捜索日誌 2日目
『捜索日誌』
リィア・ルービア
・2日目
情報収集に力を入れると、思い立ったまま決断したのは軽率だったかもしれない。
この2日の間に不審な目撃情報が相次いでいる。
しかしその大半が確証のない噂話、作り話、単なる勘違いなど、とるに足らないものだ。
昨日の夜は使用人や兵士たちから話を聞いて回ろうとしたが、情報源を追求するだけで無駄な時間を費やしてしまった。このせいで、第二王女である私が不忠者をいさめる羽目にまでなった。
人間とは真実の一端でも紛れ込めば不確定な情報でもこうまで信じてしまうのか。人の話を聞くというのは大変な作業だ。
手がかりを集めるとしても、これほど多くの証言が寄せられては有用な情報を選り分けるだけで手一杯だ。
それでも一度やると決めたからには自分に出来ることを全うしよう。
この際、密使が集めた話に重きを置く。
彼の情報収集力には期待している。
さて今日は城内での聞き込みをあきらめ、城を抜け出して港町へ行った。
皆がルツィアお姉さまを捜索している只中で黙っていなくなるのは愚かかもしれないが、でも港でしかできないことがある。
特に密使との面会は貴重な機会だ。彼もまた他の勇者パーティーたちのようにいつトンズラするかもわからないやつなので、今のような状況では、こちらから定期的に会いに行ってやるのが一番いいと思う。飼い犬に餌をやるのは飼い主の義務だ。
それに気分転換だって大事だ。
港町は城では見られないものであふれている。海はいつ見ても良いものだ。
港町シルビオネは私たちの居城であるリュドから馬で半日、西へ駆けた半島にある古い町だ。
かつてはカーベと呼ばれていたそうだが、私たち長命種がこのあたりにやって来てから、お父様の時代の言葉で「美しい海」を意味する現在のシルビオネに改められた。
そんないきさつのある港には、世界中から様々な人や情報が集まる。
ルツィアお姉さまも本当ならこの港から船に乗って冒険の旅を開始する予定だった。
その船は今も商会所有の倉庫の近くに留まっている。
私としてもあの船に忍び込んで無理やり同行するつもりだったから、見ていると物悲しくなる。
冒険の旅の中でお姉さまよりも私が優秀であることを皆に知ってもらうのが目標だったけれど、それはもはや叶わないのだろう。
魔法の練習もラクノス先生に教わって、あんなに頑張ったのに。
初級の火系魔法ならルツィアお姉さまよりも達者だと評価をいただいただけにとても残念だ。
この気持ちを紛らわすために、私は密使を連れて、異人街でもある冒険者通りを練り歩いた。
屋台で買ったアゴルツィアは焼き魚料理で、異世界にルーツをもつそうだ。見たこともない異世界の味がした。しかし、アゴとはお父様の言葉で「味噌がない」という意味の接頭語だから、つまりあの魚料理は異世界の調理法が用いられはしても、名前はこちらの世界のものということだ。もしかしたら実際の味も原型からかけ離れているのかもしれない。
密使ともそんな感じの話をしていた。
私は城で書いてきた手紙を密使に渡した。
冒険者通りはその名前の通り、冒険者ギルドの支部が立ち並ぶ。
港町といえば世界中の人々がその国にやって来て、まず初めに立ち寄る街だ。言ってみれば顔のようなものだから、港町に立つ冒険者ギルドの館は自然と豪勢なものになる。
お姉さまがかき集めた勇者パーティーは、立ち並ぶ館の一つに押し込められている。外出は制限されているはずだが、当人の一人でもある密使はどこ吹く風のようだった。
館では密使以外の人物にも遭遇した。
冒険者ギルドのマスターだ。シャルクスという。
短命種ながら叩き上げでギルドマスターにまで上り詰めたほどの実力者だ。
冒険者ギルドの中で一番偉い立場なので、シャルクスは召喚の儀式にも立ち合いを許されていた。てっきり現在は城でお父様たちと会議に参加しているものと思っていたが、どうやら港町で油を売っていたようだ。
本人が弁明するには「アタシのような大手の傘下にあるような弱小冒険者ギルドのマスターごときが神聖な王族の会議に参加できるはずがありません」とのことだった。慇懃に謙遜していたが、しかし本人が言うその弱小ギルドと取引をしていたのは私たち王族なのだから、その言い方では私たちの立場がない。そのことを指摘してやったら、うやうやしく頭を下げた。
失礼な奴だが、そのしたたかさはキライではない。
みてくれも貴族風の衣装を着こなしていて好感が持てる。
私がお忍びで街歩きをしていることにも大して驚いてなかった。
