記録

『記録』

モモエ・ムクムンク


・1日目

 今日から聖堂で寝泊まりすることになった。


 常々私のことを目の敵にしていた神官団だが、今度は実験観察のため利用するようだ。


 理由は単純明快。

 私が先日退職したメリーナちゃんとそれなりに親しかったからだ。

 彼女があの忌まわしいコインを拾ったから、私も同じ目にあうと思われている。


 私は生贄ではない。

 神官団の連中に「自分の観察くらい自分でする」と抗議してやった。

 彼らは、私が自分の記録をつけることを了承した。


 今日からこの記録をつける。

 私はモモエ・ムクムンク。

 これはアレと関わった人間がどういう末路を辿るかの観察日記だ。


 城内と直結する聖堂での暮らしは悪くない。

 ケチで高慢だと私が勝手に思っていた神官団は、どうやら奢侈で傲慢な連中のようだ。

 出てくる食事も市内に出回ってるものと比べて素材が良い。

 これだから世俗を知らない連中というのは困る。


 私は神官用の個人部屋のひとつを充てがわれた。

 窓付き、ベッド付きで、鏡まである。

 常々思っていたが、聖堂と商会との癒着は事実のようだ。でなければ、ただの神官の部屋にこんな豪勢な調度品を用意できるはずがない。

 私がいつも変な格好をしているからといって、何も分からないとでも思ったのだろうか?


 ムクムンク家はシギオラ商人組合付きの占い師の家系だ。祖父は組合の幹部も務めている。

 つまり占い師であり魔法使いであり商人の家系だ。

 ここにある品々がどういう経緯でここにあるのか。全て見てきたように理解できる。


 燭台、飾り、机、椅子。

 リュド城自体は長命種がこの国に到来する前から存在するが、聖堂は後世に増築された場所が大半を占める。

 置いてある装飾品の数々は海を越えて渡ってきた物だ。神官団と常々繋がりを疑われているのはシガナイ商会か、その上にある『ワグネラー商会』あたりだろうか。まあそんなところだろう。


 冒険者様々という奴だ。

 私も四分の一は長命種だが、長命種という連中は悪気なくこういうことをするからタチが悪い。

 これだけの品々を揃えるにはかなり費用がかかるはずだ。

 とりあえずこの事実は手紙転送魔法でお祖父様に送っておこう。


 なんかコインのこととかどうでも良くなってきた。私はまだそんなもの拾ってないし。これから拾うかもわからないし。

 そんなことより出来る限り聖堂の不正の証拠を集めて報告してやろう。







・2日目

 昨日書いた日記のことで神官団にこっ酷く叱られた。

 日記の報告義務があるのは事前に聞かされていたが、何を書いても私の自由だろう。こんなの理不尽だ。


 私も隙をみて神官長のアルフゥ師に帳簿開示呪文と机散乱呪文を掛けようとしたが、アッサリ返り討ちにされた。なにあいつ強すぎるんですけど。

 おかげでこの記録を書いている文机には持ち込んだ書類が散乱しているし、私は城の収支報告書を部屋の扉の前に貼り付けている。


 しかも「聖堂に足を踏み入れ、神官の部屋に寝泊まりするんだから神官と同じ生活を送ってもらいますからね」だって。

 そんなこと聞いてないので「はあ。それは使用人の生活よりはずっと楽なんでしょうね」と返してやったらいきなりお祈りを十回させられた。篝火の前で呪文を唱えながら灰に身を投じるキツめのお祈りだ。


 明らかに嫌がらせだったが、聞けば冒険信仰と土着の信仰が融合したこの国の宗教的に、この行為に特に意味はないそうだ。でも神官たちすごいキツそうに同じことやってた。

 もっとちゃんとした宗教行為に励めば?とアドバイスしたところ、「だってそんなにやることないから」だそうだ。腐ってやがる。


 ちょっとこの国の信仰のあり方について考察してみよう。


 だいたい、西方渡来伝説と東方渡来伝説が無理矢理融和したこの国の宗教はかなり歪つだ。

 国の信仰のあり方自体は多様性が認められているものの、第一世代である当人たちが未だに存命して国の政治を行い、また彼ら自身の信仰は東方渡来伝説なのだからタチが悪い。


 世界的に見れば、冒険を宗教行為とみなすことも、そのために日記を書くこともありふれたことではある。それはこの国の宗教に限らず、世界中のあらゆる宗教に見られる特徴だ。


 しかし、おなじ冒険信仰にしても、世俗との距離感が重要になる。

 長命種がやってくる前、元々タリエラ・ティキティエラ一帯にある一都市国家的な立ち位置だったリュドでは、聖俗が分離されていた。

 それに対して、数百年まえにやってきた長命種たちが信仰していた東方渡来伝説では聖俗を区別しない。一族の長が即ち神の代理人である。


 長命種が国王となった際、この二つの擦り合わせをせずに、現状まで放置しているのがリュド王国の一番の問題点だ。

 即ち神の代理人たる国王が聖俗両方を司るために、一宗教機関に過ぎない聖堂が国内の最高裁判権までをも保持するのである。


 聖と俗で「我々は同一か、または分離か」という問いに対して、互いに正反対の答えを持つに至ったのである。


 また、冒険者にとっての冒険は必ずしも宗教行為ではないにも関わらず、この国では冒険者を区別なく宗教者として扱う。これも全く同じリュドの悪癖の延長線上にある問題だ。

 冒険者からすれば「なぜ自分たちが宗教者と扱われるのか?」という気持ちだろうし、一方で神官団にとって冒険は神聖な行為のため、開けっ広げに冒険を行う冒険者連中は「なんて破廉恥な奴らだ」という気持ちになるに違いない。


(中略)


 長命種にとっての神がなんであるのかは非常に興味深い話だ。現国王のラツィオ・ルービア陛下が信仰の象徴としていたのが渡り鳥だが、とはいえ、それは"象徴"であって神そのものではない。


 例えば、異世界転生の神は鳥の姿を象ってはいるが、彼はこの世界の各地での出現が確認されており、長命種の神とは明確に区別される。彼の神がリュド王国で親しまれているのは、長命種の信仰の象徴しての鳥とたまたま姿が似ているからに過ぎない。

 では、長命種の神は何者なのか?


 世界にあまた存在する神格だが、鳥の姿を象るものは存外少ない。

 ここで一つの疑問が生じる。

 長命種にとっての神は本当に鳥の姿をしているのだろうか?


 長命種は元々森で暮らしていた種族だ。

 ここから東、大平原をさらに北上したところに悠然と拡大を続ける大森林で暮らしていた。

 今では単に大森林と呼ばれることが多いものの、冒険者ギルドによる正式な呼称は『森羅樹海グラムボア』である。制覇不可能とされるダンジョンのひとつだ。一千年以上の遥か昔から調査依頼が出されている。


 グラムボアの大森林といえば旧魔法文明を滅ぼした大災厄の一つだろう。

 あのような魔の境地で文明を育んできた長命種が、果たして本当に渡り鳥を信仰するだろうか?

 あの地での神格といえば


(後略)






・3日目

 昨日書いた日記のことで神官団にこっ酷く叱られた。

 何故だろうか。私はただこの国の宗教のあり方について疑問点を挙げただけなのに。


 アルフゥ師からは「とにかくこの件については二度と日記に書かないように」とまで言われる始末。

 その後、師と国教のあり方について非常に有用な議論を交わし、双方の認識についてより深い見地を得ることができたが、ああしかしアルフゥ師直々の命令のせいで、その議論の内容を書くことができない。非常に残念だ。

 こればかりはアルフゥ師が悪い。


 今日は一日雨だった。三日連続で朝食がバナナだったので、いやがらせかと思い師にバナナを譲ってみたらなんと大喜びされた。どうも私だけでなく、聖堂の神官たちは全員が朝食はバナナらしい。うそでしょ。

 もしかして朝食にバナナを食べるのってルツィア第一王女やリィア第二王女だけじゃなかったの。

 長命種はもしかしてバナナが好きなんだろうか。耳の形が似てるから?共食い???


 なんかアルフゥ師の態度が軟化した気がするし。

 なんかの冗談ですか?






・4日目

 朝食…バナナ

 夕食…ヴォヴォェとオヴォエのヴェ、ヴァヴォルヴォエのおひたしとリィア


 やはり朝食はバナナだった。

 しかもアルフゥ師が直々にバナナを部屋にもってきてくれた。

 今日もバナナを欲しそうに見てきたので、昨日と同じくバナナを分けたら「ありがとう」と言ってきた。

 とてもではないが信じられない。


 あの神官長が人に感謝するのって財宝を見つけたときか、他人の部屋を家探しした時くらいだと思っていた。

 冒険信仰って、他人の家に上がりこんでタンスの中を物色したり、壺を割って中身を持っていくことを宗教行為だと考えてるのは、ちょっとどうかと個人的には思うんだよな。


 今日から新しく隣室に転入者が住むことになった。

 ソービヲ・ウルマンというシガナイ商会の交渉役の男だ。


 私と同じ生贄だ。

 ウルマンはすでに硬貨を拾っているらしい。

 私はまだだ。

 

 ウルマンとシガナイ商会の商売について一日中語った。

 彼はまだ城下町に帰れると信じているようで、肝心な部分を話そうとしなかったが、これでどうやらシガナイ商会と聖堂が癒着している話にさらに確信を得られた。

 彼との会話はシギオラにいるお祖父様に手紙で伝えておいた。


 長命種はこの手の事務系の魔法のことを軽視する傾向にあるけど、発達した都市において最も役に立つのがこの手の魔法だということを彼らは知らない。


 私の予想が正しければ、シガナイ商会はとてつもない不正をしている。

 その証拠がつかめればこちらのものだ。


 午後は硬貨の正体について、アルフゥ師と議論を交わした。

 あの白い子供が連れてきたのは何者なのか。そんなものは私には到底わからないだろうし、ひとまず硬貨のことについて考えたかった。

 摩滅して歪んでいるが、円形で真ん中に四角形の穴が開いた硬貨だ。見たこともない文字が刻印されている。


 触れるのは嫌なので、ウルマンにその硬貨をナイフで削って貰ったが、傷一つつかなかった。

 試しに私が持っていたごく一般的な金貨にもナイフで傷をつけてもらったが、そちらはしっかり×印がついた。






・5日目

 朝食…バナナ

 昼食…アゴルツィアと鰤

 夕食…タルファナ、じゃがいもの水煮


 神官団にバナナを渡すだけでこんなに態度が軟化するとは思わなかった。

 もしかしたらそんなに悪くないやつらなのかもしれない。

 今日なんか花壇の花の種類について教えてもらった。


 幸い、私の手元にはまだ硬貨が届いていない。

 だが、ウルマンは硬貨が4枚に増えた。


 夕食の水煮の中に硬貨が入っていたらしい。

 このことで、ウルマンから「これは魔王軍の仕業なのですか」と質問された。

 私がそんなこと知るはずがないが、そうかもしれないと適当に返事をしておいた。

 実際、この件に魔王がかかわっていないと誰が否定できるだろうか。


 実際に魔王軍が動き出しているという噂もある。

 先日、孤島に浮かぶダンジョンに潜入した勇者パーティーが魔王軍と遭遇したという話も話題になった。


 勇者パーティーに倒された魔王軍はそこまで強力な魔物ではなかったそうだが、背後にさらに強力な存在がいるのではないかと警戒が強められている。

 その魔王軍が近くで出没したというのなら、今回の行方不明事件がそもそも魔王軍の仕業ということも十分考えられる。


 アルフゥ師ともその件について言葉を交わしたが、もしそれで本当に魔王が動いているなら、少なく見積もって幹部クラスが動いていることになるのだという。


 幹部クラスというと、具体的には誰なのかと聞いた。アルフゥ師は二天二王だと答えた。


 魔王軍の二天二王といえば、世界に四体存在する、魔王軍のトップだ。

 魔王に忠誠を誓う、二柱の神と二人の王である。

 もし彼らが動けば、たちまちのうちに世界が滅びるとまで言われる程の、四つの災厄である。






・6日目

朝食…ヴェのおかゆ

夕食…豚の薬草焼き


 完全にだまされた。あいつら普通に朝食はおかゆだった。

 朝食にバナナを食べるのは両王女だけらしい。完全にだまされた、クソ。

 完全に私をだましにきてやがった。


 おかゆを運んできたときのアルフゥ野郎の嬉しそうな顔。


 しかもあいつら花壇の花食ってやがった。あれ食用だったのかよ。

 やっぱ森の民だな。






・7日目

 メリーナちゃんが死んだらしい。

 アイツに叩き潰されたみたいだ。

 連れていかれる場合と叩き潰される場合、どうやら二つあるようだ。

 最後に別れを言えなかったことが心残りだ。

 気分が悪い。


 あと、またウルマンの硬貨が増えた。

 それで私もようやく理解できた。

 あいつら、「何枚硬貨を集めたら行方不明になるか」を調べてやがる。

 やっぱり生贄だったんじゃないか。






・8日目

 何枚でアイツに連れていかれるのかわかった。

 6枚だ。


 6枚手元に届くと、視界がゆがんで目のまえに山が出現した。

 あいつの姿は見えなかったけど、ウルマンには見えていたようだ。


 近くにいた神官たちが対応しようと詠唱したところ、見事に全員が叩き潰されて破裂した。

 これで叩き潰される理由も分かった。

 アルフゥ師もさすがに黙っていた。






・9日目

 私にも硬貨が届いた。

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