しだ、誰か交代が来るだろさすがに」
と、楽観的に考え始めたその時だった。工事現場を通る楓香の頭上から、いくつものH鋼が落ちてくるのが見えた。
「まずい!」
咄嗟に走って楓香にタックルする形で助けると、「きゃあ!」と短く叫ぶ。
「悪いな、緊急事態だったもので」
その直後、楓香がいた場所に派手な音を立ててH鋼が歩道に落ちる。
「あそこか!」
工事現場の上の方に魔物の影が見えた。飛んで一瞬で魔物に接敵すると、魔法の杖を魔物に向ける。
「アナライズ!」
情報が視界に表示される。大型のランクB・ブルブッフ。チラッとデータベースを確認すると、気配を断って陰から人間を襲う姑息な奴らしい。見た目は前腕部が異常に発達したゴリラといったところか。
「なるほど、だから俺のセンサーにも反応が無かったのか。だけど、痺れを切らしたお前の負けだ。ピュアラ――」
浄化しようとして、衝撃を受けて左へ飛ばされる。
「ぐっ!」
なんとかブレーキをかけて空中で止まり、俺を飛ばした奴を見る。黒い人型の魔物……こいつもまったくセンサーに掛からなかった。魔物はセンサーに頼ってちゃダメってことか。
「アナライズ!」
魔物に魔法の杖を向ける。が、なにも起こらない。
「なんで? こんな時に故障か!?」
焦っていると、人型のような魔物は再び襲ってくる。
「ちっ!」
イチかバチか、魔法の杖を魔物に向けて
「ピュアラファイ!」
できるだけ収束させるよう意識したつもりだったが、それでもまだかなり大きい光線が魔物の体を一部削り取る。
「ふん、
「なっ、バケモンかこいつ!?」
「だがどうやら新人のようだな。その器、私が頂こう」
「くそ! ピュアラ――」
「遅い!」
蹴りがみぞおちに入り、メリメリと嫌な音が聞こえる。
「がぁっ!」
そのままふっ飛ばされた俺はデパートの壁に叩きつけられた。
「あ……ぐ……」
呼吸ができない。身体が動かない。意識が
ちくしょう……ここまでか。まあ、楓香ちゃんは助けられたから仕事は完了だろ。今度こそロリータな服でも似合う女の子に生まれ変わらせてくれよ……。
ふと、右手に握られた魔法の杖を見る。ぷに助が言い残した言葉を思い出した。
「……」
……力が入らない。指を動かすのすら全力の
「ほう、まだ生きていたか」
「……」
「ん? その眼……まだ生きる希望を見るか。面白い。新人の君に一ついい事を教えてやろう。お前達魔法少女の
「……はっ、そうやって心揺さぶって絶望させようってか?」
「なに?」
「なにも知らない女の子ならそれで心揺さぶられてたかも知れないがな。生憎、こちとら10年以上もブラック企業で絶望と理不尽は味わい尽くしてんだよ。クソったれな上司にやる気のねぇ先輩諸氏、サビ残なんて日常だ。エアコンの温度決める権利すらねぇんだぞ!」
「え、えあこん?」
「魔法少女
「代行だと!?」
「偉そうに言うなぁ!!」
高速で飛んできたぷに助が謎の魔物に体当たりして弾き飛ばした。
「ぐはっ!」
弾かれた魔物は思いのほか飛ばされ、ビルにめり込んだ。
「ぷに助……」
「はぁ、はぁ、スレイプニルだっ!!」
「はは、来てくれたか」
「まったく、お前はトラブル体質なようだな。待ってろ、回復してやる」
ぷに助は短い手を俺に向ける。すると温かい何かに包まれるような感覚があって、癒やされるのが分かる。
「……あいつはいったい何者なんだ? アナライズが発動しなかったぞ」
「あれは特殊型のイクサと言ってな、魔法少女の天敵のようなものだ」
「どういうことだ?」
「魔法少女は当然、魔法で戦うな?」
「あ? ああ」
「奴は、イクサは魔法を無効化するという厄介な特殊能力を持っている」
「なっ!?」
「アナライズも魔法だ。奴には効かんのだ」
「なんだよそれ……敵にそんなチート野郎がいるのか」
「ふん。チートが主人公の特権だとでも思ったか? 回復したら、お前はさっさと
「え?」
「こいつはお前に惹かれて来た。
「ああ、ブルブッフならもう倒したよ」
「なに!?」
「さっきのピュアラファイでな」
イクサの体の半分を削ったピュアラファイ。あれはイクサを狙ったものじゃなく、イクサを巻き込んで
「だから、もう楓香ちゃんは――」
「愚か者め!!
「なっ!?」
「アホめが、データベースをちゃんと見なかったな!?」
慌ててデータベースを確認すると、そこには確かに【群れで行動し、集団で襲うことが多い】とある。
そうか、俺は最初のほうの文しか読まなかったから……!
「分かったら早く行け! 応援は呼んである!」
「分かった! 頼んだスレイプニル!」
だいぶ回復した俺は、全速力で間宮楓香のもとへと飛んだ。
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