捜索日誌 4日目(11日目)

『捜索日誌』

リィア・ルービア


・4日目(11日目)


 これからすぐにルツィアお姉さまの葬儀だ。


 前回の日記から随分と空いてしまった。

 7日空いている場合は、何日目と書くのが正解だろうか。4日目と書いているけど、実際はこの日記を書き始めて11日目だ。


 ここしばらく、とてもではないが日記を書く気になれなかった。

 それでも今こうして日記を書いているのは、ひと段落がついて、心の余裕ができたからだ。


 お姉さまが見つかって本当に良かったと思う。

 見つからずじまいのままだったら気持ちに区切りがつけられなかっただろう。例えどんな状態だとしてもお姉さまが戻ったのは良いことだ。


 お姉さまの遺体は城下町を囲む門の前で見つかった。


 発見したのは門番の兵士たちだ。

 昼の警備をしている最中、お姉さまが門前の燭台に絡まった状態で唐突に現れたそうだ。

 より正確には、いつのまにかお姉さまの遺体がそこにあり、出現する瞬間を目撃した者はいないらしい。けれど、元々何もなかったはずの場所に、気がつけば遺体があったのだから、「現れた」と書くべきだろう。


 往来の激しい昼間、それも街と外界とをつなぐ境界で起きた出来事だ。近くには街を出入りする際の検査場があって、外からやってきた旅人、これから街を出て行く冒険者たちが数多くいる。話はすぐ拡散し、人だかりが出来上がった。


 発見された時点では、お姉さまは着ていた衣服が引き裂かれた姿だった。ずっと走り続けていたかのように足の皮が捲れ、爪が割れていた。

 数カ所に噛み跡と打撲痕が見受けられ、右手首も骨折していた。

 まるで、つい先ほどまで森の中を彷徨っていたかのようだった。


 だけど、すでに既述したように、お姉さまが見つかったのは街の入り口だ。

 外界は平原が続いて、周辺に森はない。

 私たちの住む城の内に森はあるけど、発見場所からは距離があるし、あの森は王族が狩りをするためのいわば中庭だ。

 お姉さまも熟知していたから、あの森で迷うことはあり得ない。


 それに森の中で迷ったと考えるには、遺体に不審な点が見受けられる。

 表情が口を大きく開けて引きつっていた。胸には掻きむしったような跡があった。

 口の中と皮膚の表面が少しだけ、黒く煤けていた。

 

 なにより、死因がわからない。


 これだけ負傷箇所がハッキリしているのに、どうして死んでいるのかわからない。どの傷も致命傷じゃないのに、死んでいることだけが確かだった。

 ラクノス先生は「森の中を数日間全力で走り回ったことによる疲労が招いた死」と結論づけた。 


 あるいはそういう死に方もあり得るかもしれない。数日間ずっと飲まず食わずだったようだし、そんな状態で走り回れば死んでしまったとしてもおかしくないだろう。


 だけど、ああ見えてお姉さまは森の中での生存能力が高い。元々長命種で森の暮らしに慣れているのに加え、冒険者に憧れて、狩りと称して訓練も積んでいた。

 森で迷ったときに「飲まず食わずで全力疾走し続ける」馬鹿な真似はそもそもしないのだ。まず見た目が痩せてもいないのに、餓死だとか衰弱死なんてあり得るだろうか。


 とはいえ、過ぎたことを考えても仕方ない。

 やるべきことがないと、どうしても何か考え事をしてしまう。こうして日記でも書かないと落ち着かない。

 心に余裕ができると、どうして気持ちに余裕がなくなるのだろう。


 お姉さまが帰ってきて良かったじゃないか。これでやっと落ち着ける。


 お姉さまの遺体が見つかったのは、前回の日記を書いた翌日の昼だ。

 今の時点でそれから7日経っている。葬儀は今日の昼から行われて、夕方ごろには終わる。

 今日の日記の続きを書くのは日が沈んでからになるだろう。


 元々短命種の都市国家だった土地に私たち長命種がやってきて成立したこの王国では、宗教や衣食住など、それぞれの文化が融和しているけど、王族の葬儀には私たち長命種の伝統に則った方法で行われる。

