戦う者たち
わくわく冒険記録
『わくわく冒険記録』
"火焔"のグラーフ
パーティーメンバーにはとても信じてもらえないかもしれないが、こんな俺にも初恋というものはある。16歳のときのことだ。
当時からすでに昏く陰気で捻じ曲がり、しかも根性までひん曲がった性格だった。そんな俺にも優しく接してくれたのがアリッシャだった。まあアイツ奴隷だったから、俺と対等に接するのはダメなんだけど。
しかもアリッシャ、他家の奴隷だったから、その後すごい面倒事になったんだよね。他家の所有物に手を出したわけだからね。といってもこっちは文字通り手をつないだだけだよ。良いじゃん。他人の奴隷と手をつなぐくらいさ。
しかもアイツ最初から最後までタメ口だったし。なんでかな。
最終的になぜか俺がアリッシャを買い取る形になったんだけど、直後にアイツうちの家財持ち出して逃亡しやがったからなあ。それ以来会ってないし、聞くところによるとバベッキオとかいうクソ田舎の街で、今はティトランとかいう男とよろしくやってるらしいけど。でも風の噂だからどこまで信用していいかわかんないしなあ。
というかアイツ奴隷のクセに俺以外にも普通にタメ口聞いてたし、ほんとうに奴隷だったのかなって思うことはある。
当時の俺はまだ純粋なところもあったから「やっぱ全身に火をつけて半裸でブレイクダンスしたのがまずかったのかなあ」とか思ったけど、今から考えたらアイツマジで何だったんだろうね。いやでもこっちは"火焔"のグラーフだからね。体に火をつけるくらい良いじゃん。
あの後アリッシャを所有していた家を滅ぼしたら故郷にいられなくなったんだよね。それで、ひいひいじいちゃんの言いつけで冒険者になったわけだよ。
今となっては苦い青春の思い出さ、みたいな感じで締めたかったけど、振り返るにキナ臭い点が多すぎるよね。ずっとアイツタメ口だったし。そもそもアレは初恋だったんだろうか。
もしもアリッシャに会えるとしたら迷わずぶち殺すよね。
で、なんでこんなことを日記に書いたかというと、そのアリッシャが現在住んでるというバベッキオの街に立ち寄る機会があったからなんだよね。バベッキオから南に下ったところにあるリュド王国に行かなくちゃいけなかったんだけど、思ったより旅程が長引きそうだったから先にバベッキオに寄ったわけ。
こっちは淡い初恋の借りがあるわけだから「ちょっと肩の力抜いて尋ねてみるか~」くらいのノリで、血眼になって探すよね。そしたらアリッシャもティトランとかいう男も影も形もないわけだよ。
どうもティトランとかいう男もバベッキオの街出身ではあるみたいだけど、遥か昔に出奔したみたい。そいつのいた工房は燃やしたけど、もしかしたらアリッシャがティトランと暮らしてるって話も本当じゃなかったのかもね。
出来ればアリッシャを探すのに力を入れたかったけど、今回の依頼はひいひいじいちゃん直々の命令だし、俺もパーティーメンバーを統率する立場ある手前、どうしてもリュド王国に向かうのを優先しなくちゃいけなかったんだよね。だからこんなことを日記に書くわけ。俺は対人との会話が苦手だから、仲間にもあんまり相談できないしね。
でも会いたかったな〜また会えるかな〜
それでも名残惜しさはあったから、先にワスプニカを伝令代わりにリュドに向かわせてバベッキオの滞在日数を稼いだんだけど。いやでもうちのパーティーメンバーって、あの子以外は俺みたいな放火魔と同レベルの奴らしかいないからなあ。
まああの子単独でも結構強いし、礼儀作法も心得ていて、素早く立ち回れて見た目もイカつくないし、俺のことちょっとバカにしてるけど、適任っちゃ適任だよ。
俺とか他の連中が行ったら普通にモメそうだし。というか前にそれで一回モメてるから怖いんだよ。俺ってそういうの結構気にするタイプだし。
先に伝令に向かわせるとき、ワスプニカにはすごい睨まれたけどね。
やっぱ私的な理由なのがバレてたのかな。
でも結局ひいひいじいちゃん達も南の方から陸路で来るらしいし、リュド王国で集合すれば良いんだから、悪くない判断だと思うんだよな。
ワスプニカだけ先に向かわせてから1週間経ったので俺たちもついにバベッキオを発つことになった。さらにそれから馬車で2週間陸路の旅を続けた。
俺一人ならもっと早いけど、今回は他にメンバーがいるしね。そういう不自由も旅の醍醐味だと思う。それに最近加入したリクトくんの作るごはんがおいしいしね。あの子、異世界転生者らしいけど勇者認定されなくて死にかけてたところをウチのギルドが拾ったらしいから他に行くアテがないそうなんだよね。そういうのすごくかわいそうだと思うし、本人もやる気があるみたいだから、出来るだけ任せられる仕事は任せてあげたいと思う。
見ず知らずの土地でやることまでなかったら心まで病むからね。
ウチのパーティーメンバーも暇すぎておかしくなった人たち結構いるし。
そんなこんなでそれなりに楽しくキャンプファイヤーとかしながら旅をしていたら、とうとう明日には確実にリュド王国にたどり着けるだろう距離まで到達したので、これまでの記録を残した。
今日は山中で野生の高山ドラゴンと戦った。高山ドラゴンとかいう名前のクセにこのあたりの地域ではちょっと高い場所に登るだけで出没するドラゴンだ。口から火を吐くから、やろうと思えば逆に火系魔法で操作して倒せたけど、リクトくんのスキルでドラゴンを仲間にした。ドラゴンって強いしね。
でも直後に野生のゾンビが出てきてヤバかった。
元々、大平原沿岸は出てくるはずのないモンスターが時折出てくる魔境みたいな場所だけど、ゾンビまで出てくるのは聞いてなかった。
センネルがリュド王国に行ったことがあるらしいので聞いてみたけど、リュド王国周辺でゾンビが出てくるのは稀によくあることらしい。理由は不明。絶対におかしい。
まず野生のゾンビって何よ?
