密使

私の告白

『わたしの告白』

ティトラン・テイダム


 これから書くのは私の犯した罪の告白です。

 なぜこんな文をしたためるかというと、私自身が赦しを求めているからです。


 仲間はみんな私を見捨てました。

 シャルクス団長も行方を眩まし、冒険者ギルドすら追われた私は今や港町の宿屋で震えるばかりです。


 一刻も早く次の船を待っております。

 しかし、もう船は出ないでしょう。


 なにせルツィア第一王女の遺体が消失したのみならず、リィア第二王女までもが行方不明になったのですから。

 こんな前代未聞の大事件が続く中では、船が出港することに希望を持つ方がおかしいです。

 まもなく国境は封鎖されるでしょう。


 人々は必死に事件の原因を探るはずです。

 しかし、そのどれもが徒労に終わる。

 この謎はきっと誰にも解けない。

 そういうものなのです。


 みんな最後はアレに拐われて殺されるでしょう。


 私の名前はティトラン・テイダム。

 リィア第二王女は私のことを『密使』と呼んで慕っておりました。

 勇者パーティーでは"羽撃ち"の異名で通り、盗賊職を務めてました。

 その正体は冒険者でも何でもない、しがないただの盗賊でございます。


 ご存知の通り、冒険者としての盗賊職は実際の盗賊とはやや異なり、どちらかというと名誉の称号のようなものです。

 しかし、意外とその辺りを弁えていない連中は多いのです。だから口先で冒険者と名乗れば、大抵の輩は簡単に騙せます。

 私は本物の盗賊でありながら、冒険者として盗賊職を名乗って勇者パーティーに潜り込んでいたのです。


 いくら騙されやすい民衆といえども、嘘で騙すには限界があるとお思いですか?

 しかしこれには理由があるのです。


 それを説明するには、私の生い立ちから簡単に話す必要があります。


 私はタリエラ・ティキティエラ地方の何でもない農村の出身でした。

 今ではもう住民が離散して無くなってしまった村です。村の名前もありません。

 年間を通してずっと麦を育てているような貧しい村でした。私が5歳のとき、流行病だったか何かが原因で一家は村を飛び出し、北西の都市バベッキオへ移住しました。


 バベッキオは工房の街とも言われるほど手工業が盛んで、間もなく私は街外れのとある銀細工職人の工房へ下働きすることになりました。

 その辺の伝手は元々バベッキオで暮らしていた叔父が上手くやってくれたようです。


 しかし私は生来不真面目でした。

 工房の駄賃をくすねては屋台で何か食べ物を買い、路地では喧嘩に明け暮れ、酒と幻術の味を覚えたのは12歳でした。

 まあ喧嘩は弱かったので、まもなく私は気付かれることなく人から盗む方向へ切り替えていったわけですが。


 工房の親方は寡黙な人間でした。

 まるで鉱山人か小鬼かとでも言った風体の、髭面の矮躯のジジイで、俺が何をしても拳骨一発、それ以外は生まれ持った渋面を引っ提げて毎日金属に呪文を込めて整形しているような変人でした。

 およそ他人と対話をしようとせず、まともに言葉を話せるのかすら怪しい奴です。


 しかし親方は短命種でした。

 どうやらあの爺には一つの噂があったようでした。

 親方は転生者なのだそうです。


 直接本人からそれを聞いたことはありませんでした。親爺が俺に言っていた言葉なんて「やれ」か「馬鹿」か「リバースカードオープン」くらいでしたから。


 転生者がこの世界にやってくる際に肉体を再構成され、『スキル』なる異能を獲得することはご存知でしょうか。ある程度知られた風聞なので、知っているかと思います。

 しかし、『スキル』をアイテムに還元することが出来るとは知らなかったでしょう。


 そうです。転生者のみならず、時折転生者の子孫にも『スキル』を行使する者が現れるでしょう?アレは転生者が『スキル』をアイテム化して子孫に受け継がせているからなのです。


 どうやら『スキル』というものはアイテム化して装備してはじめて真価を発揮するものもあるようです。

 親爺もまたそれと同じタイプのようでした。


 それを知ってから、私は一見して真面目に働くようになりました。工房内の親爺の部屋を物色するのには、真面目に働いているフリをするのが一番だったからです。


 どうやら親爺も私の目的には気付いていたようで、私に隙は絶対に見せませんでした。

 私は何とかして親爺の秘密を探ろうと必死でした。

 傍ら真面目に働きつつ盗みも板についた私は、いつの間にか工房通りで一番器用な男にまでなっていました。


 親爺の工房が変だと気付いたのは16の時です。

 今まで工房といえばあの工房くらいしか働いてなかったからよく分かってなかったけど、盗み仲間の職人とふとした会話をして気付いたことでした。


 通常、特殊な呪文や効果を持った装備品を鍛えるには、それなりに特殊な素材が必要になります。

 たいていそういうのは、魔力の塊の石や魔物の体の一部、魔物の卵など、滅多に市場に出回らないような貴重な品ばかりです。

 親爺の工房にはそう言った貴重な素材がわりとふんだんにありました。


 今まで全く気にもしてなかったのですが、どうも親爺は仕事中にフラリと出かけ、自分で素材を調達していたようなのです。

 今にして思えばアレが親爺の『スキル』なのでしょう。


 まもなく親爺は死にました。酒の飲み過ぎで工房で転んで、頭を打ったようです。

 私は親爺がいつも肌身離さず銀の羽飾りを身につけていたことを覚えていました。

 やはり、それがアイテム化した『スキル』だったのです。


 独り身の親爺がどうして『スキル』をアイテム化していたのかは知りませんが、もしかしたら親爺もまたコレを誰かから受け継いできたのかもしれません。

 元々身元のハッキリしない親爺です。

 コレはおそらくそういう類の人間の間を代々渡り歩いてきたのでしょう。


 それから私はバベッキオの街を出奔しました。

 バベッキオを出た私はすぐに盗賊団に潜り込み、そこでひたすら酒を飲んだり酒を飲んだりして楽しく暮らしました。

 基本的に戦うことは避けてましたが、それでも仲間が魔物や兵隊を連れて逃げてくることもあり、戦闘を完全に避けることは困難でした。


 私は"羽撃ち"ティトランで通っています。

 こういう二つ名は冒険者にとっても盗賊にとっても人となりを表す非常に重要なものです。

 私の場合は戦場を跳ね回るように移動し、矢を跳弾させ、遥か上空の飛ぶ鳥の羽を撃ち落とす様から"羽撃ち"と名付けられたものです。


 例えば冒険者ギルドのシャルクス団長なんかは"術渡り"なんて呼ばれてますが、あの人の射程距離に比べたら私なんかはカワイイものです。


 しかし、私が"羽撃ち"を気に入ってるのにはもう一つ理由があります。

 それはまさに、私が親爺から受け継いだ『スキル』アイテムの名前が同じ羽撃ちだからです。


 誰にも気取られぬように、普段は私の胃袋に隠しております。それほどまでにこの秘密を知られるのは困るのです。

 今まで誰にも気付かれたことはありませんので。


 この羽撃ちのアイテムの効果は「違和感をなくす」というものです。

 漠然と聴こえるように思われるかもしれませんが、盗賊として生きていくうえでこれほど恩恵のある装備品はありません。


 違和感をなくすということは、その場にいることに誰にも疑問を持たれないということですから。

 勝手に仲間のような顔をして集団に近づいても、誰にも違和感を持たれることなく、本当に仲間として潜入できるのです。


 凡そ、その辺の呪文では到達できない領域の効果です。

 私はこの装備品によって盗賊団を渡り歩き、無銭飲食を繰り返して、流れ者として生きてきました。

 タダ飯を食らうなら別に盗賊団でなくても良いから、冒険者ギルドに入り込むことも多々ありました。

 そのうち私は冒険者としても知られるようになりました。


 この違和感をなくすというのは本当に便利で、魔物にも襲われなくなるのです。

 親爺も中々市場に出回らない素材を調達するのに重宝したのでしょう。


 そのうち飲み食いにも飽きた私は、貴人との交流を求めるようになりました。

 目をつけたのがリュド王国のリィア・ルービア第二王女です。


 彼女が夜な夜な城を抜け出して街を彷徨いてるというのは風の噂で知りました。


 城には堂々と正面から入れば、誰にも違和感を持たれません。

 適当に彷徨いて人から話を聞き、集めた情報をもとに隠し通路に当たりをつけてそこで待ち構えていれば、第二王女のほうから姿を表しました。


 私は敢えて自分の正体と『スキル』を打ち明けつつ、上手いこと彼女を誘導して、「手掛かりを元に私の正体を看破した」と思い込ませることに成功しました。本当に彼女に少なからず手掛かりを掴ませるのがコツです。あとは『スキル』である程度説得できました。


 それから私は「正体を隠したままにしてもらう代わりに、彼女の密偵として働いている」フリをして生きていくことにしました。

 リィア自身は自分で私の弱みを握っていると思い込んでいるのだからラクなもんです。

 彼女との交流の時間は私にとってとても楽しいものでした。生まれてこの方、長命種の貴人と親交を持つなんてことありませんでしたから。


 大抵のことでは私は彼女の言いなりになって、彼女の言いつけて冒険者ギルドにも所属しました。

 別に彼女が私の正体をバラそうがそのまま逃げれば問題ないのですが、彼女はそこまで思考が至ってないようでした。


 私が彼女に求めていたのは上下関係です。

 工房育ちの私には城勤めなんて夢のまた夢でしたから。より高い位の人間に仕えているというだけで良い気分になれました。


 だからルツィア第一王女が召喚に失敗した日も、私だけは真っ先にリィア第二王女の元に駆けつけました。

 そこで自分のことのように慌てふためく彼女を宥めつつ、彼女から調査の命を受けました。


 それから私は城の内外で情報を集めることに執心しました。

 第一王女が姿を消してから第二王女が冷静さを失っているのは目に見えてましたから。少しでも彼女に落ち着いて貰おうと必死に目撃情報を集めました。

 彼女が気丈に振る舞っていたことは、よもや気付いてなかったとは言わないでしょう。


 しかし、アレは訳が違いました。

 アレは近付いてはならないものだったのです。


 結局第二王女もいなくなりました。

 あの硬貨です。

 アレは危険です。アレは嫌な予感がする。


 第二王女にはアレが危険だと散々言いつけました。しかし、どれほど言っても「呪文が込められてない」の一点張りです。長命種は感覚に頼りすぎて、漠然とした勘のようなものを軽視する風潮があります。それがよくなかったのです。


 アレはきっと勇者が連れてきたのです。


 盗賊の私にはわかります。第一王女の遺体が見つかったのは、たまたま偶然見つかったのではなく、アレがわざと見つかる場所に置いただけなのです。


 餌を撒けば、獲物は罠に掛かるものです。

 意思があるのかは知りませんが、第一王女の遺体はつまりそういうことなのです。


 だから、第二王女までもがアレに拐われて、第一王女の遺体も無くなってしまうのです。


 第一王女が見つかって、勇者の遺体が見つからないのには意味があるのです。


 もはや私にはこの事態をどうすることも出来ません。


 ラクノス殿。

 知り合いの兵士伝手に第二王女と私の日記を貴方に渡します。

 何としても可及的速やかに私の元へ訪れてください。

 賢明な貴方ならば私の所へ駆けつけてくださるのが最も賢いと今ならわかるはず。


 早く私を助けてください。


 もうずっと頭の中でリィアの泣き叫ぶ声がしているのです。

 どれほど止めようとしても止まらないのです。

 震えも止まりません。怖くて外に出られない。


 外に出れば、私はアレに連れ去られるでしょう。


 使用人のメリーナと違って、私は第二王女の声を無視しようとしました。それが良くなかったのでしょうか。

 次第次第に声は頭の中で大きくなり、寝ても覚めても彼女が泣き止みません。


 早く止めてくれ。


 財布の中を見るのが怖い。窓を開けるのも怖い。

 街中ですれ違ったあの背の高い人間の姿が忘れられない。あのやたらと長い腕がこちらに伸びてくる。


 硬貨を受け取らないとどうなってしまうのだろう。


 どうか一刻も早く、ラクノス殿に来ていただきたい。

 どうかお願いします。私をお救いください。

 銀の羽飾りは敵を寄せ付けない筈なのです。


 アレは私に親しみを持って害をなそうとしているのです。

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