宮廷魔術師

勇者日記解読1

『勇者日記解読1』

ウァラクノス


 勇者日記の解読に成功した。

 一部ではあるが大きな進歩だ。


 おそらく、この金属板は日記ではない。それ自体がより大きな情報に繋ぐための端末と捉えるべきだ。


 水晶石のように、文字列を直接刻み込むタイプの情報媒体かとも考えたが、むしろ発想としては第三紀魔法が近いだろう。

 空の上にある極大魔力回路に接続し、任意の呪文を魔法陣へと落とし込む原理と似たようなことをしている。

 勇者の暮らしていた日本に魔法は存在しないから、彼らは魔法ではなく情報そのものをやり取りするのだろう。金属板の本来の用途は日記に留まらないはずだ。


 動力については総当たり方式で試したが、電気が正解のようだ。

 そもそもこの世界と向こうの世界で物理法則などの諸条件が異なるため、実験当初はまともに動いてくれるかすら怪しんだが、精密に電気を送ることでひとまず正常に起動することがわかった。

 一度魔力を送って発火した時は泣きそうになった。


 それにしてもこのような集合知性の粋とも言える術を一介の転生者が一代で成せるとは考えづらい。それこそ社会全体が複数世代を重ねて革新して、初めて実現するものだ。この事実だけでも、向こうの世界が社会一体となって事物を押し進める傾向を持つと察するに十分だ。

 知性を脳髄に頼らざるを得ない短命種らしい連帯とも言い換えられるが、その合理性は一概に否定できない。


 だが、それだけ解き明かしても、肝心の大きな情報に繋がらなかったのだから、これはやはりただの板だ。

 端末の起動に成功し、そこから巨大情報への接続を試みたが不可能だった。接続すべき巨大情報があちら側の世界にあるからだ。

 しかも異世界召喚時の物理再構成によって中の情報が失われていた。触れて確認したが、端末自体に情報は何も残っていなかった。


 複数種類の魔力を試し、火、水、煙を試し、祈りをささげ、回復魔法や使役呪文、果ては東の領域の『気』なるものまで試し、最期に電気を流せば動くという解答に行きついた時点で、すでに2週間が経過していた。


 その頃には両王女とも姿を消していたし、城内外からも次々と人が消えはじめていた。


 今やその勢いは増し続けるばかり。

 俺には関係のないことだが、頼まれた仕事ならやり遂げるまでだ。

 端末の起動に成功したところで満足するわけにはいかない。

 必ずこの金属板から情報を引き出す。


 そのためには、この板の時間を巻き戻すしかない。

 それが下した結論だった。

 禁術だがこの際仕方ない。


 出来れば塔の現場自体の時間を巻き戻したかったが、残念ながら俺にはあれほどの空間を巻き込む規模の時間遡行魔法は成せない。

 俺に出来ぬということは、誰にも出来ぬということだ。

 偉大なる長命種の始祖の力でも不可能だろう。むしろ、俺が少しでも時間遡行魔法を使えることが、今この事態における幸運といえる。


 それにしても厄介なのは、この板の時間を巻き戻すのに時間がかかるということだ。

 そう、徹夜だ。

 しばらく寝ていない。寝ていないということは、眠りについてないということだ。寝ないと思考が鈍くなる。

 全回復魔法を使えば体力は回復するが、蓄積した疲労ばかりはどうしようもない。倒れはしないが、三徹を超えると朦朧とする。


 時間を巻き戻す作業はひたすらに緩慢である。微細で慎重な魔力操作が要求される。まともにやれば途中で倒れて一からやり直しだ。


 だが、今回に限っては単純に時間遡行すればいいわけでもなかった。

 単純に時間を巻き戻しても、ある時点までしか遡れないのである。

 これもまた召喚時の再構成の影響だ。あの金属板は再構成により生まれた本体の劣化コピーのようなものだ。窓を複製しても、備え付ける場所が違えば同じ景色は見えない。

 ならばどうするか。窓のコピーしか手元にないのなら、窓に映っていた場所を直接探せばいい?