本人も何か後ろめたいことでもあったのか。「どうか今日会ったことはお互いご内密に」と釘を刺してきた。
私たちの言葉で「下半身に粗塩を塗りこむ者」が意味するとおり、シャルクスという名前はどうやら伊達ではない。見た目は細身の優男だが、中身は抜け目がないようだ。
これは推測だが、おそらくギルドマスター殿は城に近づきたくないのではないだろうか。それは密使も同じ気持ちのようだった。
もしかしたら彼ら歴戦の冒険者たちは直接の手がかりがなくても、何か勘のようなものが働いているのかもしれない。
冒険者ギルドでは他に勇者パーティーたちから話を聞いたが、何か手掛かりになりそうな話は聞けなかった。
帰りの時間になると、密使が手紙をくれた。冒険者通りで渡した手紙への返事だ。
いつのまにか書いてくれたらしい。変なところで律儀な男だ。
もともと情報交換が目的ではあったのだが、やるべきことはやってくれていたようだ。
そういう態度は素直にうれしい。私はお礼を言って、ひとっ飛びで城へ帰った。
城内の塔と港がワープで通じているのを知っているのを知っている者は、私以外ではおそらくラクノス先生くらいだ。特定の手段さえ取れば誰にも気づかれずに城と港を行き来できるとはいえ、さらに魔法や兵士の監視をすり抜けてまでそれが出来るのは私くらいだろう。
前にラクノス先生が使っているのを見たおかげだ。
部屋に戻って密使からの返事の手紙を読んだが、そこには密使が収集した信憑性の高そうな情報が記されていた。
やはり何か不審な出来事が起こっているというのは事実のようだ。
重要な手がかりが含まれると思われるので、話の流れをわかりやすくするよう、私が密使に宛てた手紙、そして密使からの返事の両方を以下に写しておこう。
(リィアから密使への手紙)
■
親愛なるティトランへ
あなたの第二王女より
港町ではいかがお過ごしですか?
勇者召喚の儀式が失敗して以来、あなたは1度しか会いにきてませんね。
あなたのような渡り鳥を一箇所に留めるギルドが憎らしい。
それともこの姫の顔をお忘れになったのかしら。
私は自室に篭ってばかり。
早くあなたから話を聞きたい。
このままではあなたの抱える秘密を城のどなたかにうっかり漏らしてしまいそうです。
今回はこうして私の方から会いに伺いましたけど、次回からはご自身からお願いしますね。でないと、本当に言いつけてしまうので。
さて冗談はこのくらいにして、先日お願いした調査の進捗はどうでしょう?
羽撃ちティトランともあろう御仁がよもや何の手掛かりも得られていないとは思えませんが。しかし私の方はあまり芳しいとは言えません。
何しろ耳に入るのは雑多で不確かな情報ばかり。
昨日の夜も日記を書いてから、城内の者たちに話を聞いて回ったのです。けれども、「第一王女の声を聴いた」だとか「白い服を着た子供を見つけた」だとか「魔物を見た」だとか、いかにも有力そうな情報が耳に飛び込んできたとしても、確かめに行ってみれば何のことはない。あれはきっと使用人が何かの動物と間違えたんだわ。
だって、いつもよく見かける白い猫がいただけだったもの。
ほかにも、情報の出所をたどれば、ひとりの使用人が流した悪意ある噂だったこともありました。私も怒り心頭で、これについてはさすがにお父様に言いつけておきました。
きっと「第一王女の声」というのも誰かの幻聴なのでしょう。
そうして、右往左往している使用人や兵士をなだめたりしているうちに夜が明けてしまいました。
まったくもって徒労です。
耳に入る情報が多くても、使える情報が少ない。
貴方の情報収集力が頼りです。
どうかいいお返事をいただけますよう。
(密使からリィアへ返事の手紙その1)
■
第二王女殿へ
あなたのティトランより
私を脅すのはやめていただきたい。
こうみえて心臓が弱いのです。
悪い冗談でもこれ以上おっしゃるなら、私の自慢の速足も、心臓を守るための行動を取らざるを得ないでしょう。
第一、自室に篭ってばかりなどと、よくもまあそんな嘘を平然と書き並べられるものです。
上流の王族というのはこのように嘘を並べて、私のような純粋で何も知らない下人を弄ばれるのですね。
しかし、あなたがいくら心無い嘘を吐こうとも、このティトラン・テイダムは生まれながらの正直者なので、あなたに対して一切の噓を付かないと誓いましょう。
情報は定期的に伝えますのでどうか言いつけるのだけは勘弁してください。
さて冗談はこのくらいにして、第二王女様は情報を集めるという行為が何たるかを全く理解されてないのではないでしょうか?
