捜索日誌 3日目

『捜索日誌』

リィア・ルービア


・3日目

 ここ数日の間で、城内の結界が弱まったように感じる。

 普段は魔物を寄せ付けないための結界だけど、意図的に作用を弱めたとしたら神官団の仕業だろうか。アルフゥ師は神官団の偉い人だから、機会があれば聞いておこう。


 今日は、すでに書くべきことがたくさんある。

 まだ昼前だというのに、色々なことが起きている。

 密使が新たに集めてくれた目撃情報についても述べなければならない。

 密使が集めてくれた情報を重視するのは勿論だが、それでもやはりできるだけ情報の取捨選択はしたくない。順を追って全て書き出そう。

 

 まず昨日の日記に書いた続きだ。

 昨晩のこと。日記を書き終えた私は、例の使用人へ会いに行った。お姉さまの声を聴いたという、使用人のメリーナ・メイドンだ。

 メリーナは城内の使用人詰所で休養を取っていた。

 連日の出来事によって精神的にかなり参ってしまっているようで、仕事も休んでいるらしい。


 見た目はかなりやつれていたものの、応対自体は問題なくこなせていた。

 本人も「しばらく休めばまた仕事に戻れると思う」と言っていたが、時折何かに怯えるように周囲を見渡したりするなど、奇妙な行動も見受けられた。

 それでも私がルツィアお姉さまに関する情報を求めていることを説明すると、積極的に話をしてくれた。


 彼女から直接聞けた話の内容は、概ね私の密使から仕入れた情報と大差なかった。

 ただ、ひとつだけ。彼女の周りで新たな出来事が起きていたようだ。

 また新たなコインを拾ったらしい。


 私は彼女から計3枚のコインを受け取った。

 

 何の変哲もない穴の開いた硬貨だ。やや形がいびつだ。

 とはいえ、何の魔力も感じない。魔物や魂なども宿っていない。

 呪いがかけられているということでもない。

 つまり、ただの形がいびつで古びたコインということだ。


 短命種の感覚能力の低さにはときおり驚かされる。彼らは放っておけば、何も宿ってない場合でも岩や柱にまで祈りを捧げるだろう。

 例えば害のない妖精などがイタズラで何の変哲もない物体をわざと短命種の目に留まるところにおいて、怯えさせるのはよくあることだ。


 それと同じで、メリーナのコインは特別な何かではない。

 呪文どころか魔力も込められていないのだから、誰かがこのコインを使って、お姉さまをこの城からワープさせたということもあり得ない。


 しかし魔力の話は抜きにしても、何かの手がかりの可能性がある。使用人メリーナがお姉さまの声を聴いたという話も気になるし、彼女だけがコインを拾っているという状況もおかしい。

 何らかの意思の介在があると考えて然るべきだ。

 その意思がお姉様を攫ったということも考えられる。

 なにより、これは私の密使ティトランが集めてくれた話でもある。


 私はメリーナにおやすみの挨拶をして、寝室へ戻った。


 次の朝のことだ。

 早朝から、私は密使ティトランに誘われて城内を散歩した。散歩の途中で、彼が新たに仕入れた情報をいくらか教えてくれた。


 彼は仕事が早い。あれからさらに2~3件の情報を仕入れてくれた。

 勇者パーティーで唯一の盗賊職を担っていた実力はやはり伊達ではないようだ。さすがは”羽撃ち”ティトラン。いつでも頼れる私の友人だ。

 彼の集めた目撃証言は後述する。


 私のティトランとの会話といえば、これも書いておかねばならない。ギルドマスターのシャルクス団長が、勇者パーティーへ冒険を許可した。

 これはつまり勇者パーティーを港に留めておくより、どこか適当なダンジョンに向かわせる方が、冒険者ギルドの財布の負担が軽いというシャルクス団長の独断だ。

 名目としては「魔王軍対策」ということなので、王室側は何も言い返せない。

 だって、ルツィアお姉さまは魔王軍対策と銘打って勇者パーティーを組織したし、そのお姉さまがいなくなったのは一説には魔王の仕業だといわれているもの(私は違うと考えてるけど)。

