幕間劇 エピソード1

 夢寐委素島浜辺近くの海が見える小奇麗なレストラン。

 男一人女二人のある意味では異色な大人たちが昼からお酒を飲んでいた。

「ぷふあぁ! バーベキューの後の酒はいいな!」

 関口環は上機嫌でビールのジョッキを傾ける。

「もう、関口刑事。だけど、お酒は控えてくださいね。あの吊り橋が待っているのですから」

 古賀瑞穂はたつなみペンションと島をつなぐ吊り橋を思い出して、身震いする。

 あれは……ないと思った。

 自他ともにドジっ子眼鏡と認められている瑞穂にしてみれば、渡る=何かを失うというフラグが立っているようにしか見えない。

 そんな、紛失強制イベントは嫌である。

「ふふ。だから、私の取材旅行についてきたわけですか。まぁ、私としても一人よりは刑事さんたちといたほうが何かと安心ですし、ネタに困らないのでちょうどいいですけど」

 若竹は完全におもしろがっている。

「今回の事件も気になるところですが……今は窟拓村で起きた事件のほうを書きとめるほうが大事なので、結果だけ、お願いしますね」

「結果だけって……」

「あら。警察署の遺留品として一時的に置かれていた窟拓村の神域にあった鏡を盗まれたのでしょう」

「ンぐ」

 どこで知った……。

 いや、若竹ならわかるだろう。なんたって、関口と瑞穂の所属を正確に言い当てた女だ。

 捜査一課・特殊霊能班。

 怪異系の事件を担当し、工作する部署。

 関口たちの地域は怪異が関わると高確率で殺人事件に発展するということもあり、殺人事件などを担当する捜査一課に籍を置くことで、初動捜査が比較的しやすくなっている。

「あの鏡……緑の眷属を映すだけですけど、長い間神域にあっただけあって、かなり霊力を蓄えているでしょう。魔術的な媒体として使われたら、大変でしょうね」

 遺留品が盗まれたのも痛いが、もっと痛いのはあの鏡を何に使うかだ。

 本来の用途は大したことがなくても、使い方によっては最恐の武器になる。

「そうだな。あの鏡自体はほぼ無害だが、魔術的な意味では厄介だろうよ」

 蓄えられている霊力は素人目でも多かった。並の魔術なら成功させることができる。

 大地の浄化に使うならまだしも、何らかの悪意ある儀式に使われたら大惨事だ。

「夢寐委素町出身者の遺体も消えていたことから、あたりをつけたが……ビンゴだろうな。この島には死者蘇生系の民話がある。何らかの方法……それこそ魔術を使えば、生き返ったように動くゾンビができるんだろうよ」

「あら、ずいぶんあっさりと死者蘇生なんて信じますのね」

「この島には赤染が関与していた痕跡があったからな。相変わらず、意地が悪い」

 生と死を超越する邪神。

 人知ではあの柱のことを計り知ることはできないが、基本は愉悦のためなら何にでも手を出す。

 その結果、幸せになろうが不幸になろうが知ったこっちゃない。ただただ人間を弄ぶのが好きなだけ。そういう意味では、人間が好きな神様と言えなくもない。

「何もしない傍観者より、何かしてくれる邪神のほうに人心が向くだろうよ。だからこそ、厄介だ。あの柱のまねごと……死者を蘇生する魔術でよみがえったものは、絶望しかないというのに、な」

 人の手に余る魔術は行使したものと行使されたものを必ず不幸にする。

 関口はそんな人間をよく見てきた。

「心残りを解消する分には有効と思っていたしたが……やはり不幸になりますか」

「あ~。俺はそういう……心残りを解消するだけで満足するタイプとあまり出会ったことはねぇな。だいたいは、死者の蘇生を継続させるために、いけにえや自分の魔力を消費し続けて、精神崩壊するか、豚箱エンドだ。警察の厄介になるのはそういう輩だからな」

「それもそうですわね」

 刑事である関口が動く死者蘇生系は、人道的にアウトが鉄則である。

 とくに、ゾンビとしてよみがえったタイプは、救われないことのほうが圧倒的に多い。

 その気になれば完全によみがえらせることもできる赤染であるが、己の愉悦優先なのか、神遊び(ゲーム)の趣旨なのか。

 過酷で残酷な運命で翻弄させてくる。

 まったくもっていやらしい邪神である。

「私は……そういうパターンも見ましたね。でも、大切な人を二度失うことになるので、やっぱりつらいです」

 完全なハッピーエンドなんかないんだと、見せつけられるようで、死者蘇生系はどう転んでも切ないのだ。

 瑞穂は苦い経験を思い出し、酒をあおるように飲みだした。

「あ、瑞穂さん……それ、私の……ウォッカ・アンド・ミドリ」

 中甘口のカクテルで、氷を入れたロックグラスにウォッカとメロンリキュールを混ぜるだけのお手軽レシピ。ただし、その割合3:1、驚異の三十度。

 一気に飲めばどうなるか……。

「……」

 瑞穂刑事、トイレに向かってゆっくり歩き、たどり着くと同時に虹を出した。

 やはり、アルコール度数三十度は一気に飲むべきものじゃありません。

「瑞穂さん……本当にドジっ子ですわね……」

「すまん、若竹。瑞穂の世話を頼む」

 関口は瑞穂の世話をしたら、吊り橋を渡るのが辛くなる時間までかかると、若竹に任せることにした。

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