第二王女
捜索日誌 1日目
『捜索日誌』
リィア・ルービア
・1日目
ルツィアお姉さまが失踪して3日経った。
城内は未だ騒動の渦中だ。
魔王の仕業だとか、勇者と駆け落ちしたとか、色んな憶測が飛び交っている。
それほどまでに第一王女が与える影響は大きいということだ。ましてや本人自らが勇者召喚及び世界救済の冒険を企画していたのだから、その渦中での失踪が起こす混乱の規模は計り知れない。
勇者が失踪してからも同じ日数が経過している。
とにかく、第一王女は忽然と姿を消した。
様々な仮説が立てられているけど、どれも決め手にかけるものばかりだ。
この日記は去年に書き始めて5日で放り出していた物だが、今日から捜索日誌として再開する。
私はルービア朝リュド王国の第二王女、リィア。
二人はまだ見つからない。
城のどこを探してもいない。一体どこへ消えたのか。
出来うる限り信頼のおける手がかりをここに残す。
さて城内のめぼしい場所は兵士たちや使用人たちが総出で探し回っている。
私自身も隠し通路や秘密の地下室を隈なく探索したが、一向に手がかりが見つからない。
お姉様はよく私の行動を悪戯だと叱ったけど、その悪戯のために色んな場所を駆け回って、お陰で城内の事情についてかなり詳細に把握出来ているのも事実だ。今や城の構造を私以上に知っている者は数人もいないだろう。
その私が探しても見つからないのだから、二人が城内にいないことは確実だ。
二人が見つからない、と書くよりは、「帰らない」と書いた方が正しいのだろうか。
でも、帰らないと書くには、あまりにも現場の状況が凄惨すぎた。
一国の王族が突然行方不明になった。無事に帰ってくると思う方がどうかしている。
皆も最悪の事態を想像している。
数日前までは祭りだ何だとあれほど騒がしかったのに。今では別の意味で騒がしい。
城下町へ事件のことは発表されてないけど、それでもある程度の風聞は伝わっているらしい。噂と言ったって、私たちですら何が起きているのか全く分からないから、信憑性のない風聞だけど。
なにせ、世界救済の旅に出るはずだった勇者と王女が、揃って姿を消したのだ。
厳重な警備が敷かれている城内で起こったとあっては、王家の名誉に傷が付くどころでは済まない事態だ。
何も分からないで終わる話ではない。
絶対に解決せねばならない。
こうなると一番可哀想なのはお姉さまの護衛であるミレミヤだ。
このまま犯人が分からなければ、彼女が下手人として扱われるだろう。どれだけ状況が不可解でも、他に考えられる人なんて限られているのだから。きっとそうなる。
勇者がお姉さまを誘拐した可能性も無くはないが、それだと勇者を召喚した王家としては体面が悪い。
「あの場」にいたのは勇者とお姉さま、ミレミヤしかいないのだから、消去法でミレミヤを犯人とした方が一番都合が良いということだ。
お父さまは弱気だから、家臣団のどなたか、案外、ラクノス先生あたりが提案するかもしれない。
第一あれだけの所業を勇者がやったなど、誰が言えるだろう。
これまでお姉さまに尽くしてくれたミレミヤには可哀想だが、しかし、当の本人が死んでしまっている以上、文句は言えない。
死人に口なしだ。
だが、それでも彼女が犯人の筈がない。
これは明らかにミレミヤ以外の者による仕業だ。
魔王軍の勢力。あるいは未知の魔物。
お父様や小長老会議が未だそれを認めようとしないのは、単なる現実逃避に過ぎない。
何者かが未知の手段でミレミヤを殺害し、お姉さまを誘拐した。少なくともこれは確定事項だ。そして同時に勇者も誘拐した。
ミレミヤがあの有り様では、二人の生存も絶望的だろう。
全くもって酷い話だ。
それでも私は、もっと別の可能性があるのでないかと考えている。
ラクノス先生は私に気を遣ってくれているが、先生もまた二人の生存を信じてないのは、その態度で分かる。本当に分かりやすい人だ。
その先生は連日の儀式の準備と失敗、そして今回の失踪事件が祟り、自室で寝込んでしまった。あれほど働いたのだから、今まで倒れなかったのが不思議なくらいだ。
どうせお父様はいつものようにラクノス先生に全てを丸投げするだろうし、先生が再び起きた時のために、とりあえず事件の流れでもまとめておこう。
始まりはなんと言っても、4日前の勇者召喚儀式だ。
あれもまた酷い出来事だった。このところ失敗続きで街へお忍びもする暇がない。
お姉さまは自分のせいで儀式が失敗したとか言って泣いてたけど、勇者自身はきっちり送られてきたのだ。その勇者様とやらが勝手に暴れたんだから、お姉さまは何も悪くない。
むしろなんの落ち度もないのに、さも自分が重大なことをしでかしたと信じ込むお姉様の態度の方が問題だ。あれは自分が責任のある立場の人間だと無意識に誇示したい人間特有の傲慢さだろう。
はっきり言って嫌いだ。
アレで私より齢が16も上なのだから呆れて物も言えない。54歳の長命種なんて、森の中で暮らしていた時代ならまだしも、社会的には大人なのだから、中身も見た目相応にしようと思わないのだろうか。
誰がどう考えても想定外の事態だったのだから、もっと堂々としていれば良かったのに。
せっかくかき集めた勇者パーティーもお姉様があの態度では混乱しきりだったろう。
現在彼らは港町に待機となっているそうだが、密使からの報告によれば情勢の悪さをみてトンズラを考えている者さえいるという。まあ妥当な判断だ。
とにかく儀式は失敗した。暴れた勇者は取り押さえられ地下の牢屋に。お姉さまは泣いて自室に篭り、護衛のミレミヤがお姉さまにずっとついていた。
第一王女の部屋の扉を直立不動で警護するミレミヤの姿を、数人の家臣たちが目撃している。
しかしさらにその後、夜中にルービアお姉様とミレミヤが連れ立って地下牢へ向かうところを、ひとりの侍女が目撃した。
侍女の名前はメリーナ。聞くところによれば実直な性格で気のしっかりした、魔術師の家系の娘だそうだ。嘘をつくようなタイプでも、混乱して記憶違いを起こすようなタイプでもないだろう。少なくともメリーナの目撃証言は正しそうだ。
お姉さまの失踪が発覚したのはその翌朝だ。
朝食を運んできた使用人が、部屋からお姉さまがいなくなっているのに気付いた。それで、ミレミヤもいなくなっていた。
同時に、見張り番の交代のために地下牢に来た兵士が、勇者がいなくなったことに気が付いた。私も地下牢の有り様を見たが、アレは凄惨そのものだった。
地下室の状況を記しておこう。
まず地下牢の入り口の階段の周り、そして牢屋の格子を挟んだ反対側の壁から入り口へと、黒く煤けた塊が二つ、液体のようにペシャンコに貼り付いていた。
トロールや巨人ならば、あるいはそれくらい出来るかと言った具合の怪力で、一撃で叩きつければ人間も潰れるだろう。
だけど地下は廊下の狭い石造りだ。周囲には破壊痕が見当たらないどころか、まず図体のデカいトロールや巨人などは一切出入り出来ない。
そもそも叩きつけたところで人間一人が黒く煤けて液体を撒き散らす意味がわからない。アレは単なる肉塊ではない。
神官たちが回復魔法で可能な限り原型まで戻したところ、地下牢の入り口に叩きつけられていたのが、夜中に番をしていた兵士、牢屋の格子の反対側に叩きつけられていたのがミレミヤだと判明した。
だけど、そこにあったのはミレミヤと見張り番だけだった。
ルツィアお姉様と勇者が見つからなかった。
それで、お城の兵士たちが城中で事情を聞いたのだけど、誰も何も分からない。
お姉様も見つからない。勇者も見つからない。
そもそも勇者の牢屋の鍵は閉められたままだったのだ。
事態の異常性、重大性から、すぐに緘口令が敷かれた。
状況と痕跡から何が起きたのかを考える。
つまり以下のようになる。
まず勇者に会いに、お姉様とミレミヤが地下牢へとやってきた。見張り番の兵士は説得を受けたか、それとも賄賂でも渡されたか、脅されたかして、二人を通した。
それで、お姉様とミレミヤが牢屋に閉じ込められた勇者に対面した。入り口では兵士が見張っている。
二人は何かしらの話でもしていたのだろう。
そこへ、正体のわからない何者かが地下室へ入ってきた。
兵士が謎の力でペシャンコにされ、黒い肉塊となって地下牢への入り口の階段の周りにへばりつく。
正体のわからない何者かは、そのままの勢いで次はミレミヤを壁に張り付けてペシャンコに。これまた黒い肉塊にしてしまう。
そして、お姉様と勇者は正体のわからない何者かに対して、"一切抵抗せずに"、"牢屋の鍵を閉めたまま"、"誰にも見られずに"連れられて姿を消した。
はっきり言って、意味がわからない。
二人が抵抗をしなかったこと。
牢屋に閉じ込められた勇者をさらったこと。
そして誰にも見られることなくそれを行なったこと。
自分で否定しておいてなんだが、これでは勇者がお姉様を誘拐したと考えた方がまだマトモな考えだ。
異世界召喚者は世界を渡り歩く際に肉体を再構成される。その際、異世界召喚の神に触れた召喚者は既存の魔法に寄らない『スキル』を獲得するという。
消える前のお姉様が繰り返し息巻いてたから、それは間違いないだろう。
例えば、勇者が未知の『スキル』を用いた可能性はありえる。
とはいえ、やはりその可能性はかなり低いだろう。
異世界召喚者が与えられる『スキル』は原則一人につき一つだからだ。
今回の事件は"ミレミヤと見張り番を殺害した手段"と"誰にも見つからず姿を消した手段"二つの『スキル』が必要になる。
例えばどちらかの行為を『スキル』以外の手段で行ったなら話は別だが、肉体的にはただの短命種に過ぎない勇者にそれが可能とは思えない。
少なくとも"姿を消したり現したりできる力"と"人間を黒い煤の塊に出来る力"を両方持った何者かが存在する。
とはいえ、この考えにも問題がある。
犯人が魔法を用いてこの事件を起こしたのだとしても、この城の中で魔法は管理されているのだ。
例えば空間転移魔法を使えるなら、お姉さまも勇者も用意に誘拐できるだろう。
しかし、城内には既存の紋章術や詠唱術を阻害するような装飾が仕掛けられていて、要するに魔法で悪さは出来ないようになっている。
私も過去に空間転移魔法を試したことがあるが、作動しなかった。どころか、どこからか城の兵がすぐさま飛んできたので、城内には魔法を感知する結界でも張られているのだろう。
つまり、空間転移魔法での誘拐は至難の技ということになる。
それでもより強力な魔術師なら可能かもしれない。その場合は、犯人がラクノス先生より遥かに手練れということになるが。
仮に魔王軍の幹部だとしてもそんな真似が可能だろうか?
第一、それほどの魔法を行使できるのなら、こんなこじんまりした犯罪などせずに直接国を攻めた方がよほど効率的だ。
まさに伝説の剣を一振り拵えて、騎士の剣が千振り錆び付くような行いだ。
とはいえ具体的な否定材料も無い以上、検討に値することは認めざるを得ない。
しかし、もう一つ可能性が考えられないだろうか。
神霊による誘拐だ。
これはかなり有力だと思う。
思えばあの儀式は明らかに異常な何かが起こっていた。
普段からラクノス先生もしきりに口にしている。
「物事は複雑に見えてたとしても、かならずなんらかの法則に基づいている」と。確かにそうだ。
魔法には魔法の、剣には剣の、世界には世界の理がある。
ならば異世界には異世界の理がある筈だ。
私たちの世界と、勇者の世界とでは、構成する法則そのものが違って当然だ。
例えば勇者の世界には魔法そのものが存在しない。
その代わり、何か未観測の別の力があってもおかしくないだろう。
あの場にいた、もう一人の誰か。
白い服を着た子供。
白い子供は城内を捜索しても、未だに見つかっていない。
あの子供は、遠目に見ても分かるくらいには、短命種の子供だった。魔力を見れば肉体的な要素が分かる。それは間違いない。
となれば、あの子供を探すことが先決だろう。
短命種ともなれば、おそらく単なる巻き込まれ召喚だったのではないかと思うが、手がかりにはなるだろう。
あともう一つ。手がかりになりそうなものについて書いておかないといけない。
勇者の失踪した牢屋で、日記を見つけた。
おそらくアレは異世界の日記媒体なのではないかと思う。何か重要なことが書かれているに違いない。
しかし、こういうのはラクノス先生の方が適任である。アレはラクノス先生に託すことにしよう。
私では読み解くのに相当時間がかかってしまいそうだ。
どうせお父様もそうする。
しばらくの方針は決まった。
①儀式の際に見かけた白い服の子供を探す。
②ラクノス先生に勇者の日記を解読してもらう。
①については私自身の密使を使って城内外の目撃情報を集めさせよう。弱みを握っているから、アレは絶対にわたしには逆らわない。
アレの『スキル』があれば情報収集などお手の物だ。
②については先生に全て任せるしかない。先生が起き次第私から直接お願いしよう。
私自身は周囲への聞き込み、そして集めた情報をまとめることを徹底しよう。
姉がいなくなったのだ。その分、私の王族としての公務は増えるのだろうが、空いている時間を使って出来る限りのことはしよう。
今日も午後から姉の代わりに来客者の対応をしなければならない。
王族とはまったくもって不自由なものだ。しがらみばかりで嫌になる。お姉様が外の世界に憧れを抱いたのも、そういうしがらみから逃れたい気持ちがあったからだ。
遥かな冒険の旅を企図していのは、何もお姉様だけではないのだから。私も同じ気持ちだ。
はやく平穏な生活に戻って欲しい。
そして、どこか遠方へ旅行でも行きたい。
一刻も早く事態が解決しますように。
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