 昨日会ったときはそんなこと一言も言わなかったのに、やっぱりギルドマスター殿は食えないお方だ。


 私のティトランは勇者パーティーとは行動を共にせず、港に残ってくれた。私が恋しいから、というわけではなく、残ってお姫様のお願いを聞いていた方が楽というわけだ。さすがは私のティトラン。

 ただ、シャルクス団長が許可したのは港から半日の場所にあるダンジョンだけだから、そこまで大冒険にはならない。とはいえ、向かった勇者パーティーとしては冒険ができるならどこでもいいのだろうし、なんといっても今回のダンジョンは通常立ち入りできない神聖な場所らしいから、文句も出ないだろうけど。

 むしろ私としても勇者パーティーに同行したかったくらいだ。


 散歩の途中でラクノス先生に会った。 

 儀式の日から体調を崩していた先生もだんだん回復されている。

 本人曰く「すぐにでも徹夜できる」とのことだった。実に頼もしいけど、体は大切にしてほしい。今日も自室にこもって勇者が残した日記の解読に勤しむようだ。

 一応、これまでの経過も話したけれど、あまり耳に入っている様子ではなかった。


 そういえばお父様もラクノス先生のことについて「アイツは一つのことに集中させてやった方がいい」と仰っていた。(その割にはいろんな仕事を丸投げしている気がするけど)

 今は日記の解読に集中させたほうが良いだろう。


 しかし今日一番の報せとなれば、やはりこの件を置いて他ならない。


 白い子供が見つかった。


 ただし、私たちが思っていたような結果ではなかったことを先に述べておく。私のティトランによる取材証言に詳細を載せよう。


 白い服の子供を発見したのはモモエという名前の短命種の使用人だ。メリーナとは別の使用人である。名前が似てるが見た目は別人だ。

 モモエは使用人とは思えないほど身なりの乱れた、ボサボサの髪が足元まで届くような奴だ。同じ使用人でもメリーナの方は髪を結んでいるのに、二人の意識の差はあまりにもかけ離れている。

 本人曰く魔術師の家系なので髪を伸ばしてるらしいけど、別に魔術師が髪を伸ばさないといけない決まりはない。よく分からない人物だ。

 だけどモモエとメリーナは結構仲がいいらしい。謎だ。


 モモエは朝の掃除の時間に、地下の倉庫で白い服の子供を発見したらしい。

 そこで人を呼んで騒ぎになった。気付いた一人が、私の密使ティトランで、彼は私を散歩に連れ立ったという訳だ。流石は私のティトラン。


 私たちが現場に着いたときには既に人だかりが出来ていたけど、幸い、ティトランがモモエから証言を取ることに成功した。

 彼女が話した内容を私のティトランが文字に起こした。その内容を出来るだけ詳細に転記する。






(証言その1)

◾️

 私の名前はモモエ・ムクムンク。

 今日、城内で見つけたのは、本当に恐ろしい光景でした。


 ムクムンク家は魔術師の家系です。祖母の代から奉公させていただいております。

 魔術師といってもムクムンク家は占い師の系統で、他とは少々趣が異なっております。


 私自身も占いの魔術に精通します。

 城内ではこの身なりでの仕事が認められております。

 でも神官団の皆様には目を付けられていて怖いです。あの人たち、私が短命種の占い師だからって何の魔術的根拠もない迷信を流布しているだなんて、そんな悪口を良く言ってきます。


 占いといったって、私がよく使うのは整理整頓魔法と物品管理魔法の二つです。これは物を並べ替えたり数を数えたり品目を記録しておくことが出来る大変便利な魔法です。掃除も品質管理もお手の物です。占いとは関係ない魔法ですが、ムクムンク家はこの魔法の技術を独占したことで城下ではそれなりの地位を維持できているといっても過言ではありません。


