Track.4 ある日、祠で、強面のおっさんに出会った♪
「と、ペンションを出る前に……」
最低限の荷物を持ったボクは、たつなみペンションの中庭へ向かう。
華族様の別荘だったここには、青波様を祭った祠があるそうで、どんな造りか少し気になった。
「小さいけど、ちゃんとしていますね。すごいです」
中庭には木製の小さな祠に鳥居。常夜灯に、石でできた狛犬。規模は小さいが、神社にありそうなものは一通り揃っていた。
青波様神社と書かれた真新しい石碑もあり、どうやらペンションに改築するときに一緒にこの神社も立て直したようだ。
「外装はきれいにだけど、中身はどうなっているのかな……」
ボクはついよからぬことを考えてしまった。
いや~。この祠の扉、開いているみたいなのだ。せっかくだし、覗いてみようか、なんて。
旅先でついやってしまうイタズラの部類といえば、部類。
現役中学生のボクには、妙に魅力的に感じてしまうのだ。
「いや、だめだな。罰が当たる気がする」
夏休み前のボクなら、好奇心に負けてしまうところだったが、ゾンビ対シャークという奇妙なものを目撃した後なのだ。罰というものに敏感に反応し、思いなおす。
しかし、その思いなおしもこれから起こる結果からすれば……無意味になる。
ビュルルウッ~! ヒュルリララ~!
突発的に発生する海風。
大自然のきまぐれで祠の扉がダイナミックオープン、そこからエクストリーム家出。
何の力が働いたのかわからないぐらい、メルヘンすぎて、一瞬状況が飲み込められなかった。
「ぎゃ~。扉が、ふき飛ばされたぁ!」
暴風、恐るべし。
家出した扉は、そのまま風に浚われて大自然の中に消えていってしまった。崖から落ちて、海の藻屑になったのだ……。
「……吊り橋、このタイミングで渡っていなくてよかった……」
こんなに強い風が吹くときもあるのか。事前に知っているだけで気持ちが少し和らぐもの。そして、対策も練られる。もし、ボクが渡っているこういうすごい風が吹いたら、ロープをつかんでやり過ごそう。急いで渡るのは、ボクの度量では無理だ。
「はぁ、はぁ……本当にすごい、風だったよ、まったく……」
そして、今、祠の中は丸見えだ。
どうやら、ボクは祠に何があるのか知らなければならない運命のようだ。
そういうことで、覗いてみよう。
「……あっ!」
小さな祭壇の上には……何もなかった。
もぬけの殻である。
「まさか……ご神体盗難! いや、ホコリの量からもともと何もなかったのかなぁ……」
ボクはさらに目を凝らして、祠を注意深く見る。
扉が吹き飛んだのは、大自然の気まぐれなイタズラのせいもあるが、蝶番がさびているのも原因の一つだ。
潮風で傷みやすいのに、メンテナンスを怠っていたのが丸わかりである。
「……うん、とりあえず、津久井さんを呼ぶしかないか」
ボクに出来るのは、オーナー代理の津久井さんにこのことを知らせる、ぐらいだろう。
そんなことを考えていると、後ろから、
「おい、お前、何をしている」
いかつい声が後ろから聞こえてくる。
恐る恐る声がするほうを振り向くと、強面の男が立っていた。
「うわぁああああ!」
このおっさんからは、ヤがつく自営業の方ですと、紹介されても納得してしまうぐらいの威圧を感じた。
いくつもの修羅場を乗り越えたというぐらいの貫禄があり、失礼だろうけど、若頭という言葉がとっさに思い浮かんでしまった。
「なんだ、悲鳴なんか上げて。失礼なやつらだな」
少し困った顔をしている。あれ、この人もしかして、怖い人ではないのでは?
「俺の名は
言われてみれば、麦藁帽子に首には手ぬぐいを巻き、極めつけにアロハデザインのシャツにボードショーツという格好は、海に観光に着ましたと言っているようなコーディネートだ。
「中庭からすごい音がしたから来たのだが……」
たしかに、突風によって祠の扉がパーンしたのだから、相当な音がしただろう。気づかれるのが当然であり、ちょっと神経質な人なら何事かと様子を見に来てもおかしくない。
「は、はい。祠の扉が風によって吹き飛ばされました!」
祠のさびて壊れた蝶番を指さして、この惨状はすべて大自然の脅威のせいであり、ボクはたまたま居合わせただけで、無実だと訴える。
ボクは悪くねぇ!
