第18話 勝ち組女子の再会



 季節は過ぎて、秋になった。

 相も変わらず、定期連絡は毎日している。


「秋人は? 元気?」

「ああ、あいつ? 相変わらず不愛想ないけ好かないクソガキよ。まあ、安心してよ。アンタの弁当はちゃんと渡してる。めっちゃ不審がってるけど」


 そりゃそうだ。

 突然姉がダイエットを始めたり、友達からと称して弁当を持たせたり。

 彼からしたら訳が分からないだろう。


「そーいや、秋人に会いに来る気はないの? 仲良かったんでしょ?」

「どうやってよ。向こうはなにも覚えてもいないのに。そうなると接点がなさ過ぎて、警察を呼ばれかねないわ」


 思い出すのは冬子になって途方に暮れて、遥に会いに行った時のこと。偶然会った母はとても困っていた。

 あんな感じになりかねないと思えば二の足も踏む。


 そもそも最初に釘を刺されて以来、遥は一切鈴代家周辺には近づいていない。約束は守る性質なのだ。


「あんた、わりと頭でっかちよね。考えすぎて動けなくなるタイプ。そもそも深山遥に戻った理由はあいつでしょー?」


 思わずぐっと息を飲んだ。

 電話越しだから赤面はバレていないだろう。


 深山遥に戻った理由はたくさんある。並べ立てることはできる。

 でも、たぶん一番の理由は、きれい事ではない、ただの打算。


「そ、そっちだって! 本来なら涼太くんともう付き合ってる時期なのに、出会ってもいないじゃない」

「ちょっと! 私の話はいま関係ないでしょう!?」


 話を逸らそうと思うなら、冬子にはこの話題しかない。


「で?」

「でってなによ!?」

「涼太くんとの思い出話聞かせてよ。今日こそ! 別に私の体だったってことは気にしないわよ? なかったことになってるんだし」


 今日こそ。と息巻いたのは本心だ。

 冬子はなぜかこの辺りの話を絶対にゲロらない。

 体の本来の持ち主である遥に配慮しているのかと思ったが、どうにもそれも違うらしい。


 今日も今日とて、キスくらいはしたの?