 何が言いたいかと言うと、私は若くして城内西側の物品管理と掃除を一任されているのです。これは大変名誉なことだと思っています。


 今日見つけたもの?そうですね。その話でした。

 本当に恐ろしい光景だったのです。今でも目に焼き付いて離れません。

 白い服の子供です。ええ。


 そうです。

 最近城内で噂されている、白い服の子供ですよ。

 兵士や家臣たちも血眼になって探しています。城下町でもこの話でもちきりです。

 酒場の酔っ払いたちの間でも、最近の話題といえば白い服の子供か、行方不明のお姫様くらいです。

 勇者様?ああ、まあ誰も会ったことのない人より、民衆に慕われていたお姫様がいなくなった方が話題にしやすいでしょう?そういうことですよ。


 とにかく、いるかいないかもわかんなかったその白い服の子供です。

 その子を見つけてしまったんですよ。私が。

 普段から掃除をこまめにしていたからですかね。だから私が一番最初に見つけてしまったのかもしれません。


 最近は給仕・衣装係のメリーナがふさぎこんでいたのもあって、彼女の分の仕事も使用人たちで分担してましたからね。私も衣装や朝食の持ち運びくらいは出来ますから。メリーナには普段から物品記録の事務を手伝ってもらってましたからね。そういうのはお互い様ですよ。

 とにかく、彼女の分も私が仕事をしてたから、私が第一発見者になる可能性が高まったんだと思います。


 あの白い子供は何なのですか?

 召喚に巻き込まれてやってきたというのは本当なのですか?

 短命種?

 冗談も大概にしてください。

 あんな不吉な死体、なにかもっと別のものに決まってるじゃないですか。


 はい。そう言ってるじゃないですか。

 死体だったんですよ。


 ぺしゃんこにされたとかいう、護衛のミレミヤ・ミハーカみたいに、真っ黒な煤みたいになって、二階の階段にへばりついていたんです。

 使用人詰所につながる階段ですよ。

 かわいそうなミレミヤと違って、白い服の子供は胴から上がキレイに残ってましたからね。それはもうすぐにわかりましたよ。


 きっとあの子供が何か不吉なものでも連れてきたのでしょう。

 だから、下半身をぺしゃんこにされて死んでしまったのです。






 モモエの証言はかなり重要だろう。


”きっとあの子供が何か不吉なものでも連れてきた”


 あの白い服の子供は死体の姿で見つかった。

 ミレミヤや見張りの兵士のように、黒い煤にまみれて、ぺしゃんこにされた姿で。

 しかし、私も子供の死体を見分したが、あれは肉体的には単に短命種の体にすぎなかった。


 ここで思い出すのはコインに怯えていた使用人メリーナの姿だ。

 短命種は魔力感知が下手な分、必要以上に目の前の物体に怯える生き物だ。

 今回のモモエの反応もそれと同じなのだと思う。


 つまり、あの白い服の子供も、この何かよくわからない事件の被害者だ。

 少なくとも私はそう考える。


 あの召喚で何かよくない神霊の類がやってきた。それは恐らくそうなのだろう。

 しかし、だからといってそれだけであの子供を忌避するのは早計に過ぎる。


 何かがやってきた。

 何かは人をぺしゃんこにする。

 何かはコインを落としていく。

 何かは人をさらう。


 知るべきはそれぞれ何の条件を満たせばその行動を起こすかだ。

 そもそも何かに意志があるのかすらわからないのだ。


(それにしても短命種というのは掃除や物品管理にまで魔法を持ち込むなんて意味が分からない。そんなもの自分でやればいいだろう。私だって自分の部屋くらい自分で掃除している。だいたいそんなことすればあたり一面に魔力の痕跡が散らばるだろ。そんなことするから妖精が寄ってくるんだ。短命種の価値観はよくわからない。)


