国王
朝の日記
『朝の日記』
ラツィオ・ルービア
どうやら彼奴は私を次の狙いに定めたらしい。
今朝の会議の折、硬貨が降ってきた。民を惑わせる、あの黒く薄汚れた異国の硬貨だ。
咄嗟のことゆえ反応が遅れてしまった。このところ分体で行動しすぎたツケか。すっかり本体の反応が鈍っていたようだ。ラクノスがあれほど注意してくれていたのに避け損なうとは。しかし、触れてしまったものは仕方ない。
ここ数百年で歳を取った。今更死ぬのは怖くない。
いや、少し怖い。
本音を言えばあと二、三百年は長生きしたいが、娘二人までいなくなり、息子三人しか残っていない今、私自身の命にどれほど価値があるというのか。
心残りといえば、ついに最期まで父を越えられなかったことだ。長い時を生きる私も、老いには勝てなかった。やはり始祖たるエルフにはどんな眷属も敵わぬのか。
兄上様方には遅れを取っていたとは思わない。それでも、父には及ばないと思う。
今、気になるのはひとつ。
アレならば始祖たる父に勝てるのだろうか、ということだ。
興味が尽きない。本当に興味が尽きない。異常なまでにアレの持つ力に惹かれている。
アレは、「一度条件を満たせば、必ずソレが起こる」。そういう類の存在だ。
父であろうと硬貨6枚に触れれば必ずや連れていかれるだろう。
アレがこの国を出て、万一でも父の元に届けばどうなってしまうだろうか。
私の心は矛盾している。
一方でそれをないがしろにすることを願いつつ、もう一方では国の平穏統治に心血を注いでいるのだ。
今朝の会議では国境の封鎖を決定した。緊急事態ゆえ国王の強権を発動させた。
外部との流通も停止させた。焼け石に水だが、この際仕方あるまい。
アレが国外に及ぶことなどあってはならない。
王としての私がそうさせたのだ。
今回の件で、十大冒険者ギルドに討伐依頼を出すことが正式に決定した。
ワグネラー商会、秘境秘密俱楽部、武仙橋、正統派冒険教会、カイツベルパーティー、紅き竜の翼、東没、獣王政府、カイラス網、そしてクルンツベルン戦闘団。
10のうち全てに依頼を出すことには反対もあったが、ラクノスの後押しもあって可決された。
攻略可能性が極めて低いことは明記しておいた。さて、一体いくつのギルドが反応してくれるだろうか。
娘の勇者召喚事業の折、ワグネラー商会とは深く懇意にしていた。それゆえ彼らはアレの危険性を十全に察知しているだろうから、動いてはくれないと思う。しかしワグネラー氏は徹底的に現金な奴だから、商売に関する諸権利の話をちらつかせれば動いてくれるかもしれない。
他に期待が持てるとしたら正統派冒険教会だろうか。あそこのギルドマスターとはラクノスが知り合いだったはずだ。
紅き竜の翼と東没は彼らの目的ゆえに手を貸してくれないだろう。同じ理由で獣王政府とクルンツベルン戦闘団もだ。
勇者パーティーには依頼は出していない。それに十大冒険者ギルドに属していない彼らレベルでは、アレに太刀打ちできないだろうことは明白だからだ。とはいえ利用価値はあるだろう。
聞くところによると、当初娘がかき集めた勇者パーティーも今やほとんど残っていないそうだ。多くは行方知れずとなったか、パーティーを離脱したらしい。
まず勇者パーティーを預かっていた『はねつき人魚』の”術渡り”のシャルクスからして姿をくらませてしまっている。歴戦の猛者である彼がいなくなるほどの事態なのだから、彼らに統率を期待する方がどうかしているだろう。
ウェザトはまだ港町に残っている一人だ。彼は他に行く当てがないから残らざるを得ないのだろう。
ウェザトと異なる理由で街に残っているのはマリクハルだ。マリクハルは元々騎士団の所属だからこの国を離れるわけにはいかない。娘のこともあるだろう。
勇者パーティーで現在残っているのはこの二人だけだろうか。
ティトランやリリガンは行方知れずとなってしまった。
ニコンとカリンはつい最近パーティーを去ったようだ。
パンツマンサは逮捕されてしまった。
会議の後、手紙を書いているところへ、ラクノスとアルフウが訪ねてきた。二人そろって尋ねに来るのは50年ぶりだ。
三人で昔の話をした。森を出て大平原をさまよっていた時の話だ。
あの平野は見た目の静寂さとは裏腹に、実態は常に鳴動し続ける広大な迷宮のようなもので、森を出たばかりの我々にはそんなことは何もわからなかった。それゆえ数十年間は迷い続けることになったが、あの時はまだ、外の世界がただ広がる平野だけなのだと思っていた。
正直なところ、アレが見せてくれた山々には、まだ見ぬ世界へのはるかな高鳴りを感じてやまない。私を連れて行くのなら早く連れて行ってほしいとさえ思う。
ただ、やはり私は自分の都合だけでは動けぬ人間だ。昔からずっと誰かと一緒にいたから、誰かの都合に合わせることばかり考えてしまう。長年国王を務めてきたのもそのためだ。世界は私の都合だけで動いてはくれない。
だから、私は私のためでなく、私を取り巻く者たちのためにアレに対処しようと思った。
私に世界を教えてくれた友人たちのためにも。
この危機は私にとっての危機ではない。だが、私の世界にとっての危機だ。
ならば古き知人たちに便りを送ろうと思う。
このことをラクノスやアルフゥが知れば何としてでも私を止めるだろう。しかし、彼らのことは私の方がよく知っている。彼らは気位よりも己の使命を優先する連中だ。私とて同じ穴の狢。必ずや自分のすべきことを理解し、それを優先してくれるはずだ。
