商人・タンドリーSide
私は以前商会を経営していた。その町では結構大きな商会で、親から商会を引き継いでからも徐々に規模を拡大し、他の町にも支店を出そうとしていたくらいに商売はうまくいっていた。
両親はすでに無くなってしまったが、妻にすでに成人した息子2人の4人の家族だった。息子二人も商会で働いており、支店を出す際にはその支店長を任せられるように指導し、息子達もそれに答えるように知識を吸収していった。
他の従業員達も懸命に働いてくれており、信頼できる部下にも恵まれてうまくいっていると思っていた。うまくいっていたために、あまりにも部下を信頼しすぎていたのかもしれない。
ある日突然その生活は終わってしまった。なぜか私名義で借金が作られており、その借金の返済のために商会を手放さなければならなくなってしまったのだ。借金には見覚えがなく、家族にも聞いてみたが誰も身に覚えのないものだった。
しかし、借金の証文は私の名前が入っており、偽造されたものではなかったことから、反論はできなかった。他からお金を工面しようとしたが、それだけの金額を借りることはできなかった。しかもそれでもお金が足りず、家族全員で奴隷に落とされてしまったのである。
奴隷商人というと忌み嫌っていたんだが、話してみるといろいろと世話をしてくれて話のわかる人だった。今回の経緯を聞いたところ、どうやら私は従業員の一人にだまされてしまったみたいだった。聞いた話だと、私の商会はその従業員に乗っ取られてしまったようだ。従業員達はすぐにそいつに従って働いているらしい。商会の経営者は私でなくてもよかったのか?
私たちは奴隷として需要の多い新しい町へと連れて行かれた。見慣れぬ土地で家族バラバラに買い取られて生活しなければならないかもしれないと不安な毎日を送っていた。
町に着いたところで奴隷商人から一つの提案があった。商売の資本金を出すので商売の経験者を探している人がいるということだった。過去に奴隷としてその人に何人か売ったんだが、売った奴隷達からかなり感謝されているのでいい話だと思うと言うことだった。もし家族がいるなら家族全員で買い取ってもいいと言うことだったのでその話に飛びついた。
紹介された人物はまだ20代そこそこの人物だった。冒険者と聞いたのだが、冒険者が資金を準備するというのでおそらく冒険者以外で大きな金額を手に入れたのだろう。それか何か遺産を相続したのかもしれない。あまり詳しく聞くのも失礼だと思い、すぐに内容についての説明を求めた。
「商売についてこちらは詳しくないのであなたのやってみたいことをやってもらえたらいい。そのために最初に何が必要なのか、どこに店舗を出すのか、どのくらいの資金がいるのかを計画してほしい。」
「何でもかまわないのですか?」
「何でもかまわない。ただ俺は冒険者なので少しは素材などを安く卸すこともできると思うのでそのあたりも考えてもらえるとありがたい。」
「なるほど。まずは町の情報収集から必要となるので、少なくとも1ヶ月は時間をいただかなければなりません。商売は以前私のやっていたことを基本として行いたいと思っていますが、初期投資額についてもこのくらいはかかると思います。家族4人を買っていただけるのであれば従業員はひとまず必要ありません。」
「わかった。それではまずは最初の計画を立ててくれ。その内容を見て正式な購入をするのかどうかを判断したいと思う。あと定期的に進捗具合を説明してほしい。調査の間の宿泊はこちらで宿を手配するのでそこを使ってくれればいい。」
すぐに住む場所として宿を借りてくれたんだが、シャワーまでついているかなりいい宿で驚いた。家族4人なんだが、二部屋も借りてくれたので息子達も喜んでいた。
調査費用として十分な金額が渡され、交渉のためと言って衣装なども購入してもらえた。正直このあたりはとても助かった。やはり商売としては最初の印象が重要だからだ。
4人で手分けをして町の情報収集を行い、人の流れ、必要なものの情報収集、物流などを調べ上げていく。まだ新しい町なので商売への参入条件も緩かったのは助かった。この点が一番心配していたところだったからだ。しかもここの領主が商売に力を入れたがっていたみたいで、商売を始めるための助成金も出していることがわかった。