 私の密使ティトランが集めた証言がもう一つある。

 こちらはモモエの話に比べればそれほど重要ではなさそうだが、取り沙汰しておくべきことが含まれている。


 証言したのはソービヲ・ウルマンという商人だ。

 城内に出入りしている御用商会の人間で、勇者召喚の儀式にあたり勇者に支給する装備一式を納めるための商会側交渉役に就いていた。


 その勇者がいなくなってしまったがために、装備の処遇について調整の必要が生じたたのだとか。それで一昨日に装備一式を携えて単身、城にまで押しかけたらしい。

 その際に起きた出来事を、私のティトランが本人から直接聴くことができた。






(証言その2)

 ソービヲ・ウルマンです。シガナイ商会の交渉役を務めております。

 今回の件に関しては王侯貴族の対応にはほとほと困っております。


 ええ。やはり高貴な方ともなればお金に関する常識が欠如しておられるのでしょうね。

「勇者がいなくなったから勇者の装備は受け取らない」などと。

 そうは問屋が卸さないとはまさにこのことですよ。え?ああ、200年前のうちの初代会長の口癖でしてね。転生者の言葉らしいですが。問屋っていうのはまあ、私たちの商人のことです。


まあ今回は商会がどうしても卸してやるって話なんですけどね。

 わからない?

 ようするに、王家に納めるはずだった勇者の装備を、当日になって断られたんです。


 あり得ないですよ。契約はもう成立しているんです。あとはもう履行するだけなんですよ。こっちは高いコストをかけて最高級の品を用意しているんです。

 言ってやりましたよ。「代金は当日に払うことになっている。そちらが契約を破棄されるのなら、その対価を今この場で払え」ってね。

 ええ。王様ですよ。言ってやりましたよ。今私の首がつながってるのが不思議なくらいです。


 人徳があるのか知らないけど、商売には商売の常識ってやつがあるんです。そいつもわきまえてもらわんと。

 小切手は書いてもらいましたよ。でないとこちらも帰れないんでね。


 泣きたいのはそのあとですよ。

 持ってきた勇者の装備を、その足で持って帰る羽目になったんです。

 ところがですね、なんと兜の装飾がなくなったんです。

 装備一式は全部馬車にまとめて積んであったんですよ。帰る時にも再三確認しました。


 なのに、兜の飾りがどこにもないんですよ!

 金属の羽飾りの装飾です!


 あれは帰り道のことでした。

 馬車を引いて城下町に戻る坂道を下っていたら、何かガタンと音がしたんです。

 嫌な予感がしましたね。馬もやたらと暴れるし。

 馬車を止めて、すぐに荷物の確認をしました。


 やられた、と思いましたね。

 兜飾りが盗まれていたんです。

 どうしてあの飾りだけを、と思いました。あの飾りは街一番の職人が時間をかけて拵えた物で、お姫様の希望で作って、一番金のかかったものなんですよ。

 あの一瞬で盗んだ手口にしろ、兜飾りだけを盗んだ目の高さにしろ、相当なやり手ですよ。


 しかもご丁寧に、兜の上に硬貨が2枚置かれてましたよ。

 えらく醜く磨耗した、見たことない硬貨ですよ。こんなもの何の価値にもなりゃしませんよ!

 え?勿論持って帰りましたよ。こちとら商人なんでね。






 どうやらこの商人も硬貨を拾ったようだ。

 しかし気になることがある。


 昨日、私のティトランが「授業料」と称して私の財布から小銭をくすねた際、彼が入れ替わりに忍ばせたおもちゃのコインが、どうもメリーナが拾ったコインと似ているのだ。

 私の手元にはコインが計4枚ある。


 私のティトランに頼んで、この商人からもコインを回収してもらった方がいいだろうか?

 そうするとコインは6枚になる。


 いや、あの抜け目ないティトランのことだ。

 もしかしたら私の財布に忍ばせたコインが、商人から回収したコインなのかもしれない。

 うん、そう思おう。きっとそうだ。

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