下町騎士道

『下町騎士道』

 マリクハル・ミハーカ


 まったくもって腹立たしい。この事態を解決できない自分に腹が立つ。

 娘一人すら強くしてやれない自分が許せない。

 男手一つで育てた分、ミレミヤには強い子に育ってほしかった。強さとは、ひとりで立って歩ける強さだ。


 両の脚で立って歩く一個人。娘のことはそれ以上にも、それ以下にも見なしたつもりはない。その娘が死んだ。私が忠を尽くす国は、原因すら特定できぬときた。

 やはり召喚儀式などに頼るべきではなかった。人は一人では生きてゆけぬ。サクマ騎士団長が仰ることも、まったくもってその通り。だが、一個人として在ることが叶わねば、それはやはり死への漫然たる諦観に他ならぬ。


 生来、城の外で畑を耕していた私に求められていたのは、先祖の土地が行方不明になったり、毎年のように未開拓の山が見つかるような大地でも生きていける、一個人としての強さではなかったか。生きることにおいては、結局のところ、まずは自立することが先に立つのではないか。


 あいにくと私は諦めが悪い。特に生きることに対しては。私以外の騎士にも、この国にもそうあって欲しいと願う。

 私が愛してやまない騎士団は、ただ失踪した人々を探して城下町をうろつき、誰が怪死したかを確認するだけの機関に非ず。

 われらリュド王国民は死を待つだけの弱者に非ず。

 私とて、娘一人強く育ててやれなかった親に非ず。


 こうなっては何も立ち行かぬと奮起し、国王殿に一撃お見舞いすることを心に決めた。


 二本の脚で城に出向き、同僚たちを説得し、王に拝謁しご尊顔に拳を叩きこむ。これをマリクハル作戦と名付けよう。

 実行にあたって、事前にサンビア・サクマ騎士団長に相談を持ち掛けた。サッさんは呵々大笑して私を取り押さえようとされた。昼間だったが、早めの就寝をお願い申し上げることにした。

 元より忠義の騎士たるべき者が、王の自由意思をないがしろにしてまで強くあってほしいと願う。それ自体が騎士道への重大な違反行為だ。騎士には王に助言と補助を行う義務があるが、強くあることは王の義務ではなく、騎士の義務だ。私が心の中でそれに背いた時点で、王に一撃見舞おうが、既に騎士道に反することには変わらないのである。その理屈がなぜわからぬ。


 サクマ騎士団長を締め落としたところでやるべきことは変わらぬ。その脚で王の元へ出向いた。ちょうど家臣たちと一緒にいるはずだから、彼らも殴っておこう。

 城の門まで来たところ、ちょうど王の間へ飛んでいく一個の火の玉に遭遇した。時とは重なるものである。

 のちに知ったことだが、それは冒険者ギルド『赤の眷属』の魔術師、"煉言"のワスプニカ殿だった。全身に火をまとって、空から直接王の間に飛び込もうというのだ。何とも冒険者らしい。不埒な。

 他の時ではいくらでもやってもいい。だが、私が王に忠道を示さんとする今だけは、王の身に危険の迫ることは行ってくれるな。

 王には私を見てもらわねば困るのだ。


 その辺にいた門番の槍を奪って、火の玉に投げつけたが、衝突する直前で炎に包まれて燃え尽きてしまった。術者の口が開いているのが見えたから、おそらくは呪文、火系魔法を詠唱されたのだろう。


 火の玉はまんまと王の間に飛び込んでしまった。

 王の間では朝の会議の真っ最中。このままでは歴々たる面々の前で王の面に一撃を入れるのが私ではなくなってしまう。


 こちらも負けじと門番を蹴散らし、城壁を登攀して王の間に向かった。よもや王の身に危険が及ぶことになろうとは。かくなる上は王を狙う襲撃者を誅したのち、家臣たちの前で王に拳をお見舞いするのみ。