それはもう、あなたのように非効率的で遠回りな方法を取れば、人の話などいくら聞いていても時間が足りないでしょう。
いいですか。人の話を聞くというのは、要点を相手に話させることです。話相手の方に頭を使わせるのです。
それ以外は別にあなたが相手のために何かしてやる必要はないのです。あなたは重要な情報を集めて回っているのだから、そのことだけ考えてれば良いのです。
私には、なぜあなたがご自身で情報の出所を確かめに行かれようと思われたかが理解できません。
あなたは王族ですよね。忙しい立場なんだから、もう少し人を使うことを覚えてください。
なんですか、「夜が明けた」って。そんなことをしていたらいつか倒れますよ。
今度から私に会う前日は、徹夜することは避けてください。密会の最中に倒れられでもしたら飛ぶのは私の首なんですから。
今日もギルド館でシャルクス団長と面会している間、私の横でずっと欠伸をされてましたね。気づかれてないかもしれませんが、注意が散漫でした。
あれではシャルクス殿も内心苦笑いだったでしょうね。城で話をした貴人然としたお姫様がそっくりそのまま街中に現れたのですから。市民には市民らしい態度があるものです。
そういえば召喚の日にもあなたはシャルクス団長と何か話をされていたようですが、あまりあの人を信用しない方がいいですよ。
だいたい城の塔と港の倉庫が隠された魔法陣でつながってるからって、そうやすやすと使っていいものでもないでしょう。
これも召喚の儀のときの話になりますが、あの日もやることがなかったからって途中で抜け出してましたね。お姉さまが探されてましたよ。
お姉さまが勘付かれていたということは、当然シャルクス団長が見逃すはずないでしょう。
私には関係のない話ですが、もう少し自分の行動について振り返ってお考え下さい。
いつにもまして最近のあなたは隙だらけです。例えば街中でアゴルツィアを召し上がっていた最中なんか、隙だらけでしたよ。私でなくともスリを働く機会なんていくらでもありました。港町は本当に色んな人間が集まるので、城とは違うのだということをもっと自覚してください。なので授業料を頂戴させていただきました。
わかってると思いますが、今日のことも、この手紙も、どこかに残すのはやめてくださいね。マジで。
色々と聞いて回られているようですが、その質もたいしたことないですね。
特に「第一王女の悲鳴」と「白い服の子供」については再考の余地があるかと。
詳しくは手紙に2枚目以降を読んでください。
■
密使の手紙にはごく個人的な内容ばかりが書かれていた。
それにしても気遣いのまるで足りないやつだ。しかし、そっけない態度からも実は真剣に私を心配してくれている優しい気持ちが伝わってくる。そういうことにしておいてやろう。
彼との冗談の応酬は楽しい。城の中では体験できない。
そして手紙にも書かれていたように、授業料として私の小遣いがいくらか減っていた。
代わりに何かおもちゃのお金のようなものが入っている。
勇者パーティーのクセになんてやつだ。
これからは忠告通り身を引き締めて、より多くの人から話を聞くことに時間を費やそう。
あと城の塔と港を結ぶ魔法陣については人物登録をしないと起動しないうえに使用記録が残るので問題ないことをここに書いておこう。密使からの手紙には言外に今回の行方不明事件につて「魔法陣からの侵入」がなされたのではないかという指摘の意図を感じた。
確かにその可能性については詳しく検討してなかった。
やはり彼は変なところで律儀なようだ。
私にとって重要な情報についても2枚目以降の手紙にばっちり記載されていた。
おそらくこちらは前日にあらかじめ書いた物だろう。
(密使からリィアへ返事の手紙その2)
■
頼まれていた情報収集について、重要そうな話を聞いたので急ぎ書き連ねます。
メリーナ・メイドンという使用人を覚えてますか?第一王女殿とミレミヤを最後に見かけた者です。
その彼女がまた新たな証言をしました。どうやら今度は「第一王女の声を聞いた」そうなのです。この手の眉唾は今や城内であふれかえるほど耳にしますが、彼女の場合は他と異なる点が散見されます。
まずメリーナの話は他と比べていやに具体的すぎるのです。「泣き叫ぶ声を聞いた」「助けを求める声を聞いた」その発言内容はメリーナ自身が考えたとは思えないほど凄惨です。
内容としては、第一王女は少なくともどこかわからない場所を徘徊しているようです。
そして第一王女の声は時と場合を選ばず唐突に聞こえるとのことでした。
私もメリーナ自身から話を聞きましたが、彼女が嘘をついているとは感じられません。
他にも彼女の話に傾聴すべき点はあります。それは彼女が最後に第一王女を見かけた者だということです。第一王女が何らかの魔に魅入られたとして、最後に会ったのがメリーナならば、そこに因果関係を求めるのは当然の考えです。
そして実際に、彼女の周りで異変は起こっているようなのです。
最後に、メリーナの周りで起こっている不可思議な出来事として。
第一王女の失踪からメリーナは3度ルツィア第一王女の声を聞いたそうですが、その凄惨さと悲鳴はどんどん増していき、彼女の声を追ったメリーナは、城内の厨房前のつきあたりの廊下で、見たこともない奇妙な形をしたコインを拾ったそうです。
この情報は他の証言には得られない、奇天烈な点です。
私個人としてはとてもではないですがそれに触れるような気にはなれませんが、もしかしたら何らかの怪しい魔力でも込められているかもしれませんよ。
一度メリーナに見せてもらったらどうでしょう?
あとこれは港で急いで追加する一文ですが、ルツィアとは中代長命種の言葉で「さばみそ」という意味らしいです。
■
さばみそって何だろう。今度お父様を問い詰めてやろう。
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