商売についてクルト様はわからないと言うことで、奥様の一人のミランダ様が主に対応してくれた。もちろん彼女もそれほど詳しくはないが、商会の経営についてある程度知識を持っていたので説明が楽だった。
1ヶ月でなんとか資料をまとめ、購入候補の店舗、仕入れルートの状況、初期の投資金額、そして予想される利益について説明を行った。ここで驚きの発言があった。
「商売の内容についてはある程度理解した。そこまで詳しくはわからないが、あなたの意気込みと誠実な対応もわかった。言われた金額は準備するので商売を進めてもらいたい。」
「いいのですか?」
「大丈夫だ。ただ利益に対してはそこまで求めていない。その分従業員を雇っていいので、十分な給料を払い、一日に働く時間を決め、休暇も十分に取れるように対応してくれればいい。家賃などを含めて赤字にならなければ十分だ。この件についてはミランダと相談してほしい。定期的に内容の確認を行うことは理解してほしい。」
「わ、わかりました。」
「あと、住む場所は気を遣うかもしれないが、うちの家の庭に従業員用の宿舎を建てたのでそこを使ってくれ。」
そう言って正式に奴隷契約を行って引き取ってもらうことになった。正直言って、何のために商売をやるのかがわからなくなってしまった。でもできる限りやってみるしかないだろう。
商売を初めてから順調に売り上げを上げていった。頑張った甲斐もあって、1年ほどした頃には町では結構有名なお店になっていた。
もちろん領主様にはある程度話をつけていたが、それに関してはすべて任せてもらったのは助かった。やはりきれい事だけではうまくいかないこともあるのを理解してくれているのはありがたかった。
従業員も追加で雇ったが、給料もよく、休みも多く、さらに宿泊場所には賄い付きであるためかなり競争率の高い職場となっているみたいで、募集をかけるとすぐに数十倍の応募があるという状況になった。
2年もたつと、奴隷からの解放の金額が貯まり奴隷ではなくなったが、そのまま商店の経営を任された。奴隷ではないが、不誠実なことは絶対にできないと心に誓っている。
息子二人もこの町で出会った女性と結婚し、うちの商会で働いている。一人はご主人様の館で働いていた女性だ。きっと妾の一人だと思っていたんだが、全くそういう関係ではなかったらしい。
嫁に話を聞くと、最初はそういうことを望まれると覚悟をしていたらしいし、ご主人様の人柄からその後そうなってもかまわないと思っていたようだ。でもご主人様はすでに3人の嫁もいるのでこれ以上の関係は持たない、他にいい人を見つけるように言われていたらしい。
店をとられて大変な目に遭ったが、あのときよりもゆったりとした生活となった。あのときは毎日に追われて休みなんて無かった。今はある程度息子達に仕事を任せられるようになってきたので、妻と二人で旅行に出かけたりもするようになった。
妻もあのころはかなりカリカリしていたように思うが、今はかなり落ち着いて前より仲がよくなったような気がする。ことあるごとに、「あのとき奴隷に落ちてよかったかもしれないわ。」と言っている。
息子達も当時は毎日遅くまで仕事をさせて、笑顔もあまりなかったが、最近はよく笑うようになったように思う。思えば、前は彼女を作る暇も無かったかもしれないくらい、いろいろさせていたかもしれないな。
従業員達も以前のお店よりも一所懸命に働いているように感じる。勤務時間が決められているので、前の店よりも働く時間は短いはずなんだが、以前よりもよく仕事をやっているように思う。もちろん同じ人間ではないので違うのかもしれないが、やはり雰囲気が違っているのだ。
人生何があるかわからない。風の噂で私が持っていたお店は経営がうまくいかなくなって潰れてしまったという話を聞いた。あの従業員も奴隷に落ちてしまったらしい。
店舗は半分息子に任せられるようになってきたし、新たに出そうとしている支店も次男がうまく経営してくれそうだ。もう少ししたら孫も生まれるだろう。おそらく私みたいな幸運はそうそう無いだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます