Track.12 最後の晩餐
──たつなみペンション。
「お客様、今日はいい食材が入りましたよ。ごちそうですよ!」
よほどいいことがあったようで、満面の笑みでボクたちを迎え入れるのは、オーナー代理の津久井美緒さん。
華族様の元別荘の食堂は昨日と同じく、豪奢にして華麗。
ただ、昨日とは段違いの料理がずらりと並べられている。
今日の夕飯は、特別メニューとは聞いていたが、想像していたものよりもはるかに上だった。
まさか、テーブル中央に八段のシャンパンタワーがあるとは、誰が思うか。
未成年者に配慮して、ノンアルコールらしいが、キラキラと輝き、そびえたつソレに感嘆の声を上げるしかない。
「美緒に頼まれてオレも頑張ったからな」
インストラクターの仕事が終わってからペンションにまっすぐ帰ったらしい沙良は、津久井さんが持ってきた食材に目を輝かせ、即決で手を貸すことを承諾。
結果、今日の献立を当初の予定よりも豪華にできたらしい。
「東海林さんのおかげで、良いものが出来ましたよ。では、改めてオープン!」
パカパカと開く、皿の上のドームカバー。
驚かせたいという、おちゃめな遊び心がさく裂している。
「桜井先生の傑作、夢寐委素島乱戦記に因んだ料理にしました♪」
ならば、最初に目に留まった丸ごとローストチキンは、首のないところから、第一犠牲者の貴族、
鶏肉がメインというところも、他とは違う、仲間外れを表しているようだ。
(と、なると……このアボカドのウニ和えは……)
第二犠牲者の医者、
心臓がないウニをふんだんに盛り、器にはアボガドと見た目もリゾート料理らしく麗しい一品である。
「あ、この鯛……まだ、ピクピク動いている。活け造りなんて、初めてみたよ、沙良」
「ああ。お前ら本当にいいタイミングで帰ってきたぜ」
生きたまま嬲り殺された、第三犠牲者、山賊の
「ほとんど原型がなくなったので、わかりづらいでしょうが、こちらの南蛮漬けは、サバの干物です」
華やかなサバの南蛮漬けが、まさか干物だったなんて。
しかし、若くして命を落とした、第四犠牲者、
「同じく登場人物のイメージのほうを優先したのは、こちらのスパゲッティ・アッラ・プッタネスカ……別名娼婦風のパスタです」
第五犠牲者、
第四と第五は津久井さんの解説がないとわからなかったよ。
でも、わかったらわかったで、納得できる、瑞々しい華やかさと妖しい色香を感じさせる料理である。
「では、この塩鍋は、波にのまれて消えた
海の幸がふんだんに使われた、夏でも程よい温度で食べやすくなっている鍋。
桜井先生の言う通り、塩の味がピリッと舌につく。
第六犠牲者、
「はい。で、
二種類のパエリア。
鯛丸ごとと、エビ・貝たっぷり。
色彩的に陰陽も入っていて、流刑者たちの頂上決戦が再現されているかのように見える。
では、八人の流刑者モチーフの料理が全部で揃ったところで、いざ、実食。
ボクはとりあえず、アボカドのウニ和えを手に取り、パクリ。
ウニの味とアボガドのとろけるような味わいが、癖になりそうである。
見て楽しい、食べておいしい。
バイキング方式で食べる料理は、自分の腹と相談して食べられるのがいい。昼はバーベキューで結構食べたが、ボクは十代。昼と変わらず、食べまくれる。成長期はお腹がすきやすいのだ。
「ん。おいしいね」
愛翔兄ちゃんも年齢と性別に見合った、豪快な量を食べている。
とくに、パスタとパエリアという、炭水化物に炭水化物を当たり前のようにモグモグ。
こりゃ、明日にでも、結構運動しないと、このカロリーは消費しきれないよ。
「まぁ。こういうのも悪くないな」
関口さんも食べる、食べる。
まぁ、あれだけの筋肉質なのだから、食べる量も相当なのだろう。
「いっぱい食べてくれるやつがいると、作ったかいがあるぜ」
沙良は沙良で、料理人冥利に尽きる良い食べっぷりをする我々を見てにこやかに笑う。
「私も。桜井先生の作品をモチーフにした料理が作れて、しかも喜んで食べてもらえるなんて満足です。あ、写真撮っていいですか」
津久井さんは、映像も残したいらしく、スマホを構える。
オーナー代理の品格としてはどうかと思うが、小規模のリゾート施設はこういうアットホームさをウリにするところが多いのかもしれない。
「後で写真は送信してくださいね」
愛翔兄ちゃんは、事務所のメールアドレスが書かれている名刺を津久井さんに渡していた。