 王の間にたどり着くと、"煉言"のワスプニカ殿が王の御前で妄言を吐き散らしている最中だった。やれ「『赤の眷属』がしばらくして到着する」だの、「"火焔"のグラーフが先に到着した後、"焔"のラフニカとギルドマスターが遅れてやってくる」だの生意気なことを申していた。"火焔"のグラーフといえば北方では名の知れた魔術師。それに"焔"のラフニカといえば100年前の北方二大紛争を終結させた焔の英雄ラフニカ・ライカネルハその人ではないか。

 そんな高名な武芸者2人を使役するとは一体『赤の眷属』のギルドマスター殿は何者なのか。私は冒険者のような根無し草は好かない。

 "煉言"のワスプニカ殿の後頭部に一撃お見舞いしてやった。先ほどのやり取りでワスプニカ殿の動きは見切っている。案の定、後頭部を強めに殴れば、ひ弱な魔術師らしく一撃で昏倒した。


 これを読む後世の者にひとつ理解して欲しいのだが、この時点で私はあの生意気な小娘が"煉言"のワスプニカ殿だとは知る由も無かったことを付記しておく。

 彼女は実のところ、王の出した依頼に応じてやってきたのだった。とはいえ、その振る舞いは万死に値する。私は不心得者にしかるべき行動を取っただけだ。


 むしろあの場で不審者に手を上げない方が騎士道に反すると言えまいか。


 やるべきことは変わらない。行程が増えただけだ。

 まずは王の顔面に一撃お見舞いし、しかるのちに"火焔"と"焔"を蹴散らす。最後に街を騒がす不埒な怪物に私の拳を叩き入れる。


 私は何か神妙な空気を感じ取ったため、気絶した煉言殿を丁重に放置して王の御前に立った。

 王はその場でも神々しく美しくあらせられた。それゆえに今の王の態度が許せぬ。今やこの国はただ漫然と死を待つのみ。それを受け入れんばかりの態度が許せぬのだ。


 私が王に一撃入れたいと申し出たところ、王は驚いた顔をなされて臨戦態勢に入られた。流石に一国の王を務めるだけあって、その構えの雄大さは国ひとつ分に相当する。周りを固める騎士団の動きも見事な迅速さである。


 私はその場にいた何人かを適当に殴り飛ばして、懐から硬貨を取り出した。その辺のゴロツキから奪ってきた、例の黒く歪んだ硬貨だ。

 それだけで騎士達の守りは沈黙した。


 6枚集めると死ぬ硬貨。行方不明になると言われているが、第一王女殿が死体で見つかった以上、6枚集めると必ず死ぬ効果が付与されていると見て良いだろう。

 城下町の住民から失敬した硬貨は5枚。5枚までは大丈夫だ。


 とはいえ、やはりアルフゥ殿には及ぶまい。

 忠道を貫く手前、武勇伝を語るための日記ではないことはここに附しておくが、それでも三賢者一の武闘派との交錯だけは残しておくべきだろう。彼の戦闘など、リュド史に残る出来事なのではないだろうか。

 彼は硬貨を見せつけても、ものともしなかった。

 迸る魔力が畝り狂う波濤となって襲い掛かってきたときには本当にダメかと思った。魔法が発動した瞬間を見極められなかったが、あのケチなジジイが無詠唱呪文を使うとは思えない。呪文を唱えきるよりも前に術が発動していたから、大方、言霊系の詠唱に見せかけ、実際は音の調和自体を媒体にした象徴系の呪文を発動したのだと思われる。あの器用貧乏でケチなジジイがいかにもやりそうな手口だ。

 音の高低だったか、調和だったかを魔法陣のように使って発動するタイプの呪文は耳にしたことがある。ここ数年の研究で開発された手法のはずだが、あんがい爺さんも勤勉なのか。


 そういえばラクノス先生の姿が見当たらなかった。相変わらず仕事を押し付けられているのだろう。仕事があるのはいいことだ。


 しかし、アルフゥのジジイが本当に殺しにきたのはいただけない。結界術で味方の安全は確保していたのだろうが、それでも王の居城であれほどの規模の魔法を使うなど。

 いや、しかし思い返せば、あの津波は幻術だったのかもしれない。

「魔術で絵画を仕立てる」とまで言われる程の大魔術師だ。本物の津波よりも偽物を描く方が得意だろう。


 なんとか自力で泳いでその場から脱出したと自分では思っていたが、もしかしたら、アルフゥ師に泳がされていたのかもしれん。さもありなん。国を憂う気持ちはともに同じというわけか。

 気が付けばワスプニカ殿を抱えて下町の裏路地にいたが、それもたくらみ通りか。

 リュド王国を救いに来た『赤の眷属』の使者を城の騎士が倒してしまったとあってはギルドとの紛争に発展しかねない。しかし、乱心した家臣の仕業にしておけば交渉の際に相手も納得せざるを得ないというわけか。つまり私は全力で『赤の眷属』を排除にかかればよいというわけだ。


 道中、白い服を着た子供を見つけたので、退治しておいた。ラクノス先生の分析によれば、アレは物体を複製する『スキル』を有するらしい。加えてティトランとかいう男の『場になじむ』スキルアイテムを有しているのだとか。ならばあの子供の存在が複数体でやってきたのにも納得がいく。


 さて、王の襲撃に失敗したが、まだ直訴の機会がないわけではない。冒険者ギルド『赤の眷属』をとっちめたついでに城に乗り込めばよい。確か『赤の眷属』は北方で結成された謎の多い冒険者ギルドだ。ギルドマスターは不死者、"赫"のセイラ。謎が多い人物だ。


 ワスプニカ殿に尋問したところ、彼女もまたギルドマスター自身のことを詳しく知らないらしい。かなり秘密主義の集団のようだ。

 しかし、これからリュド王国を助けにやってくる連中の構成員は把握できた。


 少し気になったので、警戒を心に留める意味で彼らのことを書いておこう。

 通常、ギルドというものはギルドマスターを頂点にして、その下に幹部がおり、さらに下に複数のパーティーや冒険者を抱える。最下層は流動が激しく、冒険者と組織のつながりも希薄な場合が多い。


 しかし、『赤の眷属』は厳選した冒険者たちと強いつながりで結びついたギルドのようだ。おそらくはギルドの内情を探られないためにそういった秘密主義の形式にしているのだろうが、些か私兵団的な印象が残る。

『赤の眷属』はギルドマスター"赫"のセイラを頂点とした秘密の私兵団といったところか。


 "赫"のセイラの下に幹部の"焔"のラフニカ、

 さらに下に"火焔"のグラーフとそのパーティーが来る。

 こういう私兵団タイプの連中は腕っぷしの強さで序列が決まる。

 セイラ、ラフニカ、グラーフ。とりあえず三人をこの順番で押さえておけばまず間違いない。


 彼らは現在、二手に分かれて行動しているようだ。


 北方からは"火焔"のグラーフを筆頭としたパーティーが向かっているらしい。

 グラーフ・ライカネルハはティトランとかいう男にだまされたことがある放火魔なのだそうだ。聞いたことがある。確か8年くらい前に結婚詐欺グループが北の方からやってきたので、騎士として色々対策を講じた。その被害者がグラーフ・ライカネルハということか。なんかかわいそうなやつだ。


 パーティーメンバーは6名。戦士と魔法使いがそれぞれ3名ずつ。全員攻撃手というバランスの取れた構成だ。

 "法悦"のセンネル、"奇剣狂"ベルーデ、マスクド幸七郎、リクト。

 何名かは聞いたことがある冒険者だ。強くもないが弱くもない。要するにグラーフひとりで御せる連中ということだ。

 北メンバーはグラーフさえ警戒すればいいだろう。


 さらに南方からはギルドマスター"赫"のセイラと"焔"のラフニカがやってくる。

 ラフニカ・ライカネルハはグラーフ・ライカネルハの曾々祖父にあたる人物らしい。騎士ならば誰もが知る英雄だ。100年以上前の人物だから、長命種なのか、あるいは不死者の眷属となったのかもしれない。