今や私は神にもすがる思いだ。
つい先ほど小鳥に文を託した。
はたして文は彼らに届くだろうか。
ラクノスに頼んで、メープから異世界に関する文献を取り寄せてもらっている。
あの国では異世界召喚が盛んだから、アレに関する情報もいくつかは集まるかもしれない。
とはいえ、ラクノス自身はアレに関する文献が見つかる可能性を否定していたのだが。
どうもアレはこの世界のみならず、あちらの世界においてもありうべからざる存在のようだ。
例えばこの世界で幽霊は「存在する」が、あちらの世界では「存在しない」。だから当然、アレは元々こちらの世界に来られるはずがないのだそうだ。
しかし、その「存在しない」ものが「存在する」のが今回の厄介な点なのだという。
アレが「存在する」のなら、世界に根ざす何らかの理があるはずであり、それに基づき対処することが可能なのだが、そもそも「存在しない」ものは理によって対処することは極めて困難なのだという。
だが、この硬貨は存在しているではないか。
そういえば過去にも同じような齟齬を感じたことがあった。
私がこの国にたどり着く前だからもう数百年は昔の話だろうか。たしか旅の途中で出会った冒険者の中に転生者がいた。彼らからあちらの世界のことについて話を聞いたのだったか。その時に語り合った幽霊のことでどうもお高いの認識に差があるのを埋められなかったのだ。
あの時の日記はまだ残っているだろうか。ラクノスに調べさせねば。
ラクノスに調べさせようとしたらおこられたから自分で調べた。
何アイツ。
日記を読んだらだんだん思い出してきた。
そう、たしか旅の途中でたまたま出会ったのではない。こちらが彼らを召喚したのだ。
それも必要に駆られてのことではない。いわゆる巻き込まれ召喚というやつだ。
記憶がはっきりしてきた。
あの頃、確か私は異世界から食べ物を召喚する行為にハマっており、アゴルツィアやリィアなどの日本食を召喚しては仲間たちで分け合っていたのだ。あの頃はまだ異世界召喚の神も気前が良かったからバンバン召喚に応じてくれていた。
バフォッフォやペペロンチーノも美味しかったのを覚えている。たまにタイヤなどの明らかに食べ物ではない物まで間違えて召喚されることがあり、タイヤはあまりおいしくなかったが、そういったハズレの召喚に巻き込まれた者がいたのだ。
名前はハゲマルとアベッキョだ。二人とも寿司職人の板前をしていたらしいが、板前のことが何なのかわからなかったし、召喚した日本食に勝手に適当な名前をつけていることがバレて、本気でキレられたのだった。一度バフォッフォをバフォッフォと呼ぶか、焼はまちと呼ぶかで本気の殺し合いに発展したらしい。覚えてないけど日記にそう書いてある。
ハゲマルは『口から火炎を噴き出す』スキルを獲得しており、めちゃくちゃ強かったと書いてある。覚えてないから実際はそんな大したことないんだろうけど。
アベッキョは『人間をカードに封じ込める』スキルを獲得していてめちゃくちゃ厄介だったのが記憶の片隅に残っている。アベッキョは我々だけじゃなくてハゲマルのこともカードに封印するし、一回封印したらなぜかハゲマルが全回複して復活するからいつまでも戦いが続いた。
最終的にハゲマルの口の中に火薬を突っ込んだ状態でアベッキョに突き返して爆発させてたような気がする。そのあと集団でアベッキョを半殺しにして、バフォッフォは無事にバフォッフォになったのだったか。ただ、かわいそうなのでペペロンチーノはアニャポコと呼ばずにペペロンチーノと呼ぶよう譲歩したのだったか。確かそんなだった気がする。
あの二人の寿司、シャリが硬くておいしくなかったし、アベッキョに至ってはペペロンチーノの方が圧倒的に上手かったし、数十年後に別の異世界召喚者の板前に握ってもらったバフォッフォは普通においしかった。そのことを手紙に書いて送ったら、なんかまた戦争になった。ほんとうのこと書いて何が悪いんだよ。
あとなんかアベッキョのほうは最終的に女装にハマってた。今頃何してるんだろアイツら。
確か一回目の殺し合いのあとお互いに友情が芽生えてしばらく一緒に旅をした。好きな音楽とか好みの女性のタイプについて話したのを覚えてるし、数十年後に再会した時のアベッキョはその好みのタイプの女性と全く同じ服装をしていてめちゃくちゃ怖かった。
その時にハゲマルとアベッキョから日本の幽霊のことを聞いたのだった。アイツら夜になるとなぜかやたら幽霊のことでビビるし、「なんで?倒せばいいじゃん」って当時は思ったけど、まずむこうでは「存在するはずがないものが存在する」っていう根源的な恐怖があったんだな。俺は女装したアベッキョの方が怖いけど。
そう考えればアイツらの態度にも納得がいく。
ハゲマルは陽気でよくしゃべるハゲだったが、二回目に会ったときは「ワン」か「バウ」しか言わなくなってたし、半裸でアベッキョに鎖でつながれてた。そのことについては後年となった今でも一切納得できてないけど、幽霊が怖いはずのハゲマルがやたら幽霊に関する武勇伝を語ってたのは、別に武勇伝を語ってたわけじゃなくて、根源的な恐怖に対するアプローチの仕方の一つだったんだな。
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