 そう水を向ければ、

「どどどどどどうかしらね? おほほほほほ」


 というあからさまな誤魔化しが入った。


「なんでよ、いいじゃん。ちょっとくらい幸せを分けてくれても」


 それは辛いものではなく、冬子にとっては支えになる記憶のはずなのだ。


「おぼえてない! 覚えてないものは話せない! はい、この話はここで終わり!」


 無理矢理打ち切られてしまった。

 納得のいかないものを感じながらも、冬子の本気の拒否を感じてそれ以上の言及を避ける。


「それにしてもマジでわかんないわ。秋人アレのどこがいいの?」


 結局逸らしたはずの話題が戻ってきてしまった。


「え、全部」


 あの体格で、あの顔で、あの性格だ。

 パーフェクトじゃないか。

 なにが不満なのかがむしろわからない。


「私、恋は盲目って言葉をいま凄い実感してるわ。正直、アレがそう見えてるあんたの目は相当イカレてるわよ」


 こんなに目が悪くなるのかと冬子が慄いている。


「え、私もこんなん? 涼太ってそんなに魅力的じゃないとか……ないわね。世界一かっこいいもんね。遥と秋人とは違うわ。私は正しい」

「……魅力がないとは言わないけど、世界一はちょっと言い過ぎだと思うの」

「なんでよ」

「だって、秋人が世界一だもの」


 電話の向こうでけっと行儀悪く舌打ちをかます音がした。


「さっさと会いに行って告白の一つでもしてきなさいよ。その台詞そのまま言えばいいんだから簡単でしょ。ほら、男らしく、涼太がそうしたみたいにさ」

「あのさ、ちょいちょいのろけを挟んでくるのやめてくれない? そっちだってまだ会いに行ってもいないでしょ」


 しばしの無言が過ぎて、揃ってため息を吐く。

 完全に水掛け論。目くそ鼻くそ。どんぐりの背比べ。


「まあ、問題はどう出会うかよね。私も、あんたも」


 そんな結論に行きつく。


 姉である限り恋はできない。

 でも、姉でない遥はただの他人。

 そしてその他人に望みをかけて、遥はリセットを選んだ。


 一から全てをはじめなければならないというのなら、遥にも希望はたくさんある。

 ちなみに諦めるという選択肢はない。冬子と遥はそういう点では気が合った。


「できればがつんと心に残る素敵な出会いを演出したい」


 ひとめ惚れとかしてくれたら最&高だ。


「あんた、欲まみれすぎるわよ」

「べ、別に現実にやるとはいってないじゃない。ただの希望よ、良いじゃない夢くらいみたって!」


 現実問題、ひとめ惚れ作戦は絶対に無理だとわかっている。

 どう考えても遥は秋人の好みから外れていた。


「知り過ぎてるのもなかなか辛い……」


 彼の隠し持っていたグラビア雑誌は軒並みグラマラスなゴージャス美女だった。

 これも二の足を踏んでいる理由の一つだったりする。

 頑張れば、もう少しすれば、自分の胸もちょっとは成長するかもしれない。


「ないわ。その後の一年を引き継いだ私が言うんだから間違いないけど。胸はそのままだったわよ」

「うわーん!! 夢も希望もないこといわないでよ!」


 冬子のスタイルが今になってどれだけ恵まれたものだったかがわかる。

 他人になって初めて知る真実はなかなかに残酷な真実を突き付けてきた。


「……お互い、相手の記憶のない思い出に縋ってるのは惨めなものねえ。早く新しい思い出を作りたいものだわ」

「珍しく正論ね」


 だいぶスリム化した冬子はからかう様な声音で言った。


「ま、あんたには世話になってるし? いつか、その理想の出会いとやらに一役買ってあげてもいいわよ?」

「え、それっていつ?」

「涼太と私が付き合ったら」

「……まあ、気長に待つわ」





 冬が過ぎて春が来た。


 カレンダーを見れば入学式。

 ちょうど一年前、冬子だった遥は秋人の入学を同じ学校で祝った。


 ならば今頃秋人は冬子と入学式でどつき合ってる頃だろうか。

 中身が違うせいか、当時の冬子と、今の冬子では秋人との関係性はかなり違う。

 険悪というほどではなさそうだが、まあ「どつき合い」辺りがやっぱり表現としてはちょうど良さそうだ。


 一人でテンパっていた家事も、いつの間にか秋人と罵り合いながら分担するようになったとか。

 母が姉弟喧嘩を止めずに、いつも嬉しそうにニコニコ眺めているだとか。

 冬子の話は困惑すればいいのか、微笑ましく受け止めればいいのか、反応に困る。


「一年、か」


 遥は高校三年の初日を、空を見上げることで一人祝った。


 なんだか一年も経つとまるであれが夢だったような気がしてくる。

 自分が作り出した、ただの妄想。


 冬子がいなければ、自分の頭の方を疑っていただろう。


 そんなアンニュイな気分になっていた遥を不意に呼ぶ声。


「深山、遥さん?」

「え?」


 驚きすぎて、一瞬息が止まった。

 聞き間違えるわけがないのだ、この自分が。

 彼の声を。


 振り返った先には、思い描いた通りの人物がいた。

 高い背と広い肩と、筋肉質な体。

 遥にとっての、絶対安全地帯。


 かつての弟。


「はじめまして。姉がお世話になってます」


 ――はじめまして。

 その言葉がショックでなかったと言ったらうそになる。


 でもそれ以上に頭の中が一気に染まった。


 秋人だ。

 秋人だ。秋人だ。秋人だ!


 会いたかった人だ。顔を見たかった人だ。

 夢にまで見た姿だ。


 よく、今まで我慢ができていた。

 一目、見てしまったらそんな思いがあふれた。


「あの?」

「あ、ああ、すみません。ちょっと……びっくりして」


 見惚れていて。とは言えないので、視線を斜めに飛ばした。


「すみません、名乗りもせずに突然話しかけてしまって。鈴代秋人。姉の名前が冬子です。お友達だと伺っていますが……?」


 ちらと窺うような視線に頬が勝手に熱を持った。


「あ、はい! 友達です。仲良くさせてもらってます」

「いつも弁当を作ってくれていたのはあなただと姉から聞いて、いつかお礼を思っていたんです」

「そんな! 別にお礼なんて! 好きでしていたことですので!」


 ぶんぶんと大袈裟に頭を振る遥を見て、秋人が少しだけ微笑んだ。

 遥はもはや早鐘を打ち過ぎた心臓が止まってるのではと心配になって胸に手をやった。


 混乱とトキメキを極めた遥の脳裏にいつかの冬子のセリフが思い浮かぶ。

「いつかあんたの理想の出会いを演出してあげる」。

 いたずらに笑う顔が見えるようだ。


 確かに小憎らしいサプライズだった。

 だが、心臓に悪すぎる。



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