 セイラについて現状わかる情報はない。ただ、南から来ることには何か事情があるに違いない。南メンバーについては最大限警戒すべきだろう。


 もし味方になってくれるとしたら頼もしい限りだ。が、この国はこの国で戦わなければならぬ。その思いをお互い知ってもらうには、彼らと戦うのが手っ取り早いと思う。

 そして、王を殴る。 


 ワスプニカ殿に飯をおごって宥めた後は、あえて『赤の眷属』を誘い出すための手紙を書かせた。ワスプニカ殿は娘よりも一回りくらい年下だろうか。私やミレミヤと同じ、北方由来の赤髪だが、二つの髷を垂らした髪型はミレミヤとは似つかない。娘も身だしなみには常に気を遣ってはいたが。

 そういえば娘も一時期髪を伸ばしていたが、妻が亡くなってからは私と同じように短い髪にしたのだ。

 しばらく髪を整えていない。これが終わったら久しぶりに散髪でも行こうか。

 いや、せっかく伸ばしたのだから、やはりしばらく髪を切るのは止そう。


 ワスプニカ殿に髪の結び方を聞いたら危険人物扱いされた。なぜだ。

 王の御尊顔を殴打するまでは、私はただ漫然と生きるしかないというのか。


 ワスプニカ殿からは"火焔"のグラーフのことを特に聞かされた。

 それぞれの祖父が兄弟らしく、グラーフ殿が本家であるのに対して、ワスプニカ殿は分家らしい。両親の記憶は殆どなく、物心がついた時にはすでにご先祖様にあたる"焔"のラフニカのもとで魔法の修行を積んでいたそうだ。

 あのラフニカ・ライカネルハのもとで修行ができるなど、騎士にとってうらやましい限りだが、ワスプニカ殿は剣の腕前でなく魔法の才能を見込まれていたようだ。察しが付く。魔法の才あるものが親元から引き離されて修行させられるのはどこの世界でもよく見られることだ。

 しかし、あるとき本家筋の"火焔"のグラーフがやってきて、友に修行する羽目になったのだそうだ。しかもあとから来たクセにやたらと兄貴面をするので正直うっとうしいらしい。

 だが、所詮人はひとりで生きていかねばならない。グラーフ殿がどうあろうと、ワスプニカ殿が確固たる個人を貫かねば修行も意味があるまい。


 ワスプニカ殿には髪の結び方を改めて問いただした。

 そのあとはワスプニカ殿を締め落とし、武器を奪ってラクノス先生の部屋にに放置した。

 ラクノス先生はアホなので、城内と城下町を結ぶ秘密の魔法陣をあちこちに仕掛けている。しかもバレてないと思っているので相当のアホだ。サっさんが上に報告せずに握りつぶしたが、第一王女が失踪した際も、騎士団は真っ先に転送魔方陣の利用を疑ったくらいだ。「あんなバレバレのモグラ穴置いといて今更何言ってんすかアホですか」とはとても報告できまい。


 ワスプニカどのから装備を奪っているとラクノス先生が何をしているのか問いただしてきた。王の顔面に一撃入れるのだと説明をすると「じゃあ私も」ということで一緒に王を殴りに行くことになった。

 三賢者の一人が志を同じくしてくれるとはなんと心強い。この男もこの男で国を憂う気持ちは同じだったのだ。

 

 しかし、ラクノス先生はラクノス先生でだいぶ仕事疲れが溜まっていたようで、判断力が著しく低下している様子だった。

 正直心配だったので「大丈夫ですか。やることあったら手伝いますよ」と言ったが、まさかあんな物を読まされる羽目になるとは思いもしなかった。

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