 否、そうではない。


 次に取ったのは、再構成時点まで金属板を巻き戻して、時間情報にまつわる全てを総覧化し、一から金属板を再構成する手法だ。

 いうならこれは劣化コピーから、よりオリジナルに近い複製を作るという発想だ。

 神格は総じて大雑把だ。だから俺のような人間が直接コピーを作れば細密なコピーになる。


 なんなら、窓自体はなくてもいい。窓に映る景色をスケッチすればいいのだから。


 即ち、再構成時点まで時間を遡り、金属板内に召喚ゲートを開いて構成情報を写し取り、それを解読する。


 案外これが上手くいった。ただ、これも巻き戻しが強すぎて何度か失敗した。

 一ヶ月、それらの作業をして時間だけが過ぎた。


 俺が時間魔法に苦戦している間、アルフトスもアルフトスで色々とやってくれていたようだ。聞くところによればそちらの結果も芳しくなかったらしい。

 城内の結界が緩んだときは何事かと疑ったが、理由を聞いて納得した。

 たしかにアレなら問答無用で例の奴を退治できると思ったが、しかし何故かそちらも上手くいかなかったようだ。彼の直接的な思考は無体だと思っていたのだが。

 後述しよう。


 だが、端末の起動に成功し、時間遡行により金属板の構成情報を解読するという発想に至った時点で、さらなる厄介事が降りかかった。

 それは時間魔法の試行錯誤中に届いた。あの盗賊からの手紙だ。


 アレは酷かった。


 何故よりにもよって俺に手紙を出す。

 他にもっと適任者がいただろう。呼ばれたからにはこちらは出向かねばならん。

 早馬を走らせ雨の中を港町へ向けて駆けて行った。


 だが、嵐の中でなれない馬を走らせ、疲弊困憊して目的の宿を見つけ出しても、結局あのティトランとかいう男の宿はもぬけの殻だった。


 彼も連れて行かれてしまったのだ。


 あまりにも最悪だ。リィア殿にあのティトランとかいう男がついているという事実に今まで違和感を持たなかったことがだ。あんな無体な『スキル』がこの王都を我が物顔で闊歩していたとは。なんとも見事としか言いようがない。

 しかもさらに最悪なことに、男に対する違和感は、もぬけの宿を発見した後もしばらく続いた。


 専門外なので推測になるが、『スキル』化したアイテムの装備者が絶命、または装備を外した時点で、『スキル』の硬貨は切れると見ていいだろう。

 だが、『スキル』の効果はしばらくしても持続した。


 持続したのだ。


 もっと最悪なのは、まるで俺の仮説を裏付けるように、それからさらに数日たって、突然ティトランに対する違和感が頭の中に顕現したことだ。

 まるでずっと前からそうだったみたいに、あの男に対する警戒が初めて精神に齎されたのである。


 この最悪すぎる事実一つ見ても、ティトランの『スキル』がアレの手に渡ったことは明白だ。

 あの部屋に散乱していた硬貨は今でもそのままにさせている。誰も触れないようにはしたが。


 状況から考えて、もしかしてティトランとやらは俺と例のアレを勘違いして部屋に招き入れたのかもしれない。自分から俺に手紙を出したのだから、きっとそうだろう。


 この徒労で俺はまた倒れた。

 解読した情報は逐次水晶石に写し撮っていたため、一ヶ月近くかけた解読作業が無駄になるなんてことにはならなかったが。

 それにしてもこういう地味で面倒な作業こそ自動化出来ないものか。短命種の連中はそういうのが得意そうだと思っていたが、彼らの進化を待つにはまだまだ時間が足りないのかもしれない。


 それに読み取った情報がひたすら膨大だった。

 神の再構成の権能を直接読み取ったのだ。当然ながら金属板やそこに記録されていた情報までも神の言語に訳されている。二重翻訳とでも呼べばいいのか。しかもそこからさらに必要なものだけをより分けるのだから大変だ。

 城の水晶石だけではとても足りぬ。仕方がないので知り合いの古書店に頼み込んで大量の水晶石を仕入れてもらった。


 あとはとにかく膨大な量の情報をひたすら解読して記録する作業に没頭した。そしてついに今日、勇者が書いた日記と思われる文面にたどり着いた。


 あの板自体が元々この世界の物体ではないため、自動翻訳魔法が掛かっていなかったのは予想外だったが、その辺はまあ自前の努力でなんとかなった。

 神といっても異世界召喚の神は精霊に近い存在だから、使用されている言語も精霊言語に近い、というかほぼそのままだったし、日本語はある程度知っていた。


 あとは勇者が書いたこの日記を読むだけだ。

 呪文や肉体、衣服、その他無関係な文字列の羅列の中で、ついに日記と思われる文章を見つけた私の喜びをわかってもらえるだろうか。

 ここには城内を騒がすアレの正体についても重要な内容が書かれているに違いない。


 勇者の日記は手に入った。

 今、俺の手元には第一王女と第二王女の日記もある。

 城下町と港町で被害にあったと思われる人物たちの日記も取り寄せた。


 うち一つは海岸に打ち上がっていたもので内容もよく分からなかったが、『はねつき人魚』ギルドマスター、シャルクス・シャシャナク(趣味で下半身に粗塩を塗り込む者)氏の名前が登場することから、この事件となんらかの関係があると見ている。


 これだけあれば、奴の正体の一端に迫ることができるだろう。


 さて、これだけ王都を騒がせた張本人の正体を拝ませてもらおうか。

 寝てから。

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