「何か、ありましたか!」
騒ぎを聞きつけて来たのはやはり、オーナー代理の津久井さん。
「きゃあ。祠の扉が!」
「騒ぐな。集中できない」
「あ、はい」
こうして、大変不本意だが、無言の時間の始まった。
正直逃げたいが、逃げたらもっと恐ろしい目にあいそうなので、逃げられない。
「それにしても……最低限必要なものをそろえている外の装飾に比べ、中の装飾は物がなさ過ぎるな」
しっかりと、祠の中をチェックしていますよ、この人。
「お客様?」
「中の埃の量からして、誰も触っていないようだな。先ほどすごい風が吹いたし……お前はたまたまここにいただけのようだな」
状況証拠と、こんなところでウソをつく必要性がないという論理的な思考によるものなのだろうか。関口さんは納得してくれた。
疑われたことに対しては心外だが、そこは運悪く第一発見者となったものの宿命。
気にしすぎるのも、嘆くのも、無駄。
最終的にボクの意見を信じてもらえたようなのでよかった、と気持ちを落ち着かせるのが吉だ。
「おい、オーナー代理。この蝶番が弱っているところに、突風が来て、止めを刺したみたいだぞ」
ぶっきらぼうな、簡潔な説明。
しかし、これ以上にない正解なので、ボクは黙ってうなずくしかない。
「あぁ~……あの修繕屋が……」
津久井さんにはどうやら心当たりが会ったらしく、関口さんの言葉を全面的に信用している。
どす黒いオーラがあふれ出ている。見なかったことにしよう。
「それにしても……祭壇に何もないとは……珍しいな」
探せばそういう風習(アストラル体を置いているとか。人の目には見えない何かが置いてある)もありそうだが、夢寐委素島はそうではない。
「いいえ、関口様。かつてこの祭壇には、夢寐委素三種の神器の一つの『剣』が奉納されていたそうですよ」
この話はたつなみペンションのホームページに軽く紹介されていた。
大正時代ごろに、とある物好きな華族が、夢寐委素の人たちに力があることを見せつけるため、夢寐委素島の民間信仰の象徴が置かれている祠周辺の土地を買い取って、別荘を建てたという。
その後いろいろあって、現在、夢寐委素町島観光協会に所属していた八重柏さんの手によって、ペンションとして生まれ変わったというわけだ。
書類の分類上では私有地だが、祠に参拝する人を拒まないスタイルをとっている。
ただし、ペンションの経営の問題で、宿泊者はともかく一般の方の参拝は、夏で午前十時から午後七時までとなっている。
「盗難か? しかもこのホコリの量じゃ二、三年話じゃねぇなぁ」
関口さんの問いかけは、まるで探偵か刑事みたいだった。
もしかして、愛翔兄ちゃんの同業者?
明日行なわれるという町のイベントに呼ばれているのか?
いや、夢寐委素三種の神器が紛失されていることを知らないってことは、少なくてもイベントには呼ばれていないだろう。
「たしか……十六年前の夏の終わりに街に保管されていた他の神器と同時に所在不明になったそうです」
じゅう……ろく、だと……。
ボクにとっては衝撃的な年数である。
バフバブだった赤ん坊が高校生になるぐらいの時間が経っていたなんて……。
十六年前じゃぁ、ボクは生まれていない。津久井さんも見た目年齢通りなら、物心つくかつかないか。愛翔兄ちゃんなら、中学生か……いや、小学生ごろか。
とっさの暗算は間違いやすいな。
ボクは指をつかって計算しだす。
(思ったよりも長い間紛失しているな……)
夏の終わりが八月三十一日と仮定すると、愛翔兄ちゃんが小学三年生の時に起きたことになる。
「一応、盗難届は出したそうですが、時効が成立していますし。当時は盗まれた派の他に青波様が持っていった派と分かれていたそうですよ。三種の神器が同時に紛失しましたから。夢寐委素では結構な事件だったそうですよ」
他人事なのは、津久井さんは夢寐委素信仰を知識として知っているだけ、だからだろうか。
八重柏さんと違い、配慮といった感じはなく、信心深い人なら濁すような言葉をズバズバと言う。
島の年配の方には白い目でにらまれそうだが、聞き手のボクにはわかりやすくて重宝する。
「なので、祭壇に何もないことに対しては、何も問題はございません」
「ふむ……」
関口さんの強面がより強面になったところで、祠に関する話が終了。
ボクとしてはふざけて壊したと思われていないようなので、ほっとしている。。
「お客様、お騒がせしました。施設内でこのような不都合がありましたら、私に遠慮なく申し付けてください」
オーナー代理の頼もしいお言葉。
祠の修繕に関することは津久井さんに任せるしかないな。
「では、ボクはこの辺で……あ、その前に……」
不可抗力とはいえ、祠の中を見てしまったボクは、手を合わせて、ぺこりと頭を下げる。これで許してください。心の広い神様、と心の中で念じてから、中庭を出るのであった。
その後の吊り橋チャレンジは祠の扉を奪ったような突風が吹くことなく、比較的穏やかな海風。
それでもユラユラはするので、ボクはドギマギしながらも、無事渡り切ったのだった。
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