まぁ、あと三日もあるのだ。この様子ならきっと多くの写真が取られるだろう。
それに兄ちゃんは肖像権の問題があるからなぁ。夢寐委素町島観光協会の刊行誌に使われる写真はチェックする必要もある。
そんな大人の事情会話を聞き流しながら、ボクは呂子お姉さんのほうを見る。
恋人の桜井先生も一緒に塩鍋をつついていた。
夏とはいえ、温かいものが恋しくなる時もある。といっても、熱いというよりも温いので、舌をやけどすることなく、お腹にやさしい温度の食事。
食べている二人は本当にいい雰囲気だった。
これは声をかけてはいけないと察してしまうぐらいに、である。
「デザートには、
津久井さんは、お手製の『夜船』を最後に持ってくると、スマホ片手に説明しだす。
たしかにこの文章量では暗記、難しいものね。
船皿に乗ったおはぎのウンチクを聞いた後は、おいしくいただいた。こしあんなのは、「本殺し」を意味しているのか。
八人の流刑者は結局生き残れなかったからなぁ。
津久井さんのセンスに少しゾッとしながらも、ブラックジョークとしてはいい線いっていると思う。
少し量が多いかなっと思ったけど、すべてきれいに平らげた。
おかげで、お腹はいっぱいだ。
こうしてボクたち全員、七人の晩餐は、穏やかに幕が下りた。
たつなみペンション最後の和やかな時間は過ぎたのだ。
──だから、あとは闇へと、混沌へと飲み込まれるだけ。
「ああ。君か……」
桜井先生が一人、中庭で夜空を見上げたのが、これから始まる怪異殺人事件の幕開けだった──。
……眠っているボクの耳に、奇妙な音がする。
グチャグチャと、何かがこねられるような音。
(ん~……何かの仕込みかな……)
明日の料理もまたそれなりに凝ったものが出るのだろうと、深く考えることなく、そのまま眠気に耐えることなく、意識は夢の中へと戻っていく。
そう、この時のボクは夢のようなリゾート観光が続くと思っていたんだ……。
☆三日目 八月十五日
「ふわぁ~よく、寝た……」
本日はどうやら雨らしく、比較的暗い朝だった。
そのため、ボクはいつもよりも遅く起きてしまった。
だからだろうか、隣のベッドで寝ているはずの愛翔兄ちゃんはとっくに起きていたらしく、もぬけの殻になっていた。
「んっ。兄ちゃんはよく天気に左右されずに起きられるよなぁ……」
窓を開けて確認はしていないが、ザーザーという凄まじい音からして、暴風雨かもしれない。
せっかくのリゾート観光に雨か……運が悪いなと、外に出るのはあきらめるしかないだろう。
あの吊り橋を雨の中渡る勇気は、ボクにはない。
「ま、それならそれで、兄ちゃんが部屋に帰ってくるまでにいろいろとやっておこうかな」
従兄妹同士とは言え、着替えを見られる趣味はないので、このタイミングで着替える。
そして、そのまま朝の生活習慣を一通りこなす。
女の子はどうしても洗面所を占用しちゃうんだよね。あと、美形の兄ちゃんが隣にいるとどうしても委縮してしまうから。
だって、兄ちゃんが隣にいると、余計ボク、見劣りするのだもの。鏡を見るときは兄ちゃんが側にいるのは厳禁である。鬱になる。
ボクは平々凡々と朝の準備を整え終えた後だろうか、バタバタと廊下から人の足音がする。
「ん、なんだろう……」
ボクは部屋の扉を開ける。
すると焦った表情の津久井さんがこちらへやってくる。
「睦月さん、おはようございます。……無事でよかった……」
そして、この安堵の表情である。何か大変なことが起きたようだ。
「どうしたの、津久井さん……」
嫌な予感はするが、何が起きたのか聞かないと、前に進めない。
「中庭で……先生が、桜井先生が、倒れているのです……しかも、心臓がない、状態で!」
「えええっ!」
驚きと強力な不快感がボクの心を占める。
殺人事件。
津久井さんの言葉をそのまま受け止めれば、自殺なわけがない。他殺だ。
「それで今……探偵の仙崎さんと、捜査一課の関口刑事が検視を行っています」
あの強面のおじさん……もとい関口さんは刑事だったのか。
しかも、捜査一課って、殺人や強盗・強姦といった強行犯を扱うところだ。はっきり言ってその道のプロ。
たまたま居合わせたのか、それとも……。
現役中学生のボクは遺体を確認できるわけがなく、兄ちゃんと関口刑事からの結果を待つしかなかった。
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