 これはお父様の意向によるもので、亡き母の葬儀も同じ方法が採られた。


 長命種の貴人は藁で編んだ小舟に乗せられ、緩やかな川に流される。

 そして、森を通り、湖の底へ沈められる。

 伝統的な長命種の葬儀では水の流れに乗って自然に還されることが重視される。


 この国の場合は城の近辺に手頃な湖がない為、途中で遺体を回収してから、少し離れた山の湖に葬られる。


 私はお姉さまの舟に花を添える役目だ。

 母のときにはルツィアお姉さまの役目だった。

 今回も私は見送る側だ。


 今日は天候も良く瘴気の魔力も少ない。儀礼には十分な環境だ。


 そういえば昨日から城内の結界が強まっている。

 ここ数日は結界が弱まっていたけど、昨晩一際強くなったかと思えば、急にいつも通りの感覚に戻った。

 アレは何だったのだろう。いまのところ、神官団からの発表は何もない。アルフゥ師の姿もこのところ見ない。

 城内の結界は魔物の発生を抑えるためのものではなくて、発生した魔物を消し去るためのものだ。


 考えすぎても答えは出ない。

 さて、もう葬儀の時間だ。行かなくては。






◾️

 ルツィアお姉さまの葬儀はつつがなく終了した。


 心に隙間が生まれると、感情がとめどなく溢れる。何か書かないと堪らない。

 

 何を書くべきか。

 まずは葬儀の様子でも書こう。

 元々お姉さまの捜索のためにつけ始めた日記だから、見つかった今となっては意味のないものだけど、最期の姿だけでも書いてやろう。


 葬儀には親族や家臣団のみならず市民たちも総出で参列した。

 山から発して、城の敷地内と街を通り、海にまで続く川だ。これほど多くの人間が参列できたのも、この葬儀の方法ならではの利点だ。


 長命種や短命種、鉱人種、獣人種、竜人種など実に多様な人種が集まった。

 王家の葬儀なのだから、こういう日記でも俗な呼称ではなくドワーフやリザードマンなどと書くべきかもしれないが、短命種のように公的な呼称が存在しないややこしい連中もいるし、一部だけそういう書き方をしても統一感が出ないだろう。

 ルツィアお姉さまが書くと、案外その辺は無頓着に並べてたてるだけかもしれないが。


 短命種は総じて体が臭いから体臭人とも呼ばれるくらいだ。よく汗をかくし、しばしば液体を垂れ流すし、挙句の果てに体の臭さで異性と恋愛をしたり自己表現しようとするのに、それを指摘すると必ず否定する。多分なにかそういう呪いでもかけられているのだろう。

 私のティトランもかなり臭い。森のせせらぎみたいなにおいがする。本人としては気を使ってるつもりかもしれないが、別に私たち長命種は臭さで森を好んでいるわけではない。

 この日記でも体臭人と書くのが表現としてより正しいのに、短命種と俗的な呼び方で書いているのだからそれでいいだろう。


 お姉さまの乗った小舟は城の森から川に流された。

 私はお姉さまが乗せられたものよりも一回り大きい木製の小舟で後ろを追いかけた。


 木漏れ日の射す森を抜けると城壁が見えてくる。

 普段あまり見ない視点からの景色は住み慣れた城でも違うもののように見えた。

 石壁作りの城を出たら、川の流れに乗って、小高い丘の斜面を下る。

 

 城から城下町にかけては人工的な川の流れの風情が続いた。

 城下町の家々は殆どが石造りだ。

 川の両岸には市民の列が並んで終わりが見えない。

 それでも岸の左右で人々の身なりが違うのは街のつくり故だろうか。

 川を隔てた旧市街に住む人々が祈りを捧げる様子を見られるとは思わなかった。

 まさしくルツィアお姉さまが国民全員に慕われていたということだろう。


 公庁舎地区で舟を一度岸に着けた。

 石造りの建物の中でも周囲より大きな建物が立ち並ぶ。そのほとんどは国の政治にかかわる建物だ。必然的に貴人たちが集まる。

 そこで礼拝の挨拶をしてから花を捧げた。

 花は私が神官から受け取り、お姉さまの小舟に捧げた。白い一輪の花だ。

 多くの人だいたが、神官の背はひときわ高かった。


 今となっては無駄になったお姉さまの捜索だけど、それでも気を保つにはちょうどよかったと思う。騎士団も今では捜索が打ち切りになっている。


 なにか考え事をしないと感情を抑えられない。

 どうしてお姉さまはいなくなったのだろう?


 少し唐突だけど、この謎に少なからずかかわった人間を振り返ってみよう。

 そうしないと耐えられない。


(誘拐事件)

ルツィア・ルービア…第一王女

ミレミヤ・ミハーカ…護衛

勇者

白い服の子供

監視兵


 まずはお姉さまの失踪事件にかかわる5人だ。この5人のうちルツィアお姉さまと勇者は同時に失踪、護衛のミレミヤと勇者を監視していた兵士は黒い煤にまみれてぺしゃんこにされた。

 白い服の子供も捜索されていたけど、この子も同じくぺしゃんこになって見つかった。

 まだ見つかっていないのは勇者だけだ。


(目撃人)

メリーナ・メイドン…使用人

モモエ・ムクムンク…使用人

ソービヲ・ウルマン…商会の交渉役


 この二人は城内の使用人だ。メリーナは謎の硬貨を拾い、モモエは白い子供の遺体を発見した。商人のソービヲ・ウルマンもまた装備を盗まれた代わりに謎の硬貨を拾った。


 硬貨についてはこれが何のための物なのか未だによくわからない。

 私の手元には今5枚ある。


(協力者)

ティトラン・テイダム…密使

シャルクス・シャシャナク…ギルドマスター


 シャルクス団長についてはあまり関係ないかもしれない。

 私のティトランは私のために情報を集めてくれた。

 今日は一度も二人の姿を見ていない。こういう時、二人のスタンスは「厄介ごとにはかかわりたくない」だろう。

 一体何が厄介だというのか。


 シャルクスは「下半身に粗塩を塗りこむ者」という意味だ。

 シャシャナクは「趣味で」である。


 川の流れは緩やかで、昼間に始まった葬儀は日が暮れるまで続いた。

 その後、遺体は草原で回収され、今はお姉さまの自室に安置されている。

 明日、山の湖にて水葬される予定だ。


 葬儀が無事に終わったのに、どうしてこんなにも気持ちに余裕がないのだろうか?


 お姉さまは無事に帰ってきた。

 そしてこれから私の手で自然に還される。

 それで解決でいいのに。


 まだ謎が残っている。

 だけどそれは殆どが解決しようもない謎だ。


 この動機は何だ?


 公庁舎地区からお姉さまは再び川へと流されて、城門を超えて草原地帯で回収された。

 本人がやりたがっていた冒険も少しだけで来たのだ。よかったじゃないか。


 だけどまだ謎が残っている。

 今日は一度も私のティトランに会っていない。

 彼と話をしたのは一昨日のことだ。


 確かあの日も私は考え事をして気を紛らわせようとした。

 それで、私の密使を連れて、地下牢を再度見分したのだ。

 お姉さまと勇者がそろっていなくなった現場だ。私のティトランはまだ見たことがなかった場所だから、見せることで何かわかるかもしれないと思った。


 ミレミヤと監視兵の痕は少しも残っていなかった。

 私はティトランに、牢屋対面の壁から入り口にかけて、ミレミヤが黒い煤のような液体にまみれてぺしゃんこに張り付いていたことを説明した。

 入口の周辺には監視兵が張り付いていたのだ。


 犯人はおそらく入口でまず監視兵を一撃でぺしゃんこにして、続いてミレミヤもぺしゃんこにして、最期に勇者とルツィアお姉さまを誘拐したのだと説明した。

 わからないのはぺしゃんこにした方法と、騒がせずに誘拐した方法だ。


 それを聞いた私のティトランは何と言ったのだったか。


「手段は問題ではない。しかし、監視兵からミレミヤ殿の順番に殺害したなら、ミレミヤ殿の痕跡は壁から奥に向かって張り付くはずだ。どうして、彼女の痕跡が入り口に向かって伸びていたというのです?」


