電車の話



 私が電車にはじめて一人で乗ったのは、中学一年生の時だった。


 電車通学を始めた時だ。


 道順は、記憶にしっかりあったので、自宅から電車を乗り継ぎ、すんなり大阪梅田までは行けたものの、そこからまた阪急に乗らなければならず、気が遠くなりそうだった。オアシスに行きたいのに、まだまだ砂漠の真ん中にいるみたいだった。


 これから、部活もするだろうし、宿題も山ほど出る。勉強もしなければいけない。


 入学試験に受かったのは嬉しかったけれど、入学して間もないのに、朝の騒がしい駅構内の中で私はもう、前に進みたくなくなってしまった。

 

 革のつやつやした重たい重たい通学鞄と、履きなれないローファーで。


 上手く歩けるだろうかと。


 毎朝、憂鬱でたまらなかった。


 それから、20年の歳月が流れ、今。


 今日は娘とデートの日だった。


 私はいま、1歳の二女を釣れ、電車に揺られている。


 13歳だった私は、33歳になった。


 今使っている沿線が、当時通っていた学校の周辺と風景が似ているせいか、そこから小さく見える山や、住宅街のたくさんの屋根や、雲に隠れた頂上。電線を眺めると。


 あの中学に入ったばかりの、幼かった、あの気分を思い出す事がある。


 思えば、こんな感覚は、これが初めてではない。


  就職活動で、東京に向かった時も。


 子供達を連れて、初めて電車に乗った時も。


 初めて、旦那の実家に挨拶にいくために電車に乗った時も。


 こんな気持ちだった。



 これから、未来に待ち受けることを想像して。


 何かに怯えながら、どこかワクワクしながら。


 ただ、目の前にある、新しい教科書が入っている、新しい革の鞄を抱きしめていた。


 


 もう、あの頃の私は、私じゃないけれど。


 ふと、どこかに現れて。


 私の中に舞い戻ってくる。


 そして、今の私は。


 どこかで、その当時の気持ちを忘れたくないのだと思う。


 

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