死体があるならまだしも、モンスターとか人間みたいに、地面からゾンビが生えてくるってこと?それはないわ。
生きてるやつらが地面から生えてくるのはわかるけど、死んでるものが地面から生えてくるわけがない。
絶対に誰かが悪さしないとゾンビみたいな特殊な奴は地面から生えてこないでしょ。
この話を仲間に振ったら、センネルは「生えてくる」じゃなくて「湧いてくる」じゃないですかって言い出した。やっぱりこの手の現象って土地ごとに言い回しが異なってるのかな。
ベルーデの方は「増える」だと言っていた。リクトくんはこの世の終わりみたいな顔をしていた。やっぱりあっちの世界では魔物なんていないだろうし、そんな連中が自分たちと同じ増え方をするなんて知ったらショックは大きいんだろうな。
それにしてもリュド王国って奇特な土地だと思うわ。大平原沿岸部の土地は大平原の移動の余波で数十年単位で地理構造が変化するらしい。子供のころにあった山が、大人になったら2つに増えていたとかはよくあることだそうだ。先祖の代に開墾した山がどこかに行った話はよく聞くけど、その速さは予想外だわ。
今の長命種の王家が治めるようになってからは、魔力による浄化作用である程度制御できるようになったらしいけど、それ以前はどうしていたのかがマジで不明だ。
土地の広さのわりに住むところがなさ過ぎて単なる都市国家扱いされてるけど、多分土地自体は北の大国メープより広いんじゃないかなあ。
でもこの辺りって南北に馬鹿でかい影響で、南に行くほど独立した都市が多くなるから、とりあえずリュドも都市国家と名乗ることに何かメリットがあるのかもね。そもそもあそこ王国だから、今はもう全然都市国家なんかじゃないんだけどね。
っていう話をみんなでしていた。リクト君が仲間にしたドラゴンも「うちでは魔物は『生まれる』って言いますね」って言ってた。会話のタイミングがずれすぎてて皆で爆笑した。
しかもアンタ魔物じゃん。
ドラゴンの名前はジョニー・スエザキというらしい。御年1000歳の若ドラゴンで、生まれも育ちもこの土地らしい。1000歳というのにびっくりしたけど、もっとびっくりしたのは山の方にドラゴンの隠れ里があるらしいことだ。竜人種じゃなくてただのドラゴンだよ。
しかもべコルを放牧して育てているらしい。この辺りはモンスター以外にやたらとべコルが出没するって聞いてたけど、そういう裏事情があったようだ。
ジョニー・スエザキはこのあたりの魔物の中では顔役をやってるってほざいてたけど、その後も普通にモンスターに襲われたから顔役っていうのは嘘だと思う。
ジョニー・スエザキといえばうちの元締めの元締めが紅竜だから妙に親近感がわいた。その話をしたら「たぶんウチの方が年上なんで」ってキレてたわ。
夜になって森のあたりで野営をしてたら、ワスプニカから急ぎの便りが届いた。
「ちょっと失敗したかもしれない」だって。割と心配になってきた。
いけると思ったんだけどなあ。あの子ダメだったかあ。これは後でひいひいじいちゃんにシバかれるなあ。俺が。
「自分『赤の眷属』なんでって名乗ればいいよ」ってちゃんと説明しといたんだけど。
「"火焔"のグラーフと"焔"のラフニカが来るんでって言っとけば理解してくれるよ」って説明したんだけど。
マジかこれどうすんだよ。
これもリュド王国に出没するという怪異現象のせいなのかな。
怪異現象といえば、この国に入ってしばらくしてから、なんとなくずっと違和感がある。
なんとなくだけど、魔力の薄さに対して精霊の声がやたら多いというか。それもさっきまで普通だったのに、急に精霊がうるさくなった感じというか。この辺りの土地に詳しいセンネルに聞いても「この辺って数十年単位で土地が動きますからね」って言ってたし、そのせいかもしれない。土地って動くときは急に動くからね。
リュドの怪異って聞くところによると「硬貨を6枚集めると失踪する」らしいんだけど、寡聞にしてそんな現象は今まで聞いたことがないし、そんな正体不明なものへの対処は封印一択だと思う。
どのくらいヤバいのかいまいち想像がつかないけど、リュドって三賢者が治める国だから、彼らがヤバいって言うんだから相当ヤバいんだと思う。だからこそ俺らが動くことになったんだろうし。
そういうヤバいのを封印する方法は限られていると思うんだけど、ギルドマスターは一体どうするつもりなんだろうか。
というか魔王討伐の方は放っておいていいのかな。現況はかなりヤバいはずなんだけど。
それかその怪異現象を魔王軍に放り込めばいいのかもしれないね。
とにかく俺は一刻も早くリュドに行って偉い人に謝らないといけないみたいだから、今日はもう早めに寝ようと思う。
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