 たしかそう言った。

 それ以来、彼とは会っていない。

 彼のようなタイプが顔を見せないのは厄介ごとにかかわりたくない時だ。






 一日目の日記を読み直した。

 確かに私自身もミレミヤの痕跡について、「牢屋の格子を挟んだ反対側の壁から入り口へ」と書いている。


 本当に犯人が入り口から入ったのなら、ミレミヤの痕跡は”入り口から奥の方向へ”向かって伸びるのが正しい。


 だけど、実際には彼女の痕跡は”牢屋から入り口の方向へ”伸びていた。


 牢屋の奥は壁だ。なにもない。

 転送ワープ用の魔法陣や隠し通路もない。


 またはあの場所に位置を指定して呪文でワープできる程の達人なら、正攻法で攻めた方が早い。


 犯人は牢屋の奥にいて、監視兵ではなくミレミヤからまず襲ったことになる。

 あり得ない。

 絶対にありえない。

 神霊ですらおそらく入り口から入るだろう。


 なんだこれは?


 ミレミヤの隣にはお姉さまがいたはずだ。

 ほかに誰かがいたとでもいうのか?


 例えばあの場に偶然魔物が発生した可能性は?それもない。

 いくら昨今、瘴気の魔力が濃くなっているとはいえ、対魔物結界の働く城内では、魔物は発生すらできず消滅する。

 あの場所に意図的に誰かが姿を現すのは絶対にありえない。


 だから私のティトランは手を引いたのか。

 他の家臣たちはこのことに気づいているのか?

 ラクノス先生は自室に篭って勇者の日記を解読している。

 アルフゥ師は姿を見せない。


 明らかに何かがおかしい。

 意図的に牢屋の奥に何者かが出現したとするなら、出現するための何らかの条件を誰かが満たしたということなのだろうか。


 そう、例えば当てはまりそうなのはお姉さまだ。

 お姉さまが何らかの条件を満たしたがために、勇者の世界における条理が作動した。

 あり得ないことではない。






 今日の日記を読み返している。

 どうして私はお姉さまの葬儀の話を切り上げて、事件の概要を振り返った?

 まるで思考に制限でもあるみたいだ。

 動機が止まらない。


 硬貨は5枚だ。

 3枚は使用人のメリーナから直接貰って、もう1枚は私の密使であるティトランがいつの間にか私の財布に忍ばせていたものだ。

 計算が合わない。


 葬儀ではお姉さまに花を添えた。

 花は背の高い神官から受け取った。

 彼は右手で白い花を差し出して、反対の手でコインを渡してきた。

 腕の長い神官だった。肘が床について、まるで祈りでも捧げているようだった。

 彼は本当に神官なのか?


 だから硬貨は5枚だ。


 城内の結界が強まっているから、魔物が発生する心配はない。

 そもそもこの結界は魔物を退けるための結界だから、魔物の発生を抑制する効果はない。

 魔物の発生を止めるには、お姉さまがやろうとしたように儀式によって土地の魔力を浄化の魔力に塗り替えるしかない。


 なのに、今日の葬儀では平原で魔物を見なかった。

 対魔物の結界が続くのは城下町までだ。平原には通常魔物が出現する。


 なのに、今朝からずっと瘴気が薄い。


 なぜこんなことを考えているのか?

 要するにどんな状況であれ、城内に魔物は発生しないと確認したかったからだ。


 私の部屋は2階だ。


 だけどまさに今。カーテンから伸びるこの長い腕が差し出す6枚目の硬貨をどう考えるべきか、考えても結論が出ない。

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