ある殺し屋の願い

すでおに

ある殺し屋の願い

 殺し屋としてその世界では名を馳せた男が引退を決めたという。


 人目をはばかって生きてきた彼を知る者は一般社会には皆無であり、存在すらフィクション然としているがその男は実在する。今回彼にインタビューする機会を得た。表舞台に姿を現すことのない殺し屋の生の声を聞ける貴重なものとなった。足を踏み入れたきっかけからこれまでの実績、引退を決めた理由、身の振り方まで、殺し屋のリアルが息づく必読のインタビューとなっている。無論ここに記す許可も得ている。なお身の安全を考慮し、彼のものは当然ながらインタビュアーである私の氏名も伏せさせていただくこととした。ご理解いただきたい。



―この度は貴重なインタビューの機会をいただけて感謝しております。まず今回のインタビューを引き受けてくださった理由からお話しいただけますか


「インタビューに応じたのは、伝えたいことがあるからです。私が伝えたいこと、それは『人生はやり直すことができる』。いつからでも、いくつになっても、今この瞬間からでも、人生はやり直せるということです。それを多くの人に知ってもらいたい。私はこれまで日の当たらない道を歩いてきました。多くの人を殺めてきました。それを生業としてきましたが、足を洗い、人生をやり直して真っ当な道を歩むことに決めたのです」


―引退を決めた理由も人生をやり直すためでしょうか


「その通りです。もし私が、人生をやり直したいと考えている誰かの道標になれれば、これほど嬉しいことはありません。墓場まで持っていかなければならないことも一つや二つではありませんが今日はできる限り、質問にお答えしようと考えています」


―ありがとうございます。それではまず殺し屋になった経緯から教えたいただけますか


「決して自ら望んでなったわけではありません。10代の終わり頃、私は孤独を抱えていました。金もなく学もなくなんの支えもなく、夜の町を一人でふらついていました。その時に組織の人間と出会いました。それで気づいた時には裏の世界に足を踏み入れていました」


―殺し屋を始めたのも同じ頃ですか


「19の時が初めてでした」


―どういった経緯だったのですか


「有無を言えない状況でした。組織の人間にターゲットを教えられ、銃を渡され、報酬を渡されました。渡されたのは手垢のついた回転式拳銃でした。恐怖心もありましたが、同時に心の奥底に優越感のようなものが芽生えるのも感じました。拳銃を握る触感が私を刺激しました。私の体には殺し屋の血が流れていたのかもしれません」


―その拳銃で狙撃した相手は


「敵対する組織の幹部でした。その幹部が気に入りのホステスが在籍しているクラブにいるとの情報が入り、私は覚悟を決めました。店の側の、人目につかないところに隠れて幹部が店を出るのを待ちました。閉店時間が近づき、店の前が騒がしくなったのに気づくと私はバイクに跨がりました。今までの人生であれほどの緊張と興奮は他に経験がありません。そして私はバイクですれ違い様に幹部を狙撃しました。無我夢中で胸元を目掛けて2発発射しました。私に向けられた銃声を背中で聞きながら必死で逃げ、なんとか逃げきることができました。初めてにしてはハイリスクな任務でしたが無事成功しました。失敗していたら殺し屋を続けてはいなかったでしょうし、すでにこの世にいなかったかもしれません。そういう意味では運に恵まれていたといえます」


―その時から殺し屋の日々が始まったわけですね


「25年。殺し屋一筋で生きてきました」


―今もその組織に属されているのですか?


「3度目の殺しを依頼された際、報酬を巡って軋轢が生まれ、組織を出ました」


―簡単に抜けられるものなんですか


「拒絶されましたが自分の腕で片を付けました。それからはフリーで活動しています。その時のことがいい宣伝になったようで、ありがたいことにひっきりなしに依頼が舞い込みました」


―一人ですべてを背負うのは精神的な負担も相当なものだったと思いますが


「人の命を狙うことは同時に自分の命を危険に晒すことにもなります。プレッシャーが絶えず付きまといます。仕事を終えた後でも消えることはありません。この稼業を始めてから緊張が途切れたことはなく、熟睡したことは一度もありません」


―印象深い依頼はありますか


「ある政治家を始末したことがあります。具体名は挙げられませんが、かなりの大物でした。SPもいますし、マスコミも張り付いて、なかなかチャンスが訪れませんでした。10日間張りついてようやく仕留めることができました。マスコミでも大きく報道されました。あの時の達成感は今も忘れることができません。殺し屋としてやっていく自信がつきました。本当に貴重な経験になりました」


―心当たりがあります。当時は大騒動になりましたが、あれもあなたがしたことだったのですね。依頼された理由はどのようなものでしょうか


「それは私の知るところではありません。依頼があればただ任務を遂行するのが私の仕事です。ある有名作家も事故死と報道されましたが実際は私が仕留めたものです」


ーもしかして○○○○さんですか。事故として処理されていますが(伏せ字はインタビュアーによる)


「そう見えるよう偽装したのです」


―警察まで欺くことができるのですね


「それが私が長いキャリアで身に付けた技術です」


―警察との関係はどのようなものだったのでしょうか


「私は警察に厄介になったことは一度もありません。用心深い性格なので、常に周到に準備を重ねたため、幸い手錠をかけられることはありませんでした。もちろん運がよかったのもあると思います。前科もありません。お蔭で今後の活動も制約を受けることはなさそうです。本当に幸運だったと思います」


―想像もつかないのですが、成功報酬は相当なものだったのですか?


「案件によっても異なりますが、人を殺す行為はリスクが大きいです。警察に捕まることはもちろんですが、殺される危険もあります。私の命が狙われる危険もはらんでいるので、その分報酬も当然大きいものとなります」


―帳簿などはつけていないのですか


「記録には残しません。実態を把握しているのは私だけです」


―これまで受けた依頼は相当な数に上ると思いますが


「私自身正確に数えてはいませんが、25年のキャリアがあるので、相当な数に上ります」


―同業者との交流はあるのですか?


「私は組織を離れ、単独で動いていますから、同業者との交流はほとんどありませんが、それでも何度か何人かと対面したことはあります」


―どういった方なのですか


「血の通っていない冷徹な人間をイメージするかもしれませんが、普通の人間です。彼らは依頼されたことは確実に実行しますから、むしろ誠実な人間が多いと思います。精神が細やかでないとできないことですので、気配りのできる人も多いです」


―今後はどうのように過ごされる予定ですか


「人の役に立ちたいと考えています。ボランティア活動などにも興味があります」


―最後に何か伝えたいことがあればお願いします


「人間は誰でもやり直すことができる。いつからでも、いくつになっても人生はやり直せる。それを多くの人に知ってもらいたい。人生のやり直しに遅すぎることはないのです。人生のスタートラインを決めるのは自分自身です」


―今後の活躍をお祈りしております。今日はありがとうございました



この物